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第3話 「お前は必要ない」と言われた日
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あの日、王都の聖騎士団本部は静まり返っていた。
祈りの鐘の音が遠くで鳴り響く中、ルークは長テーブルの端に立ち、仲間たちを見つめていた。冷たい石の床の上に佇む彼の足元には、聖印を刻んだ杖が横たわっている。その杖を見下ろす彼の目に、迷いと哀しみが滲んでいた。
「……ルーク、決まったんだ」
レオンの声は低く、淡々としていた。だがその一言には、明確な拒絶の響きがあった。
「お前をパーティから外す。正式に、今日付けでな」
ルークは唇を開くものの、言葉を選ぶ余裕がなかった。
「どうして……僕は、何か間違いを?」
「間違いではなく、限界だ」
傍らで、金鎧のガイルが苛立たしげに腕を組む。彼の表情には、嘲りに近い冷たさが宿っていた。
「お前の祈りは確かに穏やかだ。しかし、戦場で必要なのは“力”だ。癒しは誰でもできる。神官ならな」
「でも、僕の祈りでたくさんの人が──」
「一時的な奇跡に過ぎない!」とガイルが遮る。
テーブルの向こうにいた魔導士リディアが、小さく震える声で言葉を挟む。
「待ってください。ルークの祈りは普通の神官とは違う。私はあの光を見たわ。私たちの傷が癒えたのは奇跡そのものだった」
「それでもだ」レオンが短く言い放つ。「女神の加護は不安定になっている。神殿の者の報告によれば、祈りの波長が乱れているらしい」
ルークはその意味がわからなかった。祈りに波長があるという話は聞いたことがない。
「そんな……僕は、ただ皆が無事であるよう願って──」
「それが問題なんだよ」ガイルが怒鳴る。「お前の祈りは“個”じゃなく“世界全体”に届いている。結果として、女神が指し示す加護の方向が乱れるんだ!」
場の空気が凍った。
ルークは息を詰め、レオンはそれを静かに見下ろす。
「お前の善意は理解している。しかし、今は世界のために動くときなんだ。お前の祈りが世界を歪める前に、離れてくれ」
それが“決定”だった。誰も反論しなかった。
唯一リディアだけが立ち上がりかけたが、仲間の戦士ガイルに腕を掴まれて止められた。
「リディア、お前だって見ただろう。あの夜、聖印が砕けた。偶然じゃない」
彼女の唇は震え、視線はルークを追ったが、何も言えなかった。
ルークは黙って杖を拾い、深く頭を下げた。
「……わかりました。皆さんに感謝を」
部屋を出る瞬間、レオンが呟くように言った。
「お前の祈りは間違っていない。だが、今の世界には“優しすぎる”」
その言葉だけが、妙に記憶に残った。
廊下に出たルークは、静かに歩き出した。長い回廊の窓から差し込む光が、どこか寂しく見える。
外に出ると、王都の風が頬を撫でた。祭りの準備で賑わう街と、その喧騒の向こうに広がる夕暮れ。
「……僕は、間違っていないはずだ」
小さな声で自分に言い聞かせる。
だが、その晩のことだった。
聖堂の上空に突如として閃光が走り、王国全土を包む巨大な魔力の波が発生した。人々はそれを「神罰の光」と呼び恐れた。
そして奇妙なことに、翌日には病に伏せていた者たちが一斉に快復したという。
ルークの祈りの余韻が、世界にまだ残っていたのだ。
本人はそれに気づかないまま、ただ静かに村へ帰還し、祈りを続けていた。
——そして時が流れた。
かつての“勇者パーティ”は、今や焦燥に包まれている。
魔王軍との戦いが思った以上に激化し、癒しの聖女も聖水も尽きつつあった。
リディアは夜ごと夢を見る。
あの丘で祈るルークの姿を。柔らかな風、白い光、あたたかな声——。
「やっぱり、間違っていたのは私たちだったのかもしれない……」
その言葉は夜の静寂に溶け、誰の耳にも届かないままだった。
王都では、再び神殿の巫女たちが集まっていた。
「奇妙です。全聖域のマナが自然回復を始めています」
「不自然だ。人の手ではない……いや、もはや神の領域かもしれん」
その発言を最後に、聖堂の奥で封印された古文書が輝き、ただ一つの文字が浮かび上がった。
——“祈りの主”。
ルークが追放されたその日から、静かに世界は回り始めていた。彼の祈りが失われることなく、むしろ新たな循環を生み出していたのだ。
夜、辺境の村で。
ルークは焚き火を見つめながらパンをちぎり、白猫ミオに与えていた。
「僕の役目は、まだ終わっていないのかもしれないね」
その眼差しの奥に、かすかな光が宿る。神々が見上げるほどの力を宿しているとも知らず、ルークはただ優しく笑った。
(第3話 終)
祈りの鐘の音が遠くで鳴り響く中、ルークは長テーブルの端に立ち、仲間たちを見つめていた。冷たい石の床の上に佇む彼の足元には、聖印を刻んだ杖が横たわっている。その杖を見下ろす彼の目に、迷いと哀しみが滲んでいた。
「……ルーク、決まったんだ」
レオンの声は低く、淡々としていた。だがその一言には、明確な拒絶の響きがあった。
「お前をパーティから外す。正式に、今日付けでな」
ルークは唇を開くものの、言葉を選ぶ余裕がなかった。
「どうして……僕は、何か間違いを?」
「間違いではなく、限界だ」
傍らで、金鎧のガイルが苛立たしげに腕を組む。彼の表情には、嘲りに近い冷たさが宿っていた。
「お前の祈りは確かに穏やかだ。しかし、戦場で必要なのは“力”だ。癒しは誰でもできる。神官ならな」
「でも、僕の祈りでたくさんの人が──」
「一時的な奇跡に過ぎない!」とガイルが遮る。
テーブルの向こうにいた魔導士リディアが、小さく震える声で言葉を挟む。
「待ってください。ルークの祈りは普通の神官とは違う。私はあの光を見たわ。私たちの傷が癒えたのは奇跡そのものだった」
「それでもだ」レオンが短く言い放つ。「女神の加護は不安定になっている。神殿の者の報告によれば、祈りの波長が乱れているらしい」
ルークはその意味がわからなかった。祈りに波長があるという話は聞いたことがない。
「そんな……僕は、ただ皆が無事であるよう願って──」
「それが問題なんだよ」ガイルが怒鳴る。「お前の祈りは“個”じゃなく“世界全体”に届いている。結果として、女神が指し示す加護の方向が乱れるんだ!」
場の空気が凍った。
ルークは息を詰め、レオンはそれを静かに見下ろす。
「お前の善意は理解している。しかし、今は世界のために動くときなんだ。お前の祈りが世界を歪める前に、離れてくれ」
それが“決定”だった。誰も反論しなかった。
唯一リディアだけが立ち上がりかけたが、仲間の戦士ガイルに腕を掴まれて止められた。
「リディア、お前だって見ただろう。あの夜、聖印が砕けた。偶然じゃない」
彼女の唇は震え、視線はルークを追ったが、何も言えなかった。
ルークは黙って杖を拾い、深く頭を下げた。
「……わかりました。皆さんに感謝を」
部屋を出る瞬間、レオンが呟くように言った。
「お前の祈りは間違っていない。だが、今の世界には“優しすぎる”」
その言葉だけが、妙に記憶に残った。
廊下に出たルークは、静かに歩き出した。長い回廊の窓から差し込む光が、どこか寂しく見える。
外に出ると、王都の風が頬を撫でた。祭りの準備で賑わう街と、その喧騒の向こうに広がる夕暮れ。
「……僕は、間違っていないはずだ」
小さな声で自分に言い聞かせる。
だが、その晩のことだった。
聖堂の上空に突如として閃光が走り、王国全土を包む巨大な魔力の波が発生した。人々はそれを「神罰の光」と呼び恐れた。
そして奇妙なことに、翌日には病に伏せていた者たちが一斉に快復したという。
ルークの祈りの余韻が、世界にまだ残っていたのだ。
本人はそれに気づかないまま、ただ静かに村へ帰還し、祈りを続けていた。
——そして時が流れた。
かつての“勇者パーティ”は、今や焦燥に包まれている。
魔王軍との戦いが思った以上に激化し、癒しの聖女も聖水も尽きつつあった。
リディアは夜ごと夢を見る。
あの丘で祈るルークの姿を。柔らかな風、白い光、あたたかな声——。
「やっぱり、間違っていたのは私たちだったのかもしれない……」
その言葉は夜の静寂に溶け、誰の耳にも届かないままだった。
王都では、再び神殿の巫女たちが集まっていた。
「奇妙です。全聖域のマナが自然回復を始めています」
「不自然だ。人の手ではない……いや、もはや神の領域かもしれん」
その発言を最後に、聖堂の奥で封印された古文書が輝き、ただ一つの文字が浮かび上がった。
——“祈りの主”。
ルークが追放されたその日から、静かに世界は回り始めていた。彼の祈りが失われることなく、むしろ新たな循環を生み出していたのだ。
夜、辺境の村で。
ルークは焚き火を見つめながらパンをちぎり、白猫ミオに与えていた。
「僕の役目は、まだ終わっていないのかもしれないね」
その眼差しの奥に、かすかな光が宿る。神々が見上げるほどの力を宿しているとも知らず、ルークはただ優しく笑った。
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