日々の欠片

6/5『うっかりプロポーズ』

　口の中でブツブツセリフを繰り返す。
　人生の一大事。失敗したくない。だって一生残る思い出じゃん。
　いつか言わなきゃ、の“いつか”は、ダラダラしてたら“永遠”のままになっちゃう。
　いや、俺だってそれなりにほのめかしてたんだけどさ。全然気づいてくんないんだもん。じゃあもう、ちゃんと言うしかないじゃん。
　お正月、こたつで一緒に食べたアイスは彼女とだったから格別に美味しかった。バレンタインにチョコもらえなくても別に焦ったりしない。残業から疲れて帰った食卓にお茶漬けセットが置かれてるとか最高すぎる。
　しっかりしてそうでちょっとドジで、曲がり角で良く壁や柱にぶつかっちゃったりするところも、クイズ番組視ながら自信満々に言った回答が間違ってて照れちゃうとこも、もうなにもかもが愛おしくて、彼女と一生添い遂げたいと思った。それでもハッキリ伝える勇気がなくて、ほのめかすだけになっちゃって。
　急に伊達巻食べたいって駄々こねた日、もしかして妊娠かも？　って可能性がよぎったときに、覚悟ができたんだと思う。
　ゾッとするような悪夢を見たから、フラッシュモブだけはやらないようにと心に誓った。
　ビンタされて振られるのなんて絶対やだもん。
　気合いを入れてプロポーズの場所を探す。思い出の場所はいくつかあるけど、せっかくだしちょっと奮発して、ドレスコードがある高級レストランを候補にした。
「ねぇ」
「ん？」
「今度の休みって、なんか予定ある？」
「ううん？　ないけど……どっか行く？」
「うん。行きたいとこある。いい？」
「もちろん」
　彼女は笑顔で承諾してくれた。
「ここなんだけどさ」
　ぶっつけ本番が苦手だという彼女。初めて行く場所に誘うときは、事前に情報を教えるようにしてる。サプライズとか、予想外のことされるのが苦手なんだって。
「へぇ、珍しいね。こういうお店、緊張するからヤなんじゃなかったの？」
「そうなんだけど、せっかくプロポーズす……」
　流れで思わず言ってしまって、二人同時に固まった。どっちもが次になんて言ったらいいかを探ってる。
　あぁ～！　やってしまった！　どうしてこんな場面で天然でちゃうかなぁ！
「……すーごく素敵なお店だネ☆」
　彼女がスマホの画面を見たまま、棒読みで言った。
「ふっ！」
　あまりのわざとらしさに思わず吹き出してしまう。
「ねぇー！　フォローしたつもりなんだけど！　なんで笑うの⁈」
　と言いつつ、彼女もこらえきれなくて笑ってる。
　あぁそうだ。こういう風にできるから、彼女とずっと一緒にいたいって思ってるんだ。
「ごめん。いまのは俺が悪い」
「そうだよ。私は気分を害しました。ちゃんとやり直してください！」
　頬をふくらませながら、彼女が俺の正面に正座した。
　つられて俺も正座する。
　……。あっ、えっ？　いまここで言う流れ？
「……ロマンチックじゃないけど、いいの？」
「だってもう待てないもん。早く聞きたい」
「じゃあ……」コホン、とひとつ咳をする。「一生をかけて幸せにするので、僕と結婚してください！」
　頭を下げて出した手に、彼女の温もりが重なる。
「はい」
　了承の返答に嬉しくて顔を上げたら、彼女は手で口を押さえ、笑いを堪えていた。
「なんで笑ってるの」
「ごめん。なんか……私たちらしいなーと思って」
「ふふっ、確かに」
　二人で少し笑って、痺れたねって足を崩す。
「指輪は急いで用意するね」
「ありがとう。あ、じゃあさっきのお店行く前、一緒に見に行かない？　それでそのあと、改めてプロポーズしてほしい」
「えぇ⁈　すごいプレッシャーなんだけど！」
「なんで。もう答えはわかってるんだからいいじゃない」
「そーゆーことじゃなくてさー」
　俺にも色々理想があってさ。まぁ自分のせいで計画通りにはいかなかったけど。
　ふてくされる俺を、彼女は期待に満ちた目で見つめてる。
「……善処、します」
「嬉しい。よろしくお願いします」
　二人で微笑んで、手を取り合って……そうしてまた日常に戻る。
　俺らはまだまだこれからで。でもきっと、まだまだ楽しいことが待ってる。
　だからこれからも、この先もずっと、よろしくお願いします。