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それぞれの夜
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「……ウィル様、ずいぶんとご機嫌ですね…」
眼鏡の奥からハシバミ色のジト目がウィルを睨む。
「ああ、今日は面白いものがたくさん見られたからな」
「……おかげで私はウィル様の分の生徒会の仕事を押し付けられて、昼食をとる暇もありませんでしたが……」
「それはすまなかった」
全くすまないと思っていない、いい笑顔で、ウィルはアンソニーに微笑んだ。
ここは王宮内の王太子の部屋。
就寝前にその日あったことの報告を受けたり、翌日の予定を確認したりするのが、ウィルとアンソニーの日課だ。
「あのアリス嬢が、今日は実にいろんな表情を見せてくれてな」
「はあ」
「いつもは完璧な淑女の仮面をかぶって、滅多なことでは感情を表に出さない、あのアリス嬢が」
==============================================
ウィルがアリスと初めて会ったのは、まだ幼い頃、立太子したばかりの頃だった。父である王の命に従い、婚約者となった少女との顔合わせで、ウィルは単純に「綺麗で聡明そうな娘だな」としか思わなかった。その後も、婚約者として接触する機会は折にふれあったものの、アリスは常に淑女然とした態度を崩さず、二人の仲は「政略結婚のための婚約者」以上になることはなかった。
それが、どうだ。今日一日だけで、初めて見せる表情がどれだけあったことか。
「あのクラリスという少女が関わると、氷の女神が途端に人間に戻ってしまうようだな」
S階には珍しい、平民の特待生が入ったと聞いて好奇心から覗きに行くと、いつもは女性にあまり興味を示さない幼馴染がその少女の近くに行こうとして行けずに焦っているという珍しいものを見て、つい、件の少女に声をかけてしまった。
すると、隣の教室からアリスがやって来て、不快感を露わにして、ウィルを睨みつけたのだ。
最初は、婚約者である自分が別の女の子に声をかけたのが面白くないのかと思ったが、その後の行動を見る限り、真逆の理由だと気づいたのだ。
「私がクラリス嬢の隣に座ろうとした時のアリス嬢の顔……!」
「まるで目の前で恋人を奪われたかのような焦りようだったぞ」
くつくつと笑いながらおかしそうに話すウィルをジト目で見ながら、アンソニーは今日の報告をまとめたものを差し出す。
「楽しそうなのは大変結構ですが、こちらには忘れずに目を通しておいてくださいね」
「ああ、わかっている」
「……では、私はこれで失礼いたします。おやすみなさいませ」
「おやすみ。また明日」
アンソニーが退室し、一人になった部屋でウィルはまだ楽しそうに思い出し笑いを繰り返していた。
「全く、あの人は……」
王宮内に用意されている自室に戻り、アンソニーはようやく一息ついた。
「笑顔で仕事丸投げしてくるからな」
王太子側近として、また、次期宰相の筆頭候補として、アンソニーは多忙な毎日を送っていた。もちろんその忙しさの原因の三分の一は、腹黒王太子だ。
「しかし、これまで婚約者のアリス嬢にも、他のご令嬢方にも全く興味を示さなかったあの方が、あんなに楽しそうに女性のことを話すなんて」
「クラリス嬢か……確かに可愛らしい少女だったが。あのアリス嬢を変える特別な何かがあるようには見えなかったけどな」
眼鏡を外し、水を一口飲むと、アンソニーは目を閉じて、平民の美少女の姿を思い浮かべた。
「うーむ、わからん。だが、ウィル様が幸せそうなのだから、彼女が高等部に進学したのは良かったのだろう」
結局は、自分の仕える主の幸せを最優先してしまう、優秀過ぎる側近、アンソニーだった。
眼鏡の奥からハシバミ色のジト目がウィルを睨む。
「ああ、今日は面白いものがたくさん見られたからな」
「……おかげで私はウィル様の分の生徒会の仕事を押し付けられて、昼食をとる暇もありませんでしたが……」
「それはすまなかった」
全くすまないと思っていない、いい笑顔で、ウィルはアンソニーに微笑んだ。
ここは王宮内の王太子の部屋。
就寝前にその日あったことの報告を受けたり、翌日の予定を確認したりするのが、ウィルとアンソニーの日課だ。
「あのアリス嬢が、今日は実にいろんな表情を見せてくれてな」
「はあ」
「いつもは完璧な淑女の仮面をかぶって、滅多なことでは感情を表に出さない、あのアリス嬢が」
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ウィルがアリスと初めて会ったのは、まだ幼い頃、立太子したばかりの頃だった。父である王の命に従い、婚約者となった少女との顔合わせで、ウィルは単純に「綺麗で聡明そうな娘だな」としか思わなかった。その後も、婚約者として接触する機会は折にふれあったものの、アリスは常に淑女然とした態度を崩さず、二人の仲は「政略結婚のための婚約者」以上になることはなかった。
それが、どうだ。今日一日だけで、初めて見せる表情がどれだけあったことか。
「あのクラリスという少女が関わると、氷の女神が途端に人間に戻ってしまうようだな」
S階には珍しい、平民の特待生が入ったと聞いて好奇心から覗きに行くと、いつもは女性にあまり興味を示さない幼馴染がその少女の近くに行こうとして行けずに焦っているという珍しいものを見て、つい、件の少女に声をかけてしまった。
すると、隣の教室からアリスがやって来て、不快感を露わにして、ウィルを睨みつけたのだ。
最初は、婚約者である自分が別の女の子に声をかけたのが面白くないのかと思ったが、その後の行動を見る限り、真逆の理由だと気づいたのだ。
「私がクラリス嬢の隣に座ろうとした時のアリス嬢の顔……!」
「まるで目の前で恋人を奪われたかのような焦りようだったぞ」
くつくつと笑いながらおかしそうに話すウィルをジト目で見ながら、アンソニーは今日の報告をまとめたものを差し出す。
「楽しそうなのは大変結構ですが、こちらには忘れずに目を通しておいてくださいね」
「ああ、わかっている」
「……では、私はこれで失礼いたします。おやすみなさいませ」
「おやすみ。また明日」
アンソニーが退室し、一人になった部屋でウィルはまだ楽しそうに思い出し笑いを繰り返していた。
「全く、あの人は……」
王宮内に用意されている自室に戻り、アンソニーはようやく一息ついた。
「笑顔で仕事丸投げしてくるからな」
王太子側近として、また、次期宰相の筆頭候補として、アンソニーは多忙な毎日を送っていた。もちろんその忙しさの原因の三分の一は、腹黒王太子だ。
「しかし、これまで婚約者のアリス嬢にも、他のご令嬢方にも全く興味を示さなかったあの方が、あんなに楽しそうに女性のことを話すなんて」
「クラリス嬢か……確かに可愛らしい少女だったが。あのアリス嬢を変える特別な何かがあるようには見えなかったけどな」
眼鏡を外し、水を一口飲むと、アンソニーは目を閉じて、平民の美少女の姿を思い浮かべた。
「うーむ、わからん。だが、ウィル様が幸せそうなのだから、彼女が高等部に進学したのは良かったのだろう」
結局は、自分の仕える主の幸せを最優先してしまう、優秀過ぎる側近、アンソニーだった。
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