「君の魔力はゴミだ」と婚約破棄された聖女ですが、拾われた先の辺境で氷の公爵様に溺愛されています。今さら国が滅びそうと言われても知りません

eringi

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第2話 新しい聖女は、私の妹でした

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揺れる視界。遠くで響く車輪の音。
私は深い闇の中で、忌まわしい過去の夢を見ていた。

「お姉様、そのリボンとっても可愛いわね。私に頂戴?」

鈴を転がすような甘い声。
義理の妹、ソフィアが私の部屋に入ってきたのは、彼女がローズブレイド家にやってきてすぐのことだった。
父が再婚し、新しい母と連れ子のソフィアが来てから、私の世界は一変した。

「でも、これは亡くなったお母様の形見で……」
「あら、お姉様ったらケチなのね。お母様、お姉様がいじめるの」

ソフィアが嘘泣きを始めると、すぐに新しい母が飛んできて、私を叱りつけた。
頬を打たれる痛み。父は見て見ぬふりをした。
結局、リボンはソフィアのものになった。
それだけではない。ドレスも、宝石も、部屋も、父の愛情も。
ソフィアが「欲しい」と言えば、私の持ち物はすべて彼女のものになった。

そして、最後に奪われたのが「聖女」という立場と、婚約者だった。

夢の中で、先ほどの断罪の場面が繰り返される。
カイル殿下の腕に抱かれ、勝ち誇ったように笑うソフィア。
彼女が放った光魔法の花火。

(どうして……)

私は知っている。ソフィアには、聖女としての資質などないことを。
彼女は確かに魔力を持っているけれど、それは人を癒やしたり、大地を豊かにしたりする類のものではない。
ただ派手な光や音を出すだけの、鑑賞用の魔法だ。
かつて彼女が庭の花に魔法をかけたとき、花は一瞬綺麗に光って、翌日には枯れてしまった。
そんな力が、国の豊穣を支えられるはずがない。

それなのに、なぜ魔力測定器は彼女に「80」という数値を出し、私に「0」を示したのか。

『お姉様、あの測定器の担当官、私のファンなのよ』

いつかソフィアが耳元で囁いた言葉が蘇る。
まさか、国の命運を左右する測定すらも、彼女は根回しで改竄したというの?
もしそうなら、この国は終わりだ。
偽りの数値、偽りの聖女。
でも、もう私には関係のないこと……。

「……っ」

ガタン、と体が大きく跳ねて、私は目を覚ました。
重たい瞼を持ち上げると、そこは見知らぬ空間だった。
豪奢な内装の箱の中。ふかふかの座席。
窓の外は漆黒の闇で、激しい雪がガラスを叩きつけている。
どうやら私は、走っている馬車の中にいるようだった。

「目が覚めたか」

低い声に驚いて顔を向けると、正面の座席に男が座っていた。
闇に溶けるような黒いコートに、銀色の髪。
そして、見るもの全てを凍らせるような、冷徹なアイスブルーの瞳。

雪の中で私を拾った、あの「死神」のような人だ。

私は慌てて体を起こそうとしたけれど、鉛のように重くて動かない。
それどころか、体中が毛布でぐるぐる巻きにされていて、蓑虫のような格好になっている。

「無理に動くな。体が冷え切っている。そのまま温まっていろ」
「あ、あの……あなたは……」
「アレクセイ・ヴォルグだ」

アレクセイ・ヴォルグ。
その名を聞いた瞬間、私の背筋がぞくりとした。
王都でその名を知らぬ者はいない。
北の果て、極寒の辺境を治めるヴォルグ公爵家の当主。
圧倒的な武力と魔力を持ち、国境を脅かす魔物たちを一人で殲滅することから、「氷の死神」「北の怪物」と恐れられている人物だ。
王都の貴族たちは、彼の名前を聞くだけで震え上がる。冷酷無比で、人の心を持たない残虐な男だと噂されていた。

そんな恐ろしい人が、どうして私を?

「助けて、いただいたのでしょうか……」
「行き倒れを見過ごしては、夢見が悪いからな」

アレクセイ様は短く答えると、手元の水筒の蓋を開けた。
湯気が立ち上る。

「飲めるか。ホットワインだ。体が温まる」

差し出された水筒を、私は震える手で受け取ろうとした。
けれど、指先がかじかんで力が入らない。
水筒を取り落としそうになったその時、彼の手が私の手を包み込んだ。
大きくて、ごつごつしていて、意外なほどに温かい手だった。

「失礼」

彼は私の隣に移動すると、私の背中に腕を回して身体を支え、水筒の口を私の唇に当てた。
至近距離にある端整な顔立ちに、心臓が跳ねる。
恐ろしい噂とは裏腹に、その所作はひどく丁寧だった。

口の中に甘くて温かい液体が流れ込んでくる。
スパイスの香りと、アルコールの熱。
それが喉を通って胃に落ちると、凍りついていた身体の芯が、じんわりと解けていくようだった。

「……おいしい」
「そうか」

彼は満足げに頷くと、再び正面の席に戻った。
少しの間、沈黙が落ちる。
馬車の車輪が雪を踏みしめる音だけが響く。

「……王都を追放されたと聞いたが」

唐突な問いかけに、私はビクリと肩を震わせた。
彼は知っているのだ。私が誰で、なぜ雪の中にいたのかを。

「……はい。魔力がない能無しの聖女だと、婚約破棄されまして……」
「魔力がない、か」

アレクセイ様は鼻で笑った。
それは私を嘲笑うものではなく、何か呆れたような響きを含んでいた。

「王都の連中は眼球が腐っているらしい。あるいは、測定器がガラクタだったか」
「え……?」
「俺には見えるぞ。お前の身体から溢れ出ている、膨大な魔力がな」

私は耳を疑った。
魔力が見える? 溢れている?

「そ、そんなはずありません。私は何も魔法が使えませんし、測定値もゼロでした」
「使い方が分からないだけだろう。あるいは、無意識に使っているかだ。お前を拾った時、お前の周りの雪だけが溶けて、小さな花が咲いていたぞ」

「花……?」

「ああ。この極寒の雪の中で、春の花がな。魔力ゼロの人間にできる芸当ではない」

アレクセイ様の言葉は、あまりにも信じがたいものだった。
でも、彼の瞳は真実を語っているように見えた。
嘘やお世辞を言うような人には見えない。

「それに、お前のその魔力……懐かしい感じがする」
「懐かしい、ですか?」
「……いや、なんでもない」

彼は言葉を濁し、窓の外に視線を逸らした。
その横顔が、ふと寂しげに見えたのは気のせいだろうか。

「我々はこれより、私の領地である北の辺境、ノースエンドへ向かう。王都からは馬車で一週間ほどの距離だ」
「ノースエンド……」
「何もない場所だ。一年中雪に閉ざされ、魔物が跋扈する過酷な土地だ。王都のような華やかな生活は望めない」

彼は視線を戻し、私を真っ直ぐに見据えた。

「だが、少なくとも理不尽に虐げられることはない。俺の領地では、働かざる者食うべからずだが、働く者には相応の対価と敬意を払う」

それは、今の私にとっては何よりも魅力的な言葉だった。
華やかな生活なんていらない。ドレスも宝石もいらない。
ただ、人間として扱われたい。
誰かの役に立っていると実感して、安心して眠りたい。
それだけでいいのだ。

「あの……私に、何ができるでしょうか。魔法も使えませんし、剣も持てません。でも、掃除や洗濯なら……あ、あと、神殿では畑仕事も手伝っていたので、体力には自信があります!」

聖女として祈る以外にも、神殿の裏庭で野菜を育てたり、掃除をしたりするのは日課だった。
地味だと笑われたけれど、土に触れている時間は好きだった。

必死にアピールする私を見て、アレクセイ様がくっと喉を鳴らして笑った。
氷が割れるような、ほんのわずかな笑み。
それだけで、彼の冷たい印象がガラリと変わる。

「元聖女に雑用をさせるわけにはいかないが……まあいい。おいおい考えよう」
「は、はい! ありがとうございます! 命を救っていただいたご恩は、必ず返します!」
「期待している」

彼はそう言って、毛布の端を直してくれた。

「まだ先は長い。寝ておけ。国境を越えれば、さらに寒くなる」
「はい……」

温かいワインと、安心感のおかげで、再び睡魔が襲ってきた。
私は毛布に顔を埋める。

新しい聖女は、私の妹でした。
彼女は私の全てを奪い、私を「ゴミ」だと捨てました。
でも、そのおかげで私は拾われたのかもしれません。
王都では「死神」と恐れられる、けれど本当は不器用で優しい、この公爵様に。

揺れる馬車のリズムに身を任せながら、私は思った。
もう二度と、あんな辛い場所には戻らない。
カイル殿下も、ソフィアも、父も、もう知らない。
私はこの北の地で、新しい人生を始めるんだ。

その時の私は、まだ気づいていなかった。
私が去った王都の空が、不気味な紫色に淀み始めていることを。
そして、私が「ゴミ」として捨てられたその瞬間から、王都を守っていた大いなる結界が消滅しつつあることを。

私の意識が微睡みに落ちる直前、アレクセイ様がぽつりと呟いたのが聞こえた。

「……ようやく、見つけた」

その声はあまりに切実で、まるで長い間探し求めていた宝物を手に入れたかのようだった。
どういう意味なのか聞こうとしたけれど、私の意識は深い眠りへと落ちていった。

続く
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