前の野原でつぐみが鳴いた

小海音かなた

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Chapter.27

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「すみません! 遅くなって!」
 息せき切って紫輝が個室へ入ってくる。
「おー、おつかれさんー」
「おつかれさまです」
「……」二人の顔を見比べて、紫輝が黙った。
「どしたん、座りぃよ」
「あ……はい…」
「なんやの感じわるい」
「いや、なんか……仲良さそうだなって……」
 久我山の隣に座りながら、紫輝が歯切れ悪く言う。
「ヤキモチやくなってぇ。取ったりせんよ」
「やっ!……キモチとかじゃ…ないっす」
 紫輝が唇をとがらせて拗ねたような顔を見せた。
 久しぶりに会った紫輝は、やはり少し痩せていて、でも変わらず元気そうで、それが確認できただけでも鹿乃江は嬉しかった。
「とりあえずなんか頼んだら? 腹減ってんの?」
「そうっすね……若干減ってますね」
「ん」
「ありがとうございます」
 久我山に渡されたメニューを見て、紫輝がオーダーを済ませる。
「仕事なんやったん?」
「番組の収録です。あの」と、とあるバラエティ番組の名前を出して「それにゲストで呼んでもらいました」
「あー。頭フル回転になるやつや」
「そーなんですよー。せっかく振ってもらえても、面白いこととか返せなくて……まだまだ反省ばっかりっすね」
(大人だなー)
 鹿乃江は自分が紫輝と同世代だった頃を思い出す。まだ実家暮らしをして、親のすねをかじっていた。なんだか勝手に申し訳ない気分になる。
 久我山に軽い相談のような話をしていた紫輝がハッとした顔になり
「あっ、スミマセン。来ていきなりグチっちゃって」
 バツが悪そうに言う。
 その紫輝の言葉に鹿乃江が驚き
「全然! そういうのはグチじゃないですよ」
 なにを言ってるのという勢いで言葉を発する。
 その反応に、紫輝が切なそうな笑顔を見せて「ありがとうございます」ぽつりと言ってうつむいた。
 久我山はそれを見てなにかを思うようにニヤニヤ笑って、隣に座る紫輝の腰をポンとはたいた。
「……なんすか……」
 小声で言って、久我山を見やる。
「えー? 別にぃー?」
 なおもニヨニヨと紫輝を眺める久我山。鹿乃江はその光景を見て、自分と百合葉の関係を思い出す。きっと普段から遊んだり相談したりしているのだろう。
 なんだか微笑ましくなって、ニコニコしながら見てしまう。
 そんな鹿乃江に気付いて
「すみません、独り占めして」
 少し冗談めかして久我山が言った。
「ふえっ? いえっ?」
 あまりにも急で、思わず変な声が出る。
「久我山さん……っ」頬を赤らめる紫輝に
「なにぃ、ええやん。素直にそう思ったんやもん」少し拗ねたようなそぶりを見せ「独り占めしたら、鶫野さん怒っちゃうかなーって」うそぶく。
 予想外の言葉に鹿乃江が目を丸くして久我山を見つめた。久我山はそれを受けて、なにか思惑がありそうにアルカイックスマイルを浮かべる。
「鶫野さんはそんなことで怒ったりしないです。よ……ね?」
 急に話を振られて、鹿乃江はうんうんと頷くことしかできない。
「困らせちゃいますから、やめてくださいよ」鹿乃江の反応を見て、紫輝が久我山をたしなめる。
「ええやん。鶫野さんのことよー知らんくせに、勝手に判断したらあかんよ」
「先輩だって今日初対面じゃないですか」
(でも……)
 紫輝がふと黙る。
 よくよく考えると、鹿乃江のプロフィールを全然知らない。検索すればすぐにわかる自分たちとは違って、知りたいことがあれば本人に聞くしかないのだ。
