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Chapter.77
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一日の仕事を終え家に帰ると、扉の前に身近ではそうそう見かけないレベルのスレンダーな女性が立っている。
(あれ? この人……)
ファッション誌の紙面やショーで良く見る顔だから、サングラスをしていてもすぐにわかる。そもそも自分の正体を隠す気がないのか、身なりが相当きらびやかだ。
名前は確か、ツナミ、だったはず。海外のショーにも出演している、売れっ子モデルだ。
表札の出ていない棚井家のインターフォンを何度か鳴らしているが、攷斗もひぃなも部屋にはいない。
どうしたものかと考えるが、このまま待つわけにもいかず、
「あのー……」
恐る恐る声をかける。
「……だれ?」
それはこっちのセリフだと思いつつ、
「ここの部屋の住人です」
答える。
「えっ、やだ、引っ越しちゃったのかな」とツナミがつぶやいて「この部屋ってウタナさんの部屋ですよね? います? コイト、ウタナさん」
世界的に有名なデザイナー名前を口にした。
「いま、せん」
何故この部屋の前でその名前が出てくるのか。
ここは“ウタナさん”の部屋ではないし、じゃあ“ウタナさん”がどこにいるかと聞かれても、知らないから答えられない。
疑問符が目一杯浮かんだところで、背後にエレベーターの動作音が聞こえる。
「あれ? なにして…」
ひぃなの背中に声をかけるが、
「うわ! えっ。何しに来たんですか?」
その先にいる女性の姿に気付き、ひぃなを通り越して女性に声をかけた。声色や表情から“迷惑”という感情がにじみ出ている。
「あー、ウタナさーん、会いたかったです~」
ツナミがサングラスを外し、先ほどとは打って変わった甘ったるい声と口調で攷斗に近付いた。が、攷斗はあからさまに避けて、ひぃなを引き寄せ背中に隠す。
ツナミは敵意に満ちた目でひぃなを検分するように眺めた。
その顔、あなたが言うところの“ウタナさん”にも丸見えですよ、とはとても言えない雰囲気だ。
「その方、どなたですか?」
「ヨメ」
「え?」
「俺の、ヨメ。妻。奥さん。結婚したの、俺たち」
「……え?」
攷斗の言葉をうまく理解出来ない様子で、ツナミが立ち尽くす。
「ほら、自己紹介」
軽く後ろを振り返り、攷斗がひぃなに促すと、
「ヨメ、です……」
ひぃなが会釈をしながら間の抜けた自己紹介をした。
「なにそれ」
ほんと、なにそれ、だ。
しかし、いきなり自己紹介をと言われ、不法侵入の上に初対面、素性もほぼ知らない相手に名乗るのはどうかと思い、“気の利かない返答”しか出来なかったのだから仕方がない。
「そういうわけなんで、どこからうちの住所知ったのかわかんないですけど、お引き取りいただけますか」
疑問形ではない強めの口調に、ツナミが一瞬奥歯を噛みしめ、その次の瞬間にはとびきりの営業スマイルに表情を変換した。
「わかりましたぁ。またお仕事のとき、よろしくお願いしまーす」
「機会があれば」
攷斗が業務的な会釈をしたので、ひぃなも軽くお辞儀をする。
美しい顔立ちの人は表情も美しいが、感情が見えてしまった分、笑顔も怒り顔も同じように怖い。
ツナミがエレベーターでエントランス階に降りるのを確認してから、
「入ろう」
攷斗がドアを開錠した。
聞いていいものかどうか、少し迷いながらあとに続いてドアを施錠する。
「なんもないから」
「へっ?」
攷斗の言葉に顔を上げると、すぐ目の前に攷斗が立っていた。
「なんもなかったから。勝手に言い寄ってきてただけだから」
「……うん」
(すごい。モテるんだ)
どちらかというと感心の感情が強い。
「俺は、ひなが好きだから」
急な告白に、息が止まりそうになる。心なしか身体も熱い。
いままでもことあるごとに言われてきたが、表情も声色もここまで真剣ではなかった。
「……うん……」
さんざん迷って、やはり肯定することしか出来ない。
“私も”……何故その四文字が言えないんだろう。
「……部屋、入ろう」
「うん」
引き寄せられたときに指が触れた身体が熱く、うずいて浮いているように感じる。
色々疑問がありすぎて、文章と単語が脳内を飛び交う。
少し上の空で作った夕食は、少しぼんやりとした味になってしまった。
「ごめん。味、薄かったね」
「ん? 旨いけど」
「……優しいね」
(だから、モテるんだろうな……)
「いや、本当に旨いんだけどね。具合悪いの?」
「ううん? 大丈夫」
ただ少し、思いのほか、ショックを受けていたのかもしれない。だから、味覚まで気が回らなくなっているのかも。
「疲れてるのかな。後片付け俺がやるから、お風呂先にどうぞ」
「うん…ありがとう……」
攷斗に促され、ご飯を食べて、早めに風呂に入る。リビングへ戻ると攷斗はノートパソコンを使って仕事をしていた。
「お風呂、お待たせ」
「うん、ありがとう」
「後片付けありがとう。ごめん…部屋、戻るね」
「……うん」
いつもならリビングでくつろいでお茶でも飲んで、テレビを見ながら攷斗が風呂から出てくるのを待つが、今日はその気力を保てない。
静かに自室のドアを開閉して、ベッドに横になる。
(あれ? この人……)
ファッション誌の紙面やショーで良く見る顔だから、サングラスをしていてもすぐにわかる。そもそも自分の正体を隠す気がないのか、身なりが相当きらびやかだ。
名前は確か、ツナミ、だったはず。海外のショーにも出演している、売れっ子モデルだ。
表札の出ていない棚井家のインターフォンを何度か鳴らしているが、攷斗もひぃなも部屋にはいない。
どうしたものかと考えるが、このまま待つわけにもいかず、
「あのー……」
恐る恐る声をかける。
「……だれ?」
それはこっちのセリフだと思いつつ、
「ここの部屋の住人です」
答える。
「えっ、やだ、引っ越しちゃったのかな」とツナミがつぶやいて「この部屋ってウタナさんの部屋ですよね? います? コイト、ウタナさん」
世界的に有名なデザイナー名前を口にした。
「いま、せん」
何故この部屋の前でその名前が出てくるのか。
ここは“ウタナさん”の部屋ではないし、じゃあ“ウタナさん”がどこにいるかと聞かれても、知らないから答えられない。
疑問符が目一杯浮かんだところで、背後にエレベーターの動作音が聞こえる。
「あれ? なにして…」
ひぃなの背中に声をかけるが、
「うわ! えっ。何しに来たんですか?」
その先にいる女性の姿に気付き、ひぃなを通り越して女性に声をかけた。声色や表情から“迷惑”という感情がにじみ出ている。
「あー、ウタナさーん、会いたかったです~」
ツナミがサングラスを外し、先ほどとは打って変わった甘ったるい声と口調で攷斗に近付いた。が、攷斗はあからさまに避けて、ひぃなを引き寄せ背中に隠す。
ツナミは敵意に満ちた目でひぃなを検分するように眺めた。
その顔、あなたが言うところの“ウタナさん”にも丸見えですよ、とはとても言えない雰囲気だ。
「その方、どなたですか?」
「ヨメ」
「え?」
「俺の、ヨメ。妻。奥さん。結婚したの、俺たち」
「……え?」
攷斗の言葉をうまく理解出来ない様子で、ツナミが立ち尽くす。
「ほら、自己紹介」
軽く後ろを振り返り、攷斗がひぃなに促すと、
「ヨメ、です……」
ひぃなが会釈をしながら間の抜けた自己紹介をした。
「なにそれ」
ほんと、なにそれ、だ。
しかし、いきなり自己紹介をと言われ、不法侵入の上に初対面、素性もほぼ知らない相手に名乗るのはどうかと思い、“気の利かない返答”しか出来なかったのだから仕方がない。
「そういうわけなんで、どこからうちの住所知ったのかわかんないですけど、お引き取りいただけますか」
疑問形ではない強めの口調に、ツナミが一瞬奥歯を噛みしめ、その次の瞬間にはとびきりの営業スマイルに表情を変換した。
「わかりましたぁ。またお仕事のとき、よろしくお願いしまーす」
「機会があれば」
攷斗が業務的な会釈をしたので、ひぃなも軽くお辞儀をする。
美しい顔立ちの人は表情も美しいが、感情が見えてしまった分、笑顔も怒り顔も同じように怖い。
ツナミがエレベーターでエントランス階に降りるのを確認してから、
「入ろう」
攷斗がドアを開錠した。
聞いていいものかどうか、少し迷いながらあとに続いてドアを施錠する。
「なんもないから」
「へっ?」
攷斗の言葉に顔を上げると、すぐ目の前に攷斗が立っていた。
「なんもなかったから。勝手に言い寄ってきてただけだから」
「……うん」
(すごい。モテるんだ)
どちらかというと感心の感情が強い。
「俺は、ひなが好きだから」
急な告白に、息が止まりそうになる。心なしか身体も熱い。
いままでもことあるごとに言われてきたが、表情も声色もここまで真剣ではなかった。
「……うん……」
さんざん迷って、やはり肯定することしか出来ない。
“私も”……何故その四文字が言えないんだろう。
「……部屋、入ろう」
「うん」
引き寄せられたときに指が触れた身体が熱く、うずいて浮いているように感じる。
色々疑問がありすぎて、文章と単語が脳内を飛び交う。
少し上の空で作った夕食は、少しぼんやりとした味になってしまった。
「ごめん。味、薄かったね」
「ん? 旨いけど」
「……優しいね」
(だから、モテるんだろうな……)
「いや、本当に旨いんだけどね。具合悪いの?」
「ううん? 大丈夫」
ただ少し、思いのほか、ショックを受けていたのかもしれない。だから、味覚まで気が回らなくなっているのかも。
「疲れてるのかな。後片付け俺がやるから、お風呂先にどうぞ」
「うん…ありがとう……」
攷斗に促され、ご飯を食べて、早めに風呂に入る。リビングへ戻ると攷斗はノートパソコンを使って仕事をしていた。
「お風呂、お待たせ」
「うん、ありがとう」
「後片付けありがとう。ごめん…部屋、戻るね」
「……うん」
いつもならリビングでくつろいでお茶でも飲んで、テレビを見ながら攷斗が風呂から出てくるのを待つが、今日はその気力を保てない。
静かに自室のドアを開閉して、ベッドに横になる。
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