39 / 120
Chapter.39
しおりを挟む
「ここでご飯にしよう」
「…おうち……?」
「を改築したお店。和食屋さん」
(びっくりした)
前置きなしに攷斗の実家に連れてこられたのかと思って焦る。地元とは離れた土地だから可能性としては低いが、ありえない話ではない。
「こんにちはー」
引き戸を開けて中に声をかける。
「あら、棚井さん。いらっしゃいませ」
和服に身を包んだ女将らしき女性が攷斗を招き入れた。
「今日は二人です」
「はーい」
行きつけの店なのか、それ以上何も言わずとも女将が店の中を誘導した。
「はい、こちらどうぞ」
座面が畳になった椅子の個室に案内される。
「ありがとうございます」
「お世話になります」
「ごゆっくりどうぞー」
女将が言い残して、ふすまを閉め退室した。
二人は上着を脱いで壁面のハンガーにかけ、向かい合わせに席に座った。
勝手知ったる動作で革表紙のメニューを広げて
「何がいい?」
攷斗がひぃなに聞いた。
(わぁ、いいお値段……)
思わず意味ありげな微笑を浮かべてしまう。
「一応言っておくけど、ここ、ご褒美メシだから。いつもこんないいもん食ってないからね?」
「うん。ちょっと安心した」
家事を担当するということは食事の用意も含まれている。高級で美味しい料理ばかり食べている肥えた舌に、下手なものは出せないという危惧はいまの言葉で払拭された。
攷斗はメニューを見るひぃなをニコニコと眺めている。それに気付いて
「たな……コウトは、なに頼むの?」
顔をあげた。
「んー? ひなが決めたら決める」
「えぇー、焦る」
「いいよ、ゆっくりで」
頬杖をつきながら攷斗が笑う。
「食べきれなさそうだったらシェアしよう。俺わりとハラ減ってる」
「ほんと? じゃあねぇ」
と、鴨南蛮そばと出汁巻き玉子を提案してみる。
「いいね。じゃあ俺こっちのセットにしよ」
と、希望が決まったところで呼び出しボタンを押した。ほどなくして
「はーい、失礼いたします~」
女将がオーダーを取りに来た。
攷斗がメニューを指し示しながら
「えーと、鴨南蛮そばと、天ぷらそば定食と、出汁巻き玉子、お願いします」
「はーい。鴨南蛮~、天定~、出汁巻きですね~。かしこまりました。少々お時間いただきますね~」
「はい、お願いします」
女将が伝票にオーダーを記載して、「ごゆっくりどうぞ~」と退室した。
「ひなって卵焼き好きだよね、俺ここのやつ食べたことないや」
メニューを元の位置に戻しながら、攷斗が言う。
「うん。手軽に美味しくたんぱく質を摂取したい」
「え、そういう理由?」
「割と」
「それは意外」
攷斗が笑った。
「卵料理全般が好きなんだけどね? お店だと、卵焼きくらいしか選択肢ないからさ」
「確かに。十年付き合ってきて初めて知ったわ」
“付き合う”と言ったって恋人関係だったわけではなくて。やはりどうしたって知っている部分は限られてくる。
「まだまだお互い、知らないことたくさんあるでしょ」
「うん。先は長いし、ちょっとずつでいいから教えてほしいな」
「可能な限りね」
全部を知ればいい、ということではない。知らないほうが良いことだってあるはずだ。
果たして本当に先は長く続いているのかな、なんて少し不安に思っていることだって、いまは秘密にしておいたほうがきっといい。
ふと、ひぃなが自分の服に視線を落とした。
(ウタナのワンピ、ほんとに優秀だな)
思わず微笑んでしまう。
和テイストの少しかしこまったこの場にもしっくりきている。
バスト下あたりに適度な絞りが入っていて、着痩せ効果も抜群だ(と思いたい)。
これから着まわしていくのが楽しみだな、と手持ちの服との合わせ方を考えていると
「似合ってるね、それ」
向かいに座った攷斗がワンピースを指して言った。
「そう? ありがとう」
攷斗とは服の好みも合うので、趣味の話をしていても楽しい。
「それに合う小物、今度一緒に見に行こうか」
「あっ、行きたい」
思わず声が弾む。
「今日でもいいけど、遅くなっちゃうもんね」
「そうだね。楽しみだなー」
「行きたいお店あったらリスト作っておいてよ、車で回ろう」
「いいの?」
「いいよ? いいから言ってるんだけど」
「嬉しい。今度見つけたら聞いてもらう」
「うん、待ってる」
しばらく雑談していると個室のドアがノックされ、女将が姿を現した。
「…おうち……?」
「を改築したお店。和食屋さん」
(びっくりした)
前置きなしに攷斗の実家に連れてこられたのかと思って焦る。地元とは離れた土地だから可能性としては低いが、ありえない話ではない。
「こんにちはー」
引き戸を開けて中に声をかける。
「あら、棚井さん。いらっしゃいませ」
和服に身を包んだ女将らしき女性が攷斗を招き入れた。
「今日は二人です」
「はーい」
行きつけの店なのか、それ以上何も言わずとも女将が店の中を誘導した。
「はい、こちらどうぞ」
座面が畳になった椅子の個室に案内される。
「ありがとうございます」
「お世話になります」
「ごゆっくりどうぞー」
女将が言い残して、ふすまを閉め退室した。
二人は上着を脱いで壁面のハンガーにかけ、向かい合わせに席に座った。
勝手知ったる動作で革表紙のメニューを広げて
「何がいい?」
攷斗がひぃなに聞いた。
(わぁ、いいお値段……)
思わず意味ありげな微笑を浮かべてしまう。
「一応言っておくけど、ここ、ご褒美メシだから。いつもこんないいもん食ってないからね?」
「うん。ちょっと安心した」
家事を担当するということは食事の用意も含まれている。高級で美味しい料理ばかり食べている肥えた舌に、下手なものは出せないという危惧はいまの言葉で払拭された。
攷斗はメニューを見るひぃなをニコニコと眺めている。それに気付いて
「たな……コウトは、なに頼むの?」
顔をあげた。
「んー? ひなが決めたら決める」
「えぇー、焦る」
