日々の欠片

小海音かなた

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5/20『天使な味の悪魔の舌』

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 ダイエットに飽きてきた。
 最初の何日間かは体重と体形の変化が大きくて楽しかったんだけど、そろそろ停滞期に入ってきたらしく、どんなに頑張っても数値の変化がない。
 今日もローカロリーの蒟蒻麺を食べる……うーん、お腹減ってるのに箸が進まない。
「うー、もう飽きたぁー」
「だから、普通の食べる? って」
「だっていまダイエット中~」
「別に太ってないって」
「私には私の理想があるの~」
 言って指した指の先には、ハンガーに吊るされた可愛いワンピース。
「確かに似合うと思うけど」
「そうなの~。だからもっとちゃんと似合うように着こなせる体形にしたいの~」
「もー。じゃあそれ、一旦ちょうだい」
 彼は私が睨み合っていた蒟蒻麺入りの器を持って、キッチンへ移動した。
 調理の音と一緒に、美味しそうな香りがリビングに流れてきた。刺激されたお腹が鳴る。
「はい、どうぞ」
「え、なにこれ、すごい」
「担々蒟蒻麺。そぼろは大豆ミートだから、気にせず食べて」
「そんなのあったっけ」
「こないだ買ってきた。ヤネがそろそろ飽きてくるかと思って」
「なにそれ、天才~」
 “ヤネ”とは、私の名前“アヤネ”の略称。いろんな愛称を経て落ち着いた彼なりの呼び名。
 料理が壊滅的に苦手で下手な私と違って、彼は料理好きの料理上手。プロになろうかと思ったけど、いろんなジャンルの料理を作りたいからってひとつに決められなくて、いまは趣味として楽しんでるみたい。
 そんな彼がアレンジしてくれた坦々蒟蒻麺はめちゃくちゃ美味しくて、毎食作ってほしいレベル。でも彼にも仕事があるし忙しかったり疲れてたりするだろうし……あぁ、それにしても美味しい……。
 天に召されそうなくらい美味しい担々蒟蒻麺を頬張ってたら、彼が頬杖をつきながら言った。
「ほかのご飯も俺が作ってい?」
「えっ! うん! あ、でも大変だろうし」
「いや、一人分作るより二人分のが実はラク。洗い物も少ないし、材料も無駄にならないし」
「え、でもクーくんダイエットしてないじゃん」
「同じようなメニューだけど俺のは普通に肉とか使うから。ヤネのはローカロリーフードだけど」
「え、なにそれ、すごい」
「そうでもないよ。お弁当イヤじゃなかったら昼飯も作るけど」
「ヤなわけないじゃん」
 じゃあそれで、っていう感じで、これからのご飯は彼が作ってくれることになった。いや、いままでも彼が作ってくれてたけど、美味しすぎて太っちゃったから、私は個別で簡単なダイエット食を作る! って宣言しただけなんだけど……。
 その日から彼が作ってくれたダイエット食を職場と家で食べることになった。毎食ローカロリーとは思えないほどの内容で、見た目も味も量も最高だったから、記念に写真を撮り始めた。
 それから、同僚の薦めと彼の了承も得て、自分のSNSアカウントで写真を公開することにした。【#彼氏作ダイエット飯】ってタグ付けて。
 毎日アップし続けてたらちょっとずつ【いいね】とコメントが増えてきて、彼に伝えたら嬉しがってレシピとカロリーを教えてくれるようになった。
 メッセで送られてくる文章をコピーしてキャプション欄にペースト。食材とか関連ワードをタグとして付け加えてアップしたら、瞬く間に反応が増えた。
 わわわ、通知めっちゃくる。これが【バズる】ってやつか。
 なんか手柄を横取りした気分になっちゃって「なんか、ごめん」とか謝っちゃった。
「別にいいんじゃない? 自分で作ったって言ってるわけじゃないんだから」
 彼は笑いながら返してくれた。
 そうなんだけどさ~、と思いつつ釈然としない私のスマホに、一通のダイレクトメッセージが届いた。
【レシピ本出版のお願い】
 それは大手有名出版社の編集者を名乗る人からの連絡で、ビックリしすぎてスマホを落としそうになった。
 彼氏に確認してみます、とだけ返信して、帰宅後に伝えたら彼もビックリしてた。
 でもちょっと怪しいかも? って疑って、二人で編集者さんに会うことにした。
 出版社の受付でアポがあることを告げて編集者さんと会う。もちろんその人も会社も本物で、詐欺なんてこともなかった。
 出版された本はいろんな人に読んでもらえて、レシピのおかげでダイエットに成功したって体験談も聞くようになった。
 出版からしばらく経ったある日、彼の本が年間レシピ本アワードの新人賞を受賞した。表彰式があるらしく、彼と私は出版社に招待された。
 私は彼の横で、あのワンピースを着て立っている。もちろん、彼が作ってくれた食事のおかげで“きちんと着こなせる体形”になって。
 隣に立ってるビフォーの全身写真は恥ずかしいけど……彼にもめっちゃ褒めてもらえたし彼のレシピがダイエットに効果的って実証できたし、頑張って良かったねって二人で祝杯をあげた。
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