日々の欠片

小海音かなた

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1/13『伝えきれないI Love You』

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 寡黙で奥手な彼が初めてピースしてくれたから、今日はピース記念日。なんて有名な詩人の作品を真似したくなるくらい嬉しかった。
 だってそのピースは『今日、家においで』のサインだから。

 人目を憚ってお付き合いする私たちは、直接連絡を取る頻度も極力減らしてる。どこで誰が見てるかわからないから。

 記念日から一年とちょっと経って、そのサインはまだ数えるほどしか見れてないけど、全てが宝物のような記憶になっている。
 彼が生放送の番組を終えて帰って来るまではあと二時間くらいある。
 イソイソと家を出て買い出ししてマンションに戻る。でも向かうのは自分の部屋じゃない。
 彼の部屋がある階まであがって、しゃがんだ状態でエレベーターを降りる。
 どこで見られてるかわからないから、用心して手すり壁に隠れながら移動し、彼の部屋の鍵を使って室内へ。
 他の住人に見られたら相当怪しい人だけど、この階には彼の部屋しかないから大丈夫。多分。
 久しぶりに訪れた彼の部屋は相変わらず生活感がない。実際忙しくて、この部屋で生活する時間があまり取れてないんだろうけど。
 キッチンを借りて、買ってきた食材を下ごしらえする。会えないときでも手作り料理を食べてほしいから。
 今日これから食べる食事を作っていたら、彼が帰って来た。
「おかえりなさい」
 飛び切りの笑顔で出迎えたら
「ただいま」
 言うや私を抱き締めた。
「今日もお疲れ様」
「うん……もっとたくさん会いたい」
「それは私もだけど、いまは難しいでしょ?」
「それでも会いたい。いっそ写真に撮られたい」
「悲しむ人たくさんいるから」
「そうだろうけど~」
 バレてないってだけで、嘘をつかなきゃならないときもあるから、本当は少し後ろめたいんだよ。あなたには言えないけど。
「ご飯、食べてきた?」
「食べてない。作ってくれてるかなって思って」
「良かった。もうすぐできるから、着替えてきて?」
「あれやってくれないの?」
「どれ?」
「"お風呂にする? ご飯にする? それとも"~」
「あ、ごめん。お風呂セットしてない。いま押せば食べ終わる頃には入れるよね」
「……わざとでしょ」
「どうでしょう?」
 彼の腕の中から抜け出して、料理の続きをする。彼はちょっとしょんぼりしながら寝室へ移動した。
「でーきた」
 彼が着替えを終えて戻ってくるタイミングで食事を配膳することができた。私天才。
「あぁー、美味しそう。いただきます!」
「召し上がれ」
 彼が一口食べて満足そうな笑みを浮かべたのを確認して、私も遅い夕食をとる。
 うん、美味しい。
 食事をしながら彼は私の近況を聞いてくれる。私もテレビや雑誌じゃわからない彼の近況を聞く。
 あとどのくらい秘密にしないとならないかわからないけど、彼とずっと一緒にいれたらいいなと思ってる。だからワガママは言わない。
「一応、下ごしらえした食材、冷蔵庫に入れたけど、使いきれそうかわかんないや」
「えー、作りに来てよ、っていうか、もっとこっち帰ってきてよ、会いたいんだから」
「そうしたいけど、仕事もあるし……」
「もう養えるくらい稼いでるよ」
「知ってる」
 いまの家の家賃は彼が出してくれてる。俺のワガママで住んでもらうからって。確かに私の収入じゃとうてい住めないからありがたいんだけど……。
「仕事が嫌ってわけじゃないし、一応、お姉さんとしてのプライドがあるんですよ」
「やっつしか違わないでしょ」
「二十代と三十代の8歳差は大きいの」
「そうかなぁ……」
 彼は不満そうに首をかしげた。
「明日は? 泊まれる?」
「うん、明日土曜だから、お泊まりさせてもらう」
「やった、あとで一緒にお風呂入ろ」
「やだよ恥ずかしい」
「えー、いいじゃん~」
「やーだ。一人で入ってくださーい」
 こんなささやかな幸せを味わうのにも手間取る私たちは、これからどうなっていくのだろう。

 彼と外で会うことはない。もし会ったとしても知らない人のフリをする。
 普通の恋人同士が出来ていることの殆どを私たちは出来なくて、我慢させてゴメンって彼はいつも気にしてる。
 あなたといられるのは私からしたら奇跡みたいなことなのに。
 あなたと一緒にいられるだけで充分なんだよって言っても、彼は納得してくれない。それでも私は本当に幸せ。
 何も知らない人に嘘をつかなければならない分、彼には本当のことを言うようにしてる。
 だから今日も明日もこの先もちゃんと言うんだ。
「大好きだよ」
 って。
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