「いいよ、ゆっくりで」
頬杖をつきながら攷斗が笑う。
「食べきれなさそうだったらシェアしよう。俺わりとハラ減ってる」
「ほんと? じゃあねぇ」
と、鴨南蛮そばと出汁巻き玉子を提案してみる。
「いいね。じゃあ俺こっちのセットにしよ」
と、希望が決まったところで呼び出しボタンを押した。ほどなくして
「はーい、失礼いたします~」
女将がオーダーを取りに来た。
攷斗がメニューを指し示しながら
「えーと、鴨南蛮そばと、天ぷらそば定食と、出汁巻き玉子、お願いします」
「はーい。鴨南蛮~、天定~、出汁巻きですね~。かしこまりました。少々お時間いただきますね~」
「はい、お願いします」
女将が伝票にオーダーを記載して、「ごゆっくりどうぞ~」と退室した。
「ひなって卵焼き好きだよね、俺ここのやつ食べたことないや」
メニューを元の位置に戻しながら、攷斗が言う。
「うん。手軽に美味しくたんぱく質を摂取したい」
「え、そういう理由?」
「割と」
「それは意外」
攷斗が笑った。
「卵料理全般が好きなんだけどね? お店だと、卵焼きくらいしか選択肢ないからさ」
「確かに。十年付き合ってきて初めて知ったわ」
“付き合う”と言ったって恋人関係だったわけではなくて。やはりどうしたって知っている部分は限られてくる。
「まだまだお互い、知らないことたくさんあるでしょ」
「うん。先は長いし、ちょっとずつでいいから教えてほしいな」
「可能な限りね」
全部を知ればいい、ということではない。知らないほうが良いことだってあるはずだ。
果たして本当に先は長く続いているのかな、なんて少し不安に思っていることだって、いまは秘密にしておいたほうがきっといい。
ふと、ひぃなが自分の服に視線を落とした。
(ウタナのワンピ、ほんとに優秀だな)
思わず微笑んでしまう。
和テイストの少しかしこまったこの場にもしっくりきている。
バスト下あたりに適度な絞りが入っていて、着痩せ効果も抜群だ(と思いたい)。
これから着まわしていくのが楽しみだな、と手持ちの服との合わせ方を考えていると
「似合ってるね、それ」
向かいに座った攷斗がワンピースを指して言った。
「そう? ありがとう」
攷斗とは服の好みも合うので、趣味の話をしていても楽しい。
「それに合う小物、今度一緒に見に行こうか」
「あっ、行きたい」
思わず声が弾む。
「今日でもいいけど、遅くなっちゃうもんね」
「そうだね。楽しみだなー」
「行きたいお店あったらリスト作っておいてよ、車で回ろう」
「いいの?」
「いいよ? いいから言ってるんだけど」
「嬉しい。今度見つけたら聞いてもらう」
「うん、待ってる」
しばらく雑談していると個室のドアがノックされ、女将が姿を現した。
0
あなたにおすすめの小説
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
一億円の花嫁
藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。
父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。
もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。
「きっと、素晴らしい旅になる」
ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが……
幸か不幸か!?
思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。
※エブリスタさまにも掲載
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
王宮地味女官、只者じゃねぇ
宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。
しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!?
王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。
訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ――
さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。
「おら、案内させてもらいますけんの」
その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。
王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」
副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」
ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」
そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」
けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。
王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。
訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る――
これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。
★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる