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第四のヤンデレ

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 「ふ~、つーかれたー。メイトンの命が狙われていないってわかっただけで安心だよ。最悪、未知の敵と全面戦争をする準備までしていたのに―――武力行使実働部隊に連絡。今すぐ武装を解除せよ。事態は収拾した。繰り返す。今すぐ武装を解除せよ」
 「まだ援軍が構えていたのね。大事おおごとに発展せずに安心した……砂上に直接接触してしまったのは
失態だけども」 

 天峯は宇宙戦争を引き起こす紙一重までのことをしでかしたということか。とにかく、無事でよかった。他にも色々思うところもあるが、安堵の前には霞んでしまう。

 「遠読もありがとうな。俺が無事だってわかったんだし、もう宇宙に連れていくなんて言わ
ないよな?」

 遠読はじっと下を向いて、自分の胸に手を添える。

 「―――もう限界……」

 遠読が口を動かしたのは見えたが、残念ながら何を言ったかはわからなかった。

 「えっ、なんだって?よく聞こえなかった」
 「もう限界と発言した!直近、二週間の心拍数は常に異常値。この現象が観測されるのは砂上鳴斗が視界に入ったときのみ。しかし、砂上鳴斗のどの要素が要因となったか仮説をたてて検証する度、心臓部の痛覚が過剰反応する。そして、約十分前に砂上鳴斗と身体的接触があった瞬間から、観測史上最大の心拍数を記録した。原因は不明。なぜ?砂上鳴斗の指か?もしくは未観測の微生物またはウィルスが砂上の体内に生息しているのか?特殊な脳波を発しているのか?こうして思考する間にも心臓に束縛感がある。早く、万全の設備で検証しなければ。まずはどの部位に反応するか砂上鳴斗を解体して、次は―――」
 「ちょっと待てよ!お前それって……」

 遠読の息は荒れていた。耳まで赤く、熱っぽい。

 「メイトンにまだ何かするようなら、あたし許さないよっ」
 「私も砂上を宇宙に連れていかれるわけにはいかない」
 「第二次元系十七区画第一星団C—2の住民と可能な限り敵対は回避したかった。しかし、この現象は百年間で唯一のケース。確実に解明することは最優先」

 一度は落ち着いたのに、一触即発の状態が再び訪れる。俺だって遠読の星につれていかれるのはごめんだが、この場では俺には何もできない。
 
 「ねえ遠読さん、私からも質問していいですか?」

 戦いの火蓋が切られる前に止めたのは、またしても天峯だった。

 「あなたは宇宙人なんですよね?それを今まで隠していた。隠していたのはいくつか理由はあるんでしょうが、あなたが仮に何かの組織に所属するとして、禁止されていたんじゃないでしょうか?」

 俺にはこの質問の意味がわからなかった。この緊迫した状況でもっとかけるべき言葉があると思う。

 「はい、宇宙交通整備が未発展の星の生命体に他の星に生命体が存在する事実を示唆するのは全銀河法で禁止されている」
 「それなら、その未発展の星の住民を連れ去るのはもっと重罪ですよね?あなたは物事を理性的に捉えられる人だと考えていましたが、どうして危険なリスクを冒してまで、鳴斗君を連れて帰りたいのですか?地球でも十分研究できるはずですよ。鳴斗君の寿命まで時間はあるのですから」
 「砂上は価値があって特別で…故に……自分が…自分だけが法を破ってでも研究しなければ…たしかにリスクのほうが大きい…しかし…しかし……」

 しどろもどろだった。何とか筋道の通った言葉を使おうとしているが、自分の中でも説明がついていないのだろう。

 「私が教えてあげます。あなたに起こっている現象はあなた自身が引き起こしているんです。鳴斗君が異常なのではなく、あなたが異常なんです。証拠に、あなたが鳴斗君を連れ去るリスクより大きな価値を見いだせていない」

 まるで聞き分けの悪い子供に言い聞かせるように語りかけていた。実際、天峯は子供みたいに考えているかもしれない。育てる、と言っていたのだから。

 「あなたの行動目的は鳴斗君を研究することから単なる執着にすり替わっていた。理性より感情が先走り、自分が自分でなくなってしまうように感じる。そんな状態をなんというか知っていますか?」

 気づいてなかったのは遠読だけで、俺たちにはとっくにそれが何かわかっていた。

 「あなたは今、鳴斗君に恋しているんです」
 「恋…自分が恋、恋?恋……」

 腫物がとれたように目をぱちくりさせながら、遠読は何度も反芻していた。恋なんて宇宙人には存在しない概念なのかもしれない。

 「そして、あなたが自分の星に連れてかえって何をしようとも絶対に解明できない。なぜなら、その感情はあなたが鳴斗君を同じクラスメイトだと認識したことで生まれたのだから。鳴斗君を研究対象の単なる生物として見ていてはたどり着けない。だから、あなたはこのまま鳴斗君のクラスメイトとして観察を続けなさい。そうすればきっと、あなたの感情に答えが出せるわ」
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