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事の顛末
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落ちる、落ちてゆく―――宇宙船から離れていきながら理解した。爆発には巻き込まれなかった。だが、早紀が用意した小型爆弾は船壁に穴をあけたのだ。船内の空気は真空の宇宙に引き込まれ、一番近くにいた俺も引きずり込まれたのだ。
音も熱もない無の世界。息ができない。全身が全く動かない。意識が薄れてきた。
ああ、ついに死ぬのかもしれない。数日前までは、思いもよらなかった。女子からはモテて、男からは憧れられる、先生や先輩からの信頼は厚く、後輩からは慕われていた。人生の絶頂だった。天峯には完膚なきまでにぐちゃぐちゃにされたが、それはそれで良かった。天峯の本性は危険だし、恨んでもいるが、あいつとの時間もそれなりに楽しかったんだ。
だがもう、それも全部終わりだ。
瞼が閉じ、全身の感覚もない。このまま眠るようにだんだんと薄れ―――
『暮ノ谷家第十二代当主暮ノ谷雫ガ命ズル。砂上鳴斗ヲ柔ラカナ風デ包メ』
音のない世界でもはっきりと聞こえた。そして、凍てつきかかっていた全身がぽかぽかとしてきた。朦朧としていた意識もはっきりとし、息が吸えた。宇宙空間に空気があるのだ。
「メイトーン、今行くよ!」
宇宙船の穴から早紀が飛び出してくるのがはっきり見えた。エレメンタルブルーの背中に搭載されたジェットパックが唸りを上げて、燃料を燃やすが、俺が宇宙船から離れていく速度に到底追いつかなかった。俺と早紀との距離は縮まらないどころか、どんどん離れている。
宇宙船がずいぶん小さく見えるようになったが、穴で遠読が両手を外へかざしている様子が見えた。同時に、俺の体が飛ばされなくなった。海底のシェルターから連れ去られたときと同じ感覚で、自分だけ物理法則の外側にいるようだった。早紀がみるみる近づき、俺の胴を抱える。そして、宇宙船までひとっ飛びで戻った。
「鳴斗君、お体いかがですか」
俺が宇宙船から飛び出たことで、一時休戦状態になったようで、遠読が船壁の穴に手をかざして修復する間、誰も手を出さなかった。
「誰のせいでこうなったと思ってる」
幸い俺の体に異変はなかった。特に痛みは残っていない。
「メイト様の危機だから、一度攻撃を止めたけど、もう壁も修復された。天峯、どういうつもり?」
三人の殺気が天峯に集まる。
「三人とも鳴斗君を助けましたよね。つまり、誰も鳴斗君に危害を加えようとはしていない
わけです」
天峯のあまりにも落ち着いた声に、三人とも毒気が抜かれたようだった。
たしかに天峯の言うことは事実だ。
だが―――
「だったら、誰が脅迫状を出したんだ?」
「ああ、あれは私です」
犯人はあっさりと告白した。そもそも学校に来てさえいない人間に疑いの目は向くはずがなかった。だから、天峯は犯人の候補にすら挙がらず、誰もがいないはずの脅迫状の主を探しあったのだ。
「アマミー、どうやら死にたいみたいだね」
早紀は砲口を天峯に向けた。
「まあ、待ってください。私は鳴斗君に危害を加えるつもりはありません。それに、私が今あなたたち三人を一瞬で制圧できる方法を持っているかもしれませんよ」
少しもぶれない天峯の声には真実身があった。天峯がこの三人のように何か特別な力を持っていてもおかしくない。はったりだとしても確証は得られない。まさしく悪魔の証明だ。
「鳴斗君の安全もとりあえず確保されたことですし、今回の出来事を順に追ってお話します
ね。よろしいですか?」
異論はでなかった。この場にいる誰もが、天峯梨桜に気押されたのだ。
「まずは、私の目的をお話しします。私の目的は、鳴斗君の周りに愛に狂った者たちを集めることなんです」
何度聞いても馬鹿げた目的だ。
「そこでまず鳴斗君と協力して嫉妬心を煽りました。わざわざ駅前でデートして」
暮ノ谷が小さく震えて、拳をギュッと握りしめていた。表情には全く出ていないが相当効いたのだろう。
「それから、鳴斗君の机に脅迫状を忍ばせました。あたかも私に嫉妬した誰かが鳴斗君に理不尽な怒りを向けているように」
「俺の一日返せよ。襲われやしないか常にびくびくしてたんだぞ」
そこに過剰反応してしまったのが、遠読と早希ってわけか。
「とまあ、私は舞台を整えただけなんですが、見事に上手くいって驚きました。こんなに素敵な方々が集まってくださり感激の限りです」
遠読だけは表情を変えなかったが、暮ノ谷と早希は狐、いや狸につままれたって顔をしてる。
「つまり、私たちの今までの苦労は意味がなかったということね」
気だるい脱力感に襲われる。俺たちはみんな悪魔の手のひらで転がされていたのだ。
「質問する。自分と暮ノ谷雫と本庄早紀へ向けて、爆発物を投擲したのはなぜだ?」
「そうだ、危うく俺は死にかけたんだぞ」
あの時たしかに天峯は終着点と言った。どう考えても仕留める言葉だ。
「暮ノ谷さん以外が何者であるのかは存じませんが、あの程度の爆発くらいでたいした怪我にならないという予想はつきました。それよりも重要なのは、砂上君が三人を守るために止めた、ということです。お優しい鳴斗君はきっとボールをどうにかしようとすると信じていました。そして、鳴斗君には爆発自体を止める力がないことも知っています。宇宙船の外に飛ばされるとは予想していませんでしたが、鳴斗君を愛してやまない三人は絶対に鳴斗君を救うと信じていたんです。そうすれば、ヒートアップした皆様の頭も冷め、私の話に耳を傾けるという次第です」
「信じられない。俺がボールを止めなかった可能性も、爆発に巻き込まれていた可能性も、俺を助けられなかった可能性だってあったかもしれないのに」
どの可能性も十分にあり得た。俺が何もしなければ、三人の戦いは天峯を巻き込んでもっと悪化してただろうし、三人が俺を助けられなければ、俺の命はなかった。
「違いますよ。こうなることは決まっていたんです。だって―――」
天峯は笑った。とても優しい笑みだった。こんな状況であっても、誰もが見惚れてしまうほどの美しさだった。
「鳴斗君は私が選んだ理想の人ですから。そして、あなたたちも鳴斗君を愛するに相応しい方々ですから」
ああ、やっとわかった。
本庄早紀よりも、遠読零葉よりも、暮ノ谷雫よりも、天峯梨桜はよほど狂っている。
目的も、思考も、行動も、手段も、何もかもが狂気じみているが、ただ目的に向かって純粋に、ひたむきに進み続ける。
だから、世界は彼女を中心に回っているのだ。
音も熱もない無の世界。息ができない。全身が全く動かない。意識が薄れてきた。
ああ、ついに死ぬのかもしれない。数日前までは、思いもよらなかった。女子からはモテて、男からは憧れられる、先生や先輩からの信頼は厚く、後輩からは慕われていた。人生の絶頂だった。天峯には完膚なきまでにぐちゃぐちゃにされたが、それはそれで良かった。天峯の本性は危険だし、恨んでもいるが、あいつとの時間もそれなりに楽しかったんだ。
だがもう、それも全部終わりだ。
瞼が閉じ、全身の感覚もない。このまま眠るようにだんだんと薄れ―――
『暮ノ谷家第十二代当主暮ノ谷雫ガ命ズル。砂上鳴斗ヲ柔ラカナ風デ包メ』
音のない世界でもはっきりと聞こえた。そして、凍てつきかかっていた全身がぽかぽかとしてきた。朦朧としていた意識もはっきりとし、息が吸えた。宇宙空間に空気があるのだ。
「メイトーン、今行くよ!」
宇宙船の穴から早紀が飛び出してくるのがはっきり見えた。エレメンタルブルーの背中に搭載されたジェットパックが唸りを上げて、燃料を燃やすが、俺が宇宙船から離れていく速度に到底追いつかなかった。俺と早紀との距離は縮まらないどころか、どんどん離れている。
宇宙船がずいぶん小さく見えるようになったが、穴で遠読が両手を外へかざしている様子が見えた。同時に、俺の体が飛ばされなくなった。海底のシェルターから連れ去られたときと同じ感覚で、自分だけ物理法則の外側にいるようだった。早紀がみるみる近づき、俺の胴を抱える。そして、宇宙船までひとっ飛びで戻った。
「鳴斗君、お体いかがですか」
俺が宇宙船から飛び出たことで、一時休戦状態になったようで、遠読が船壁の穴に手をかざして修復する間、誰も手を出さなかった。
「誰のせいでこうなったと思ってる」
幸い俺の体に異変はなかった。特に痛みは残っていない。
「メイト様の危機だから、一度攻撃を止めたけど、もう壁も修復された。天峯、どういうつもり?」
三人の殺気が天峯に集まる。
「三人とも鳴斗君を助けましたよね。つまり、誰も鳴斗君に危害を加えようとはしていない
わけです」
天峯のあまりにも落ち着いた声に、三人とも毒気が抜かれたようだった。
たしかに天峯の言うことは事実だ。
だが―――
「だったら、誰が脅迫状を出したんだ?」
「ああ、あれは私です」
犯人はあっさりと告白した。そもそも学校に来てさえいない人間に疑いの目は向くはずがなかった。だから、天峯は犯人の候補にすら挙がらず、誰もがいないはずの脅迫状の主を探しあったのだ。
「アマミー、どうやら死にたいみたいだね」
早紀は砲口を天峯に向けた。
「まあ、待ってください。私は鳴斗君に危害を加えるつもりはありません。それに、私が今あなたたち三人を一瞬で制圧できる方法を持っているかもしれませんよ」
少しもぶれない天峯の声には真実身があった。天峯がこの三人のように何か特別な力を持っていてもおかしくない。はったりだとしても確証は得られない。まさしく悪魔の証明だ。
「鳴斗君の安全もとりあえず確保されたことですし、今回の出来事を順に追ってお話します
ね。よろしいですか?」
異論はでなかった。この場にいる誰もが、天峯梨桜に気押されたのだ。
「まずは、私の目的をお話しします。私の目的は、鳴斗君の周りに愛に狂った者たちを集めることなんです」
何度聞いても馬鹿げた目的だ。
「そこでまず鳴斗君と協力して嫉妬心を煽りました。わざわざ駅前でデートして」
暮ノ谷が小さく震えて、拳をギュッと握りしめていた。表情には全く出ていないが相当効いたのだろう。
「それから、鳴斗君の机に脅迫状を忍ばせました。あたかも私に嫉妬した誰かが鳴斗君に理不尽な怒りを向けているように」
「俺の一日返せよ。襲われやしないか常にびくびくしてたんだぞ」
そこに過剰反応してしまったのが、遠読と早希ってわけか。
「とまあ、私は舞台を整えただけなんですが、見事に上手くいって驚きました。こんなに素敵な方々が集まってくださり感激の限りです」
遠読だけは表情を変えなかったが、暮ノ谷と早希は狐、いや狸につままれたって顔をしてる。
「つまり、私たちの今までの苦労は意味がなかったということね」
気だるい脱力感に襲われる。俺たちはみんな悪魔の手のひらで転がされていたのだ。
「質問する。自分と暮ノ谷雫と本庄早紀へ向けて、爆発物を投擲したのはなぜだ?」
「そうだ、危うく俺は死にかけたんだぞ」
あの時たしかに天峯は終着点と言った。どう考えても仕留める言葉だ。
「暮ノ谷さん以外が何者であるのかは存じませんが、あの程度の爆発くらいでたいした怪我にならないという予想はつきました。それよりも重要なのは、砂上君が三人を守るために止めた、ということです。お優しい鳴斗君はきっとボールをどうにかしようとすると信じていました。そして、鳴斗君には爆発自体を止める力がないことも知っています。宇宙船の外に飛ばされるとは予想していませんでしたが、鳴斗君を愛してやまない三人は絶対に鳴斗君を救うと信じていたんです。そうすれば、ヒートアップした皆様の頭も冷め、私の話に耳を傾けるという次第です」
「信じられない。俺がボールを止めなかった可能性も、爆発に巻き込まれていた可能性も、俺を助けられなかった可能性だってあったかもしれないのに」
どの可能性も十分にあり得た。俺が何もしなければ、三人の戦いは天峯を巻き込んでもっと悪化してただろうし、三人が俺を助けられなければ、俺の命はなかった。
「違いますよ。こうなることは決まっていたんです。だって―――」
天峯は笑った。とても優しい笑みだった。こんな状況であっても、誰もが見惚れてしまうほどの美しさだった。
「鳴斗君は私が選んだ理想の人ですから。そして、あなたたちも鳴斗君を愛するに相応しい方々ですから」
ああ、やっとわかった。
本庄早紀よりも、遠読零葉よりも、暮ノ谷雫よりも、天峯梨桜はよほど狂っている。
目的も、思考も、行動も、手段も、何もかもが狂気じみているが、ただ目的に向かって純粋に、ひたむきに進み続ける。
だから、世界は彼女を中心に回っているのだ。
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