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Chapter.54

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 二人で並び、遠くから飾りつけが終わったツリーを眺めてみる。
「よし、ええんちゃう」
「わぁ~、すごい。可愛いくできましたねぇ」
 白い木にピンクとゴールドのオーナメントがバランスよく配置されている。根元には雪が降り積もった地面のようなファーのマット。ツリーが倒れないように置かれた重り隠しの役割を果たしているのだが、言われなければただの装飾にしか見えない。
「こういうのがあるだけで華やかやな」
「テンションあがりますねぇ」
 想像していた以上の達成感と充足感を抱きながら、満面の笑みでしばしツリーを眺める。
「お茶淹れましょうか」
「あぁ、一緒にやるよ」
「ありがとうございます」
 連れ立ってキッチンへ移動し、並んでコーヒーと紅茶を淹れる。
 ダイニングテーブルの、ツリーが見える位置に並んで座りお茶を飲んでいると、玄関からガヤガヤ声が聞こえてきた。
「マジでそんなにどうすんのん」
「呑んで食うに決まってるやろ」
「眞人くんそんなに量食べへんやん」
「保存きくもんばっかなんやから食いきれんかったら取っといたらええやろ」
「橙山は自制が効かんから、あんまり備蓄せんとってゆうてるんじゃない?」
「そうそう、オレはあるだけ食べちゃう~っておい」
「ノリツッコミ下手か」
「うるさいなぁ」
 口々に言い合うその手には、パンパンに膨らんだ買い物袋が提げられている。
「なにをそんなに買ったん」キイロの質問に
「えー? 酒とつまみと今日の食材と」橙山が答え「……あれ?」キイロと華鈴が座っていることに気付き、疑問符を浮かべた。「あ、終わったんや!」
 すぐにその理由を察して、何気なく通り過ぎてしまった場所を振り返る。
「わー! ええやん! かわいい~!」
 橙山の歓声につられて、四人も振り向く。
「おぉ、見本以上やな」赤菜が満足そうに笑みを浮かべ
「わー、すげぇすげぇ、お店のみたい」黒枝は嬉しそうに頬を染める。
「冬が来たって感じするなぁ」青砥がしみじみ言って
「大変やったやろぉ? ありがとな~?」紫苑は振り返り、飾りつけ担当の二人をねぎらった。
「楽しかったから平気やったよ。な?」
「はい。なんだか贅沢な時間でした」
 顔を見合わせて笑顔になる二人を見て、赤菜たちは目を細めた。
「二人に任せて正解やったわぁ」
 橙山は満足そうにうなずいて、買い物袋をキッチンへ持っていく。残った四人もそれに倣って、決められた場所に袋の中身を収納していった。
 橙山が持っている袋には、夕食の食材が入っている。「よぅし、やるぞー」わざと声に出して気合いを入れて、腕まくりした。
「なんか手伝う?」
「うん、お願いしたい」青砥の申し出を受け入れ、橙山が袋から食材を出していく。
「ほんじゃ俺ら、一旦部屋戻るわ」黒枝が橙山に声をかけた。
「うん、ありがとね」
「できるころ呼びに行くわ~」青砥が言うと
「グループメッセに送ってくれてもえぇけど」紫苑がコートを脱ぎながら言う。
「あ、そのほうが早いか」
 華鈴の卒業制作を手伝う際に橙山が立ち上げた【カリンちゃん卒制協力隊】は【シェアハウスの仲間たち】に名を変え稼働していて、帰宅時間の変更などを報せるのに使われている。
 赤菜、黒枝、紫苑はそれぞれ二階へあがり、自室へ戻った。
「二人も部屋で休んでていいよ? 案外重労働やったやろぉ」
「一緑くん帰ってくるかもしれないので……」
 青砥の気遣いに、華鈴が遠慮がちに返事する。
「あ、そうか。じゃあ、ご自由にどうそ」
「ありがとうございます」
 キイロも特になにも言わず、華鈴の隣に座っている。
(なんだか幸せだなー)華鈴は思う。
 一緑にだけでなく、住人達にも大切にしてもらっている実感がいつも以上に沸いて、鼻の奥をツンと刺激する。
 少し涙目になっているのが自分でもわかる。
 いつまで住んでいられるかわからない赤菜邸での時間を大切にしよう。なんとなく、いつもより強く思う。
 キッチンでは橙山と青砥が案外手際よく夕食を作り始めている。メインんのほかに副菜もいくつか作る予定のようだ。
「カリンちゃーん」
「はぁい」
「冷蔵庫の常備菜、使っていい~?」
「もちろん」
「ありがとぉ~」肉のパックを開けながら橙山が礼を言う。
 手伝ったほうがいいのかとキッチンを気にする華鈴に、「やりたいっぽいから、ほっといたらいいよ。手伝ってほしなったら言ってくる思う」コーヒーをすすりながらキイロが言った。
「……はい」
 なにも言わなくてもわかってくれることが嬉しくて、華鈴は思わず笑顔になる。
 橙山と青砥が料理を進める中、自室から赤菜がリビングへ移動してきた。「まだそこ座ってたん」
 ずっとダイニングテーブルに陣取っているキイロと華鈴を見て赤菜が笑う。
「んー、そんなちょこちょこ移動するもんでもなくない?」
「ツリー見てると飽きなくて」
「ほぉん」
 赤菜は少し満足そうに笑って、ソファに座ってテレビを点けた。
「そういや、そのツリーってライトピカピカしないねんな」
 豚のロース肉を重ねながら、橙山が聞いた。
「そういや入ってなかったな」
「LED付いてないの選んだから」
「あ、そうなん?」
「電気消してまでは見んかな思って」赤菜は急に現実的なことを言って、こめかみを掻く。「欲しかったら追加で買ったらええか思たし」
「確かに電気消すのってちゃんとテレビ視たいときか、みんないなくなるときやしなぁ」
「夜中に階段横で点滅してたら、足踏み外しそうかも~」青砥がキャベツを千切りにしながら笑う。
「うわ~、やりそう!」橙山は卵をボウルに割る。
「ちょうど良かったちゅうことか」ニュース番組をザッピングしながら赤菜がほくそ笑む。
「ライトなくても十分キレイです」
「うん、そう思う」
 華鈴の意見にキイロが賛同する。
「それは二人の努力の結晶やなぁ」切り終えたキャベツを大皿に移し青砥が華鈴とキイロに笑いかけた。
 二人が嬉しそうに顔を見合わせると、
「ただいま~!」
 玄関のほうから声が聞こえてきた。
「あ」
 その声を聞いて、華鈴が嬉しそうに声を漏らした。一緑の声だったからだ。
「誰かおる~?」玄関から入って来た一緑が「うわぁ! なにこれ!」驚きの声をあげる。「なに?! 今朝なかったやん! すごいな!」
 振り返りつつリビングへ入ってきた一緑を、皆がニコニコと出迎える。
「買った」
 赤菜がニヤニヤして、一緑に視線を向けた。
「えっ、そうなんや~、すごいなぁ。これこのまま届いたん?」
「いや? そいつらにやらせた」
 赤菜が顎をしゃくった先には、華鈴とキイロが座っている。
「えー、そうなんやー。すげー。大変やったやろ、お疲れさま」
 一緑は笑顔で二人を見やり、ねぎらった。
 やきもちを焼かせようとしていた赤菜は、少し不服そうにその反応を眺める。
 一緑はその視線を気にすることなく、ニコニコとしている。キッチンに橙山と青砥が立っていることに気付き
「あれ? 今日のごはんは二人が作ってくれるん?」
 コートを脱ぎながら問う。
「そ、ミルフィーユカツ」
「仕事先でレシピ貰って、作りたくなったんやて」
「えー、美味そう。手間かからん? 手伝う?」
「ううん? もう揚げるだけやし大丈夫~」
「そう? じゃあちょっと、荷物とか置いてきちゃうわ。華鈴、一緒にあがる?」
「うん。そうする」
 華鈴はうなずいて、椅子から立ち上がった。
「もう少しでできるよね?」キッチンに立つ二人に一緑が問いかける。
「できたらグループメッセで呼ぶよ~、ってみんなにも言ったから、そのタイミングおりてきて~?」
「わかった」
 青砥の回答にうなずいて、一緑が「行こ~」と華鈴を待つ。
「すみません、お願いします」
「「はーい」」
 橙山と青砥の返事を背に、一緑と華鈴は自室へ向かった。
「……持ってかれたな」
 残されたキイロに、赤菜が言う。
「物やないんやからさ」キイロは苦笑して、コーヒーをすする。「それに元々、一緑のカノジョやから」
 少し寂しそうに、少し嬉しそうに小さく言って、キイロも席を立つ。「食器出すの手伝うわ」
「えー、ありがとう~、嬉しい~」
 手を粉と卵だらけにしながら、橙山が満面の笑みを浮かべた。
「今日フルメンバーよな」
「うん」
 人数分のカトラリーや皿を出しながら、キイロはふと思い出し笑いを浮かべる。
「珍しいね」
「ん?」
「思い出し笑い」
 目ざとく見つけた青砥に言われ、キイロはまた、ふと笑う。
「そうやな」
 思い出しているのは、先ほど生まれた“二人の秘密”。

 打ち合わせの帰りに立ち寄った駅ビルでそれを見つけたとき、華鈴の笑顔が浮かんだ。
 消えもんやったらいいかな……口の中でぽそりとつぶやく。
 少し考えて、「すいません」ショーケースの内側に立つ店員へ声をかけた。

 クリスマスまでに渡せればいいと考えていたが、案外早くその機会は訪れた。
「お節介もたまには役立つんやな思って」
 油がとんかつを揚げる音に紛れて、小さく言う。
「えー? なんかゆうた?」橙山がキイロのほうに耳を近付けるが
「いや? なんでもない」
 またすぐに黙って、人数分のグラスに冷えた緑茶をそそいだ。
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