 スマホを受け渡したときは、もっぱら鹿乃江の仕事のことばかり聞いていた。鹿乃江からは話題にあげないので、パーソナルなことはあまり話したくないのかと思い突っ込んで聞いたこともなかった。
「初対面やけど、紫輝がおらんときに色々話したもん。ねー?」久我山の問いに
「そうですね」鹿乃江が笑顔で答えた。
「えっ。なんすか? まじで仲良くなったんすか?」
「だからヤキモチ焼くなって~。聞いたらええやん。嫌なことじゃないなら、答えてくれはるやろ」
 その言葉に考え込む紫輝の横で、
「ねぇ?」
 久我山が軽く鹿乃江に目配せした。
(もしかして、誘導してくれてる?)
 確かに、二人きりの時に聞かれて困惑されるよりは気が軽い。
「はい」
 久我山の心遣いを無駄にはできず、鹿乃江はそれをありがたく受け入れる。
「えっ、えっ、じゃあ……」と慌てて紫輝が右斜め上のクウを見て考え「出身地から、教えてください」鹿乃江に向き直って言った。
 基本的なプロフィールを聞かれ、鹿乃江はそれに答えていく。特に起承転結もない普通の内容だが、それでも紫輝は嬉しそうだ。
「あと…女性に聞くのは失礼なんですけど……」
(きた……)
 鹿乃江の心臓が締め付けられる。でも、ここで答えなかったら久我山の心遣いが無駄になってしまう。
「いま、おいくつなんですか?」
「えっと……よんじゅーいち、です……」紫輝の反応を伺うように言うと、
「……えっ! マジっすか!? 全然見えねー! えっ!」紫輝が長い指を折り、歳の差を計算して「いや、アリっすね! オレ的には全然アリっす!」親指を立てた。
「…ありがとう、ございます…?」どう答えていいものかわからず、お礼を言ってみる。
「あっ? やっ? そーゆーんじゃなくて! いや! そーゆー意味なんスけどっ! えっ? あれ?!」
「動揺しすぎやろ」
 軽く笑いながら久我山が紫輝を微笑ましそうに眺める。
「そういえば、お仕事はなにしてはるんですか?」
「ゲームセンターで事務をやってます」
「じゃあお店勤め?」
「はい」と、とある観光繁華街の名前を出して、ビルの特徴と店名を伝える。「そこの事務所が職場です」
「じゃあスマホ拾ってくれた日もお仕事で……?」
「はい。お昼休憩中に外に出たんです」
「普段も外でご飯食べるんですか?」
「んー……繁華街なのと観光地なのとでどこのお店も混むので、あんまり出ないですね」
「えっ、じゃあ、もしかしたら、結構たまたま……?」
「そうですね。あの日はたまたま。珍しかったですね」
「マジかー」
 紫輝がおでこに手をやって感慨深げに言う。
「なに急に。どしたん」
「いやぁー、出会うべくして出会ったんだなーって思って!」
 顔をくしゃっとさせて笑う紫輝と、顔を見合わせて戸惑う久我山、鹿乃江の温度差がすごい。
「あれっ? オレなんか変なこと言いました?」
「変なことは言ってないけど……」
「すごいことをサラッと言われたなぁー……って」
「すいませんね。まだ人生の機微とか余韻がわからんのですよ」
「ぃゃぁ……まぶしいです……」
「えー、なんすか。オレ仲間はずれっすか」
「仲間外れにはしてないですけど……」
「ジェネレーションギャップやなー」
「若さ感じますね……」
「えっ、じゃあいまのナシ! ナシでお願いします!」
 紫輝が慌てて両手を振り否定する。
「まぁでも…。鶫野さん、こいつくらいんとき、こんな感じでした?」
「え…」と若かりし頃を思い返してみる。「いえ…ちがいましたね…」
「自分で言っといてなんですけど、年齢より性格の差なのかもしれないですね」
「そうっすよ! 歳の差とか気にしないでください! オレ、気にしてないんで!」
「……ですって」
 久我山の含みある笑顔に、
「……はい」
 鹿乃江は困ったように笑った。
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