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1/17『ころりんを要求する』
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「手袋使うんですね」カウンター越しの質問に
「はい」店主はマスク越しに答えた。「入念に手洗いしてますけど、抵抗あるお客様もいらっしゃるので」
「あー、潔癖症的な」
「えぇ。実は私も知らない人が握ったおむすび、食べられないタチでして」
「そうなんですか。このお店はどういった経緯で」
「……成り行き、ですかねぇ……」
おむすびころりんって知ってます?
店主が言った。
「あの、昔話の」
「そうです、その昔話と同じことがあって」
「へ?」
店主が趣味の山登りをしていた際、おむすびを落としてしまった。普通ならその場で落ちたままになるはずなのに、おむすびは車輪の如く地面を転げて行った。
『嘘でしょ』
漫画のような光景に笑っていたら、十メートルほど先で消え、歌が聞こえて来た。
『♪おむすびころりんすっとんとん』
『……嘘でしょ』
おむすびが消えた辺りまで行ったら、直径十センチほどの穴が開いていた。中から出て来たのはネズミだった。
『これ美味しいチュウね』
手にはおむすびの欠片を持っている。
『そっ、それは、どうも……』
「驚きすぎると、逆に冷静になっちゃうんですね」
店主は鮭むすびを握りながら笑う。
『これって近くの店のチュウか?』
『いや、僕の手作り』
『そうチュウか~。子供たちも気に入ったチュウけど、手に入らないチュウね~』
しょげるネズミに店主は提案してみる。
『頻繁にじゃなくていいなら、作ってくるよ?』
『マジ⁈』
『ま、マジ。会社員だから休日だけだし、何ヶ月かに一回とかかもだけど』
『え~! 嬉しいチュウ~! たま~にでもいいから、ぜひお願いしたいチュウ~!』
ネズミは口に手を当て、モジモジしながら言った。
「その姿が……かぁわいくてねぇ~……!」
店主が悶絶した。どうやら無類の動物好きらしい。
「足繁く通う内にネズミ一家と仲良くなってね? もっと差し入れしたいな~って思って、開いたの、店(ここ)」
「えぇ⁈ そんな理由⁈」
「うん。近くの山にあって、ネズミの家。ここならいつでも行けるから」
「はぁ~。そんなきっかけが~」記者は手元のメモ帳に走り書きをする。
「あ、これオフレコでお願いします」
「え⁈ 取材の一環で教えて下さったのでは」
「いやいや、さすがにちょっと。変な奴の店って思われるの嫌だし」
「あー、まぁ、編集長からオッケー出ないとは思いますが……」
「でしょ? だから家族や友人に褒められたのが切欠、みたいな感じで書いといて下さい」
「その辺の設定、ちゃんとしておかないと後でお困りになりますよ」
「だよね~! 俺もそう思う。ちゃんと考えるかぁ」
店主は言って、片づけを始めた。
「……え? 冗談だよ~、とかは」
「え? だって本当だもの」
店主はそのまま片づけを続ける。
「……あの」
「うん?」
「小槌とか、貰いました?」
「いや何も? そんな、昔話じゃないんだから」
「そうですよね」
店主曰く、ネズミ用おむすびは添加物控え目にしているとか。
「身体に悪いから」店主はデレデレしながら言った。「心配だから、うち来ない? って誘ったんだけど、やっぱ自然がいいんだって」
悪天候などで身の危険を感じると訪ねてきて、店の二階にある住居に一家で寝泊まりするという。
「飲食店なのに大丈夫ですか?」
「そう! そうなの。だからどうかご内密に」
頭を下げる店主に、記者は他言しないと誓った。
お土産に持たされたおむすびを手に、近隣の山に入ってみる。
喋るネズミ……いるわけないよな。なんて思いながらおむすびを出したら、ころりと落ちて地面を転がり、消えた。
「♪おむすびころりんすっとんとん」
「マジか!」
慌てて移動したら、地面の穴からネズミが顔を出した。「なんだ、あいつじゃないチュウね」
「うぉ、ホントに喋った」
「友達チュウ?」
「えっと、知り合い」
「そっか。あいつマジいい奴チュウよ~」
「ね。キミたちと一緒に住みたいって言ってたよ」
「飲食店チュウからねぇ、さすがに僕らが住んでるのは外聞が悪いチュウよ」
言って、ネズミは腕を組み、首を傾げた。
(か、かんわいぃぃ~~~!)
「……あのさ」
「おはよー!」
「おはようございます」
「おはようチュウ」
父に倣って子供たちもチュウチュウと挨拶を返し、妻はぺこりと頭を下げる。
「いやぁ、近くて助かるわ」
「良かったです」
「めっちゃいい家をくれたチュウ。人間は山を壊したりするばかりだと思ってたチュウが、いい人もいるんだチュウねぇ」
ネズミ一家は、おむすび屋の隣に越してきた記者の家に同居している。
記者と店主はネズミ一家の一挙手一投足を眺めてはデレデレと笑みをこぼす。
昔話のように金品を得ることはなかったけど、それよりも大事なものを貰えたとさ。
「はい」店主はマスク越しに答えた。「入念に手洗いしてますけど、抵抗あるお客様もいらっしゃるので」
「あー、潔癖症的な」
「えぇ。実は私も知らない人が握ったおむすび、食べられないタチでして」
「そうなんですか。このお店はどういった経緯で」
「……成り行き、ですかねぇ……」
おむすびころりんって知ってます?
店主が言った。
「あの、昔話の」
「そうです、その昔話と同じことがあって」
「へ?」
店主が趣味の山登りをしていた際、おむすびを落としてしまった。普通ならその場で落ちたままになるはずなのに、おむすびは車輪の如く地面を転げて行った。
『嘘でしょ』
漫画のような光景に笑っていたら、十メートルほど先で消え、歌が聞こえて来た。
『♪おむすびころりんすっとんとん』
『……嘘でしょ』
おむすびが消えた辺りまで行ったら、直径十センチほどの穴が開いていた。中から出て来たのはネズミだった。
『これ美味しいチュウね』
手にはおむすびの欠片を持っている。
『そっ、それは、どうも……』
「驚きすぎると、逆に冷静になっちゃうんですね」
店主は鮭むすびを握りながら笑う。
『これって近くの店のチュウか?』
『いや、僕の手作り』
『そうチュウか~。子供たちも気に入ったチュウけど、手に入らないチュウね~』
しょげるネズミに店主は提案してみる。
『頻繁にじゃなくていいなら、作ってくるよ?』
『マジ⁈』
『ま、マジ。会社員だから休日だけだし、何ヶ月かに一回とかかもだけど』
『え~! 嬉しいチュウ~! たま~にでもいいから、ぜひお願いしたいチュウ~!』
ネズミは口に手を当て、モジモジしながら言った。
「その姿が……かぁわいくてねぇ~……!」
店主が悶絶した。どうやら無類の動物好きらしい。
「足繁く通う内にネズミ一家と仲良くなってね? もっと差し入れしたいな~って思って、開いたの、店(ここ)」
「えぇ⁈ そんな理由⁈」
「うん。近くの山にあって、ネズミの家。ここならいつでも行けるから」
「はぁ~。そんなきっかけが~」記者は手元のメモ帳に走り書きをする。
「あ、これオフレコでお願いします」
「え⁈ 取材の一環で教えて下さったのでは」
「いやいや、さすがにちょっと。変な奴の店って思われるの嫌だし」
「あー、まぁ、編集長からオッケー出ないとは思いますが……」
「でしょ? だから家族や友人に褒められたのが切欠、みたいな感じで書いといて下さい」
「その辺の設定、ちゃんとしておかないと後でお困りになりますよ」
「だよね~! 俺もそう思う。ちゃんと考えるかぁ」
店主は言って、片づけを始めた。
「……え? 冗談だよ~、とかは」
「え? だって本当だもの」
店主はそのまま片づけを続ける。
「……あの」
「うん?」
「小槌とか、貰いました?」
「いや何も? そんな、昔話じゃないんだから」
「そうですよね」
店主曰く、ネズミ用おむすびは添加物控え目にしているとか。
「身体に悪いから」店主はデレデレしながら言った。「心配だから、うち来ない? って誘ったんだけど、やっぱ自然がいいんだって」
悪天候などで身の危険を感じると訪ねてきて、店の二階にある住居に一家で寝泊まりするという。
「飲食店なのに大丈夫ですか?」
「そう! そうなの。だからどうかご内密に」
頭を下げる店主に、記者は他言しないと誓った。
お土産に持たされたおむすびを手に、近隣の山に入ってみる。
喋るネズミ……いるわけないよな。なんて思いながらおむすびを出したら、ころりと落ちて地面を転がり、消えた。
「♪おむすびころりんすっとんとん」
「マジか!」
慌てて移動したら、地面の穴からネズミが顔を出した。「なんだ、あいつじゃないチュウね」
「うぉ、ホントに喋った」
「友達チュウ?」
「えっと、知り合い」
「そっか。あいつマジいい奴チュウよ~」
「ね。キミたちと一緒に住みたいって言ってたよ」
「飲食店チュウからねぇ、さすがに僕らが住んでるのは外聞が悪いチュウよ」
言って、ネズミは腕を組み、首を傾げた。
(か、かんわいぃぃ~~~!)
「……あのさ」
「おはよー!」
「おはようございます」
「おはようチュウ」
父に倣って子供たちもチュウチュウと挨拶を返し、妻はぺこりと頭を下げる。
「いやぁ、近くて助かるわ」
「良かったです」
「めっちゃいい家をくれたチュウ。人間は山を壊したりするばかりだと思ってたチュウが、いい人もいるんだチュウねぇ」
ネズミ一家は、おむすび屋の隣に越してきた記者の家に同居している。
記者と店主はネズミ一家の一挙手一投足を眺めてはデレデレと笑みをこぼす。
昔話のように金品を得ることはなかったけど、それよりも大事なものを貰えたとさ。
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