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Chapter.28
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「しかしよぉ集まったもんやなぁ」
リビングでデザイン案をスケッチしていた青砥が唐突に言った。
「え? なんの話?」
聞き返したのは一緑だ。
「ん? あぁ、ごめん。ここの住人さ、よぉ全員、名前に色入ってたもんやなぁ思て」
「あー、なぁ」紫苑が自分の後頭部をまさぐりながら相槌を打った。
「偶然だったんですか?」事情を知らない華鈴が意外そうに言って「入居条件に入ってたのかと思ってました」続けた。
「条件にはなかったはずやけど……わざとやった?」一緑がすぐ近くに座っていた赤菜に聞く。
「そんな面倒なことせんわ。早いもん順で面談して入居させたら、たまたまそうなっただけや」
「それはそれですごいよなぁ」
思い返すきっかけになった色鉛筆を選びながら、青砥が感心する。
「それに色縛りにしてたら、サクラの入居、OK出してへんし」
「あっぶな。良かった」
胸を撫でおろしたのは一緑だ。
「カリンちゃんもなんか共通点ありそやけどなぁ」
青砥がスケッチブックをめくり、新しいページに住人の名前を書いていく。ブツブツつぶやいたかと思ったら、
「あ」なにかを見つけたのか、ニィとチェシャ猫のように笑い、同じく考えていた華鈴、一緑、赤菜、紫苑を見やる。「わかった人いる?」
「えー? ちょっと待って?」
「んー、なんやろ」
一緑と紫苑は自分の掌に指で文字を書いていく。
赤菜は聞けば謎が解けるとわかった瞬間、考えるのをやめた。
華鈴はホワイトボードや届いた郵便物を仕分けるときに覚えた住人達の氏名を思い浮かべるが、共通点に気付くことができない。
「わからん? わからん?」青砥が全員に聞いてから「正解は~」勿体つけたとき、
「植物やろ?」
それまで黙ってダイニングテーブルで新聞を読んでいたキイロが口を挟んだ。
青砥が目を丸くしてキイロを見る。キイロを指さして「せーかい!」声を張った。
キイロは新聞を読みながら静かにうなずく。
「聞いてないんか思ってたぁ」青砥が笑う。
「紗倉さんが樹木の花梨て字なんかは知らんけど」キイロは新聞に目線を落としたまま言った。
「木ぃのほうってどんな字やっけ?」紫苑が空中に指で文字を描く。
「花に梨、ですね」答えたのは華鈴だ。
「あれ? ごめん。カリンちゃんはどんな字やっけ?」青砥が問うと、
「難しいほうのハナにスズで華鈴です」再度答える。
「あー、なるほど。キレイな名前やなぁ」
「ありがとうございます」
青砥に褒められた華鈴は小さく頭を下げて礼を言う。
「いいえぇ」それに答えて、青砥はそれまでスケッチブックに書いていた片仮名に漢字を書き加えた。
「カリンちゃんは、どっちも漢字が違うけど苗字の“サクラ”さんも読みが植物やし~、赤菜の菜~、黒枝の枝~、鴻原の原~、塚森の森~、橙山の山~、で、柊征の柊~…」
「そしたらキイロは?」
一緒に考えていたらしい紫苑が青砥に聞いた。
「そやねん。今度はキイロだけないねんなー。逵下の“ツジ”ってどんな意味があるの?」
「簡単なほうと一緒。道とか、大通りとか」答えたのはキイロ本人。
「うーん、じゃあ関連ないなぁ」
「いや、別にいい……」
「ハミゴや、ハミゴ」キイロの言葉を遮って、赤菜が小さく笑って言った。
「ちょっと赤菜くんやめてよ、ハミゴってゆーの」
キイロの反論に華鈴が疑問符を浮かべる。
「関西で“仲間外れ”のことを“ハミゴ”ってゆうの」
華鈴の疑問符に気付き、一緑が解説した。
「はみ出しっこの略かな?」青砥が付け足すと、
「やからええって、説明せんでさぁ」キイロは心なしか拗ねたような表情を見せる。
「じゃあ、ツジシタさんと私、仲間ですね」華鈴がキイロに向かって言う。不思議そうにするキイロに、華鈴が続けた。「はみご? 仲間。私が色で、ツジシタさんが植物の」
二へッと笑った華鈴につられて、キイロも「そうかもな」答えて、ふと笑う。
その表情を見た一緑、青砥、紫苑は少し驚き、赤菜はいぶかしげに片眉を上げた。
「じゃあみんな、なんかしらの仲間やな」すぐに驚きを隠した青砥がおっとりと言った。「そもそも一緒に住んでる仲間やし」
「そやな」紫苑は手元に目を戻して、口の端を少し上げる。
「ハミゴおらんかったわ」赤菜は少しつまらなさそうな顔をして、ソファの上であぐらをかいた。
一緑は微笑んで、隣に座る華鈴の頭をポンポンと撫で、当の華鈴は笑顔のまま、それを不思議そうに受け入れる。
キイロはまた新聞に視線を戻し、コーヒーをすすりながら黙々と紙面を読み進めていった。
* * *
「おはようございます」
「…おはよう」
華鈴とキイロが朝の挨拶を交わす。
最初の頃はぎこちなかったそのやりとりは、回を増すごとに“普通”になっていく。
(荒療治ってやつかなぁ)
キイロは思う。
少し前までは女性と一つ屋根の下で暮らすなんて絶対に無理だと思っていたけど、四六時中顔を合わせるわけでもなく、過度に接触や詮索してくるわけでもないその距離感は、むしろ心地いい。
更に、華鈴はタイミングが合えば給仕のようなことまでしてくれるありがたい存在にもなっていた。
(それに、一緑の恋人やし)
他に誰かに心移りしそうにないことも充分にわかっている。その矛先が自分へはこない安心感が、不信感を上回る。
何をされるかわからないから恐怖心を覚えるのであって、華鈴にはそれがまったくない。
気遣いはあるものの普段は無関心で。というか、無防備さが庇護欲を掻き立てるタイプなのだと分析している。
世話焼きの一緑が好きになったのもうなずける存在だ。
(妹がおったらこんな感じやろか)
なんて思うようになった自分に苦笑して、今日も華鈴が焼いたトーストを口に運ぶキイロなのだった。
リビングでデザイン案をスケッチしていた青砥が唐突に言った。
「え? なんの話?」
聞き返したのは一緑だ。
「ん? あぁ、ごめん。ここの住人さ、よぉ全員、名前に色入ってたもんやなぁ思て」
「あー、なぁ」紫苑が自分の後頭部をまさぐりながら相槌を打った。
「偶然だったんですか?」事情を知らない華鈴が意外そうに言って「入居条件に入ってたのかと思ってました」続けた。
「条件にはなかったはずやけど……わざとやった?」一緑がすぐ近くに座っていた赤菜に聞く。
「そんな面倒なことせんわ。早いもん順で面談して入居させたら、たまたまそうなっただけや」
「それはそれですごいよなぁ」
思い返すきっかけになった色鉛筆を選びながら、青砥が感心する。
「それに色縛りにしてたら、サクラの入居、OK出してへんし」
「あっぶな。良かった」
胸を撫でおろしたのは一緑だ。
「カリンちゃんもなんか共通点ありそやけどなぁ」
青砥がスケッチブックをめくり、新しいページに住人の名前を書いていく。ブツブツつぶやいたかと思ったら、
「あ」なにかを見つけたのか、ニィとチェシャ猫のように笑い、同じく考えていた華鈴、一緑、赤菜、紫苑を見やる。「わかった人いる?」
「えー? ちょっと待って?」
「んー、なんやろ」
一緑と紫苑は自分の掌に指で文字を書いていく。
赤菜は聞けば謎が解けるとわかった瞬間、考えるのをやめた。
華鈴はホワイトボードや届いた郵便物を仕分けるときに覚えた住人達の氏名を思い浮かべるが、共通点に気付くことができない。
「わからん? わからん?」青砥が全員に聞いてから「正解は~」勿体つけたとき、
「植物やろ?」
それまで黙ってダイニングテーブルで新聞を読んでいたキイロが口を挟んだ。
青砥が目を丸くしてキイロを見る。キイロを指さして「せーかい!」声を張った。
キイロは新聞を読みながら静かにうなずく。
「聞いてないんか思ってたぁ」青砥が笑う。
「紗倉さんが樹木の花梨て字なんかは知らんけど」キイロは新聞に目線を落としたまま言った。
「木ぃのほうってどんな字やっけ?」紫苑が空中に指で文字を描く。
「花に梨、ですね」答えたのは華鈴だ。
「あれ? ごめん。カリンちゃんはどんな字やっけ?」青砥が問うと、
「難しいほうのハナにスズで華鈴です」再度答える。
「あー、なるほど。キレイな名前やなぁ」
「ありがとうございます」
青砥に褒められた華鈴は小さく頭を下げて礼を言う。
「いいえぇ」それに答えて、青砥はそれまでスケッチブックに書いていた片仮名に漢字を書き加えた。
「カリンちゃんは、どっちも漢字が違うけど苗字の“サクラ”さんも読みが植物やし~、赤菜の菜~、黒枝の枝~、鴻原の原~、塚森の森~、橙山の山~、で、柊征の柊~…」
「そしたらキイロは?」
一緒に考えていたらしい紫苑が青砥に聞いた。
「そやねん。今度はキイロだけないねんなー。逵下の“ツジ”ってどんな意味があるの?」
「簡単なほうと一緒。道とか、大通りとか」答えたのはキイロ本人。
「うーん、じゃあ関連ないなぁ」
「いや、別にいい……」
「ハミゴや、ハミゴ」キイロの言葉を遮って、赤菜が小さく笑って言った。
「ちょっと赤菜くんやめてよ、ハミゴってゆーの」
キイロの反論に華鈴が疑問符を浮かべる。
「関西で“仲間外れ”のことを“ハミゴ”ってゆうの」
華鈴の疑問符に気付き、一緑が解説した。
「はみ出しっこの略かな?」青砥が付け足すと、
「やからええって、説明せんでさぁ」キイロは心なしか拗ねたような表情を見せる。
「じゃあ、ツジシタさんと私、仲間ですね」華鈴がキイロに向かって言う。不思議そうにするキイロに、華鈴が続けた。「はみご? 仲間。私が色で、ツジシタさんが植物の」
二へッと笑った華鈴につられて、キイロも「そうかもな」答えて、ふと笑う。
その表情を見た一緑、青砥、紫苑は少し驚き、赤菜はいぶかしげに片眉を上げた。
「じゃあみんな、なんかしらの仲間やな」すぐに驚きを隠した青砥がおっとりと言った。「そもそも一緒に住んでる仲間やし」
「そやな」紫苑は手元に目を戻して、口の端を少し上げる。
「ハミゴおらんかったわ」赤菜は少しつまらなさそうな顔をして、ソファの上であぐらをかいた。
一緑は微笑んで、隣に座る華鈴の頭をポンポンと撫で、当の華鈴は笑顔のまま、それを不思議そうに受け入れる。
キイロはまた新聞に視線を戻し、コーヒーをすすりながら黙々と紙面を読み進めていった。
* * *
「おはようございます」
「…おはよう」
華鈴とキイロが朝の挨拶を交わす。
最初の頃はぎこちなかったそのやりとりは、回を増すごとに“普通”になっていく。
(荒療治ってやつかなぁ)
キイロは思う。
少し前までは女性と一つ屋根の下で暮らすなんて絶対に無理だと思っていたけど、四六時中顔を合わせるわけでもなく、過度に接触や詮索してくるわけでもないその距離感は、むしろ心地いい。
更に、華鈴はタイミングが合えば給仕のようなことまでしてくれるありがたい存在にもなっていた。
(それに、一緑の恋人やし)
他に誰かに心移りしそうにないことも充分にわかっている。その矛先が自分へはこない安心感が、不信感を上回る。
何をされるかわからないから恐怖心を覚えるのであって、華鈴にはそれがまったくない。
気遣いはあるものの普段は無関心で。というか、無防備さが庇護欲を掻き立てるタイプなのだと分析している。
世話焼きの一緑が好きになったのもうなずける存在だ。
(妹がおったらこんな感じやろか)
なんて思うようになった自分に苦笑して、今日も華鈴が焼いたトーストを口に運ぶキイロなのだった。
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