日々の欠片

小海音かなた

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6/4『映写機の光に舞う砂ぼこり』

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 学校の校庭に設置された大きな布に映画を投影して鑑賞する、というイベントが開催された。
 周りでは下級生たちが騒いでたし、スクリーンが風にあおられて映像が見づらい場面もあったけど、子供ながらにとても感動した。自分が大人になったら、映画を撮る人になりたいと思った。
 でもその夢は、大人になる前に実現可能となった。
 パパが中古のスマホを買ってくれたのだ。
 回線契約してないから電話の機能は使えないけど、Wi-Fiが使えるからまったく問題ない。動画が撮影できて、編集できて、ネットに繋がってればそれでいい。
 早速いろんなアプリをダウンロードして制作の準備を進めた。
 同級生や同じクラブ活動してる先輩後輩にお願いして、演者になってもらった。
 演技力なんてないし照れて笑っちゃったりするけど、それもいい味になるように脚本を書いたから大丈夫。
 編集して効果音付けて、できた映像をパパに見せたらちょっと泣いてた。泣くような物語じゃなかったんだけどな。
 会社の人に自慢したいって言われたから、メールでデータを送信してあげた。出演してくれたみんなには、どこかで公開するかも、って言って【承諾書】にサインしてもらってるから、特に問題はない。
 自分で書いた物語が他の人にも見える形になるのが面白くて、どんどん脚本を書いた。他人が見て面白く感じるかはわからないけど、僕が楽しくて面白いならそれでいいかって。
 だって僕まだ子供だし、プロじゃないから好きに作りたい。
 協力してくれたみんなとその家族にも了承を得て、動画サイトで作品の公開を始めた。
 肩書は【小学生アマチュア監督】。
 子供が大人みたいなことやってるのに、みんな喜んで食いつくの知ってたから、それを狙っての命名。
 アカウント作成だけパパと一緒にして、あとは僕が全部やる。撮影も編集も更新も。
 最初はちょこっとしかなかったアクセスも、次第に増えていった。
 新作をアップしないと飽きられちゃうから、学校の休み時間はぜんぶ脚本を書くことに費やされた。
 本当は勉強なんかしてる場合じゃないくらいアイデアが浮かんでるけど、知識があればもっと面白い物語が作れるかもっていう先生の助言に乗ってみる。
 名作といわれる映画の中には僕の頭じゃ理解できないことも多くて、確かに知識は必要そうだぞと実感したから。
 勉強と並行して脚本作成も頑張っていたら、宣伝用アカウントにメッセージが届いた。【才能のあるお子様を番組で紹介したい】らしい。
 パパは大喜びで、僕の返事を聞く前に「いいって返事しちゃうな!」とスマホを操作した。別に嫌じゃないからいいんだけど、僕には僕の意思ってもんがあるんだよな。
 張り切るパパを見て、ママも僕と同じような視線を送ってる。
「昔っからああなのよね。人の気持ちをおもんばかるってことを知らないというか」
 僕が生まれる前、パパとママが結婚する前にも色々あったらしい、とママのほうのおばあちゃんから聞いたことがある。
 じゃあなんで結婚したんだろう。今度パパとママに“取材”して、初のラブストーリーに挑戦してみようかな。
 って思った、ってことを取材のときに話したら、大人たちがなんだかとっても盛り上がってくれた。理由はよくわからなかったけど、“需要と供給”ってやつ? 僕も大人になったらわかるのかな。
 学校や家の近所でたくさんの人がテレビ見たよって声をかけてくれた。公開中の動画も見てくれるって。
 コメントもたくさん増えて、みんな褒めてくれた。中には酷いことを書く人もいたけど気にしない。
 パパが一番喜んだのは、【神童】っていうコメント。なんだかよくわからないけど、パパが子供の頃に憧れた言葉らしい。
 パパがご褒美にもっといい機材買ってくれるって言ったけど、違うよパパ。必要最低限の、しかも【中古のスマホで子供が撮影する】からいいんだよ。いまの僕の作品にはその付加価値が重要。
 だからそういうのは、もっと大人になってからでいいって断ったらしょんぼりされた。ママがパパに言う“面倒くさい人”の意味がわかった気がする。
 テレビに出てからチャンネル登録者数が各段に増えて、収入を得られるようになった。出演や協力してくれてる人たちになにもしないのは申し訳ないと思ったけど、大人的に、子供が金品を贈るのは良くないらしい。
 パパとママ、担任の先生と相談して、収益の一部を使って【ありがとう会】を開くことにした。協力してくれた人たちを呼んで、学校の体育館で立食パーティーをしたら、みんな喜んでくれた。
 将来芸能界に入りたいって人からの出演交渉もあって、先の楽しみがたくさん増えた。

 僕の監督人生はまだまだこれから。
 大人になって“あの頃は良かった”なんて思いたくないから、ちゃんと継続できるように努力するんだ。
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