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胸騒ぎの放課後(続)
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「それで、お話というのは?」
生徒会室にウィルと二人取り残されたアリスは、眉間の皺を隠さないまま尋ねた。
「ふふふ。もちろん愛しい婚約者と二人きりになりたいっていう話だよ」
言いつつウィルは生徒会長の席から、アリスの隣りに移動する。ウィルのキラキラ具合がパワーアップするのと比例して、アリスの眉間の皺が深くなる。
「ご冗談はおよしになってくださいな」
「冗談ではないんだけどね。まあ、先にしなければいけない話から済ませてしまおうか。伝えたい話が二つあるんだ。」
「まず一つ目は、先日ヤイミー嬢とメーダ嬢が保健室で話していたという内容についてだ」
ウィルがジャンから聞いた保健室での令嬢達の会話をアリスに伝えると、アリスの手の中にある扇子がメキメキッと音を立てた。
「……何ですって。クラリスさんにそのような非道な真似を……」
「本当にひどい話だ。聞いていたエラリーもジャンも、耳を疑ったらしい。クラリス嬢にはとても聞かせられない話だ」
先日ヤイミー嬢を問い詰めた時に詳細を明かさないようにしたのは、クラリスに聞かせないためだったのだと、アリスは悟った。
(さすがは一国の王となる人だわ。気遣いができているのね。腹黒だけど)
「そうですわね、自分だけでなく家族まで狙われていると知れば、クラリスさんがどれだけ悲しむか」
あれから週に一度はクラリスの実家の食堂で夕食をとっているアリスは、メルカード家の暖かい空気を思い出して、扇子を握る手に更に力を込めた。
「ヤイミー様は実行するつもりはなかったと言っていましたが、一緒にいたメーダ様は実際にクラリスさんに危害を加えようとしていたんですのよね?」
(クラリスちゃんを娼館へ売り飛ばすなんて……考えただけでも重罪だわ。絶対に許せない……!)
「メーダ嬢がどこまでやるつもりだったのかについては調査中だ。わかり次第アリス嬢にも知らせるよ」
アリスがこくと頷くのを見て、ウィルは話を続けた。
「二つ目の話は、例のコモノー男爵親子に関することだ」
「確か昨日の晩に捕縛されて、裁判所の地下牢送りになったのでは?」
ようやく捕まったと聞いて胸を撫で下ろしていたのだが。
「そのはずだったんだが……今朝になって、空になった護送馬車と意識のない騎士達と御者が、途中の並木道で発見された」
ウィルが深刻な顔で告げる。
「移送中の脱走……?! ですが、裁判所の護送馬車はかなり守りが堅いはずでは?」
アリスが驚きに目を見開く。あの不健康そうな親子が、屈強な騎士達を倒して逃げおおせるとは、とてもじゃないが考えられなかった。
「ああ。通常なら逃げ出すことは不可能だ。だが、あの親子は違法薬物にも手を出していたらしくてね。護送の任にあたっていた二人の騎士と御者は薬物をかがされて倒れていた。騎士団の中でも腕利きの若い騎士達だったんだが、若さゆえに油断があったのかもしれない。暗闇の中で、あの親子だけで逃げられるはずがない、との思い込みもあったのかもしれないしね」
「そんな……」
短時間で意識を失うほど強い薬を大量に嗅がされたのだとしたら、命の危険もある。全ての薬は量をまちがえると途端に毒となるが、麻酔薬の類は特に注意が必要だ。医師でもない素人がむやみやたらに使用していいものではない。
「それで、騎士の方達や御者は大丈夫なのですか?」
アリスの問いにