28 / 139
口角上がりっぱなし
しおりを挟む
「トニー、見たか?今朝のアリス嬢のあの顔……!」
「ウィル様、授業中ですよ!」
側近であるアンソニーにたしなめられ、前を向くウィルだが、やはり、クスクス笑いが止まらない。
今日から新しくクラスメイトになった、ポールという男がクラリスと親しくする様子と、それを般若の形相で睨みつけるアリスを、ウィルとアンソニーも離れた所から眺めていた。
(ポールがクラリスの頭を撫でた時なんて、腕ごと切り落としそうな顔をしてたぞ。本当に、あの少女はアリス嬢のいい顔を引き出してくれる)
思い出し笑いが止まらない王子様に、アンソニーはジト目を向けると、諦めたように授業へと気持ちを切り替えた。
(どうせ後になって、授業を聞いてなかったからノートを貸してくれ、と言ってくるに決まっている)
その時に備えてノートをきっちり取ろうとするアンソニーは、自身の思考が「社畜」と呼ばれる人間のそれにすっかり染まっていることには気づいていなかった。
(あー、十二年振りのクラリス、ほんとに可愛かったなあ!)
ここにも、思い出し笑いが止まらない生徒がもう一人いた。ウィルとアンソニーと同じ教室の一番後ろの席に座るポールだ。
編入手続きや住居探しなどに、思ったよりも時間がかかり、新年度初日には間に合わなかったが、なんとか今日から学園に通うことができた。
今朝はだいぶ早目に登校し、各方面への挨拶や必要書類の提出などを済ませた後、クラリスを探すべく、校門に向かった。と、金髪をお下げにして、友人と談笑しながら校舎に向かってくる、懐かしい、愛しい幼馴染の姿が見えた。
最初は訝し気に見ていたが、すぐにポールに気づき、昔と同じように「ポールお兄ちゃん」と可愛い声で呼ぶクラリスに我慢ができず、思わず抱きしめてしまった。
(人前じゃなかったら、あんなもんじゃ済まなかったかもな~。あの、ちょっと怖そうな友人が止めてくれてよかったかもな)
================
大衆食堂を営むクラリスのメルカード家と、パン屋を営むポールのブランジュ家は隣同士で、家族ぐるみの付き合いをしていた。クラリスの兄のフレデリックとポールが同い年だったこともあり、本当の家族のように親しかった。
二つ下のクラリスは、ポールのことも兄のように慕っており、いつも後をついてまわっていた。一人っ子だったポールはそれが嬉しくて、フレデリックが焼き餅を焼くほど、二人は仲が良かったのだ。
だが、ある雨の日に小麦粉の仕入れに行った父が、馬車の事故で亡くなってしまうと一家の生活は一変した。
働き手を失い、パン屋を続けることができなくなり、母は必死に別の働き口を探した。だが、ある貴族の屋敷の使用人に応募したところ、その家の主人に乱暴されそうになり、半狂乱になって逃げ出してきて以来、すっかり家に引きこもってしまい、働きに出るのは難しくなってしまった。
それを見ていたクラリス達一家が、親子二人が飢えないようにと、毎日無償で食堂で食べさせてくれたが、そんなクラリス達も生活に余裕があるわけではなく、家賃など他の生活費を肩代わりするのは難しかった。
とうとう一週間後には家賃滞納で家を追い出されるという、そんな時にポールの家を訪ねてきた男がいた。
「こちらはブランジュさんのお宅で間違いないでしょうか」
初老の、小綺麗な身なりのその男は、礼儀正しくポールに尋ねた。
「……はい、そうですが……おじさんは誰?」
また借金取りか、と身構えるポールの目線に合わせて腰をかがめると、男は優しく言った。
「私はあなたのお祖父様とお祖母様に頼まれて来た者です。お母さまはいらっしゃいますか?」
少し迷ったが、男の柔らかい物腰に悪人ではないと判断し、ポールは母に声をかけた。
家の奥から体を引き摺るようにして現れたポールの母は、男の顔を見ると、驚愕に目を見開いた。
「レット……!ど、どうしてここへ……!」
「ナタリーお嬢様、ご無沙汰しております」
レットと呼ばれた男は懐かしそうにポールの母を見たが、そのやつれた姿に悲しそうに目を伏せた。
「ナタリーお嬢様、旦那様からの伝言をお預かりして参りました。差し支えなければ、お宅にお邪魔してもよろしいでしょうか」
驚きのあまり、返事ができないでいる母に代わり、ポールが男の手を取り、家の中へと誘った。
ドアが閉まる瞬間、フレデリックの驚いた顔が見えたような気がしたが、ポールはひとまず目の前の訪問者に意識を集中することにした。
「ウィル様、授業中ですよ!」
側近であるアンソニーにたしなめられ、前を向くウィルだが、やはり、クスクス笑いが止まらない。
今日から新しくクラスメイトになった、ポールという男がクラリスと親しくする様子と、それを般若の形相で睨みつけるアリスを、ウィルとアンソニーも離れた所から眺めていた。
(ポールがクラリスの頭を撫でた時なんて、腕ごと切り落としそうな顔をしてたぞ。本当に、あの少女はアリス嬢のいい顔を引き出してくれる)
思い出し笑いが止まらない王子様に、アンソニーはジト目を向けると、諦めたように授業へと気持ちを切り替えた。
(どうせ後になって、授業を聞いてなかったからノートを貸してくれ、と言ってくるに決まっている)
その時に備えてノートをきっちり取ろうとするアンソニーは、自身の思考が「社畜」と呼ばれる人間のそれにすっかり染まっていることには気づいていなかった。
(あー、十二年振りのクラリス、ほんとに可愛かったなあ!)
ここにも、思い出し笑いが止まらない生徒がもう一人いた。ウィルとアンソニーと同じ教室の一番後ろの席に座るポールだ。
編入手続きや住居探しなどに、思ったよりも時間がかかり、新年度初日には間に合わなかったが、なんとか今日から学園に通うことができた。
今朝はだいぶ早目に登校し、各方面への挨拶や必要書類の提出などを済ませた後、クラリスを探すべく、校門に向かった。と、金髪をお下げにして、友人と談笑しながら校舎に向かってくる、懐かしい、愛しい幼馴染の姿が見えた。
最初は訝し気に見ていたが、すぐにポールに気づき、昔と同じように「ポールお兄ちゃん」と可愛い声で呼ぶクラリスに我慢ができず、思わず抱きしめてしまった。
(人前じゃなかったら、あんなもんじゃ済まなかったかもな~。あの、ちょっと怖そうな友人が止めてくれてよかったかもな)
================
大衆食堂を営むクラリスのメルカード家と、パン屋を営むポールのブランジュ家は隣同士で、家族ぐるみの付き合いをしていた。クラリスの兄のフレデリックとポールが同い年だったこともあり、本当の家族のように親しかった。
二つ下のクラリスは、ポールのことも兄のように慕っており、いつも後をついてまわっていた。一人っ子だったポールはそれが嬉しくて、フレデリックが焼き餅を焼くほど、二人は仲が良かったのだ。
だが、ある雨の日に小麦粉の仕入れに行った父が、馬車の事故で亡くなってしまうと一家の生活は一変した。
働き手を失い、パン屋を続けることができなくなり、母は必死に別の働き口を探した。だが、ある貴族の屋敷の使用人に応募したところ、その家の主人に乱暴されそうになり、半狂乱になって逃げ出してきて以来、すっかり家に引きこもってしまい、働きに出るのは難しくなってしまった。
それを見ていたクラリス達一家が、親子二人が飢えないようにと、毎日無償で食堂で食べさせてくれたが、そんなクラリス達も生活に余裕があるわけではなく、家賃など他の生活費を肩代わりするのは難しかった。
とうとう一週間後には家賃滞納で家を追い出されるという、そんな時にポールの家を訪ねてきた男がいた。
「こちらはブランジュさんのお宅で間違いないでしょうか」
初老の、小綺麗な身なりのその男は、礼儀正しくポールに尋ねた。
「……はい、そうですが……おじさんは誰?」
また借金取りか、と身構えるポールの目線に合わせて腰をかがめると、男は優しく言った。
「私はあなたのお祖父様とお祖母様に頼まれて来た者です。お母さまはいらっしゃいますか?」
少し迷ったが、男の柔らかい物腰に悪人ではないと判断し、ポールは母に声をかけた。
家の奥から体を引き摺るようにして現れたポールの母は、男の顔を見ると、驚愕に目を見開いた。
「レット……!ど、どうしてここへ……!」
「ナタリーお嬢様、ご無沙汰しております」
レットと呼ばれた男は懐かしそうにポールの母を見たが、そのやつれた姿に悲しそうに目を伏せた。
「ナタリーお嬢様、旦那様からの伝言をお預かりして参りました。差し支えなければ、お宅にお邪魔してもよろしいでしょうか」
驚きのあまり、返事ができないでいる母に代わり、ポールが男の手を取り、家の中へと誘った。
ドアが閉まる瞬間、フレデリックの驚いた顔が見えたような気がしたが、ポールはひとまず目の前の訪問者に意識を集中することにした。
0
あなたにおすすめの小説
「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)
透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。
有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。
「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」
そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて――
しかも、彼との“政略結婚”が目前!?
婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。
“報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
悪役令嬢に転生するも魔法に夢中でいたら王子に溺愛されました
黒木 楓
恋愛
旧題:悪役令嬢に転生するも魔法を使えることの方が嬉しかったから自由に楽しんでいると、王子に溺愛されました
乙女ゲームの悪役令嬢リリアンに転生していた私は、転生もそうだけどゲームが始まる数年前で子供の姿となっていることに驚いていた。
これから頑張れば悪役令嬢と呼ばれなくなるのかもしれないけど、それよりもイメージすることで体内に宿る魔力を消費して様々なことができる魔法が使えることの方が嬉しい。
もうゲーム通りになるのなら仕方がないと考えた私は、レックス王子から婚約破棄を受けて没落するまで自由に楽しく生きようとしていた。
魔法ばかり使っていると魔力を使い過ぎて何度か倒れてしまい、そのたびにレックス王子が心配して数年後、ようやくヒロインのカレンが登場する。
私は公爵令嬢も今年までかと考えていたのに、レックス殿下はカレンに興味がなさそうで、常に私に構う日々が続いていた。
《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?
桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。
だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。
「もう!どうしてなのよ!!」
クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!?
天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?
転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎
水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。
もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。
振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!!
え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!?
でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!?
と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう!
前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい!
だからこっちに熱い眼差しを送らないで!
答えられないんです!
これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。
または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。
小説家になろうでも投稿してます。
こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。
【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。
千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。
だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。
いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……?
と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。
悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。
槙村まき
恋愛
スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。
それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。
挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。
そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……!
第二章以降は、11時と23時に更新予定です。
他サイトにも掲載しています。
よろしくお願いします。
25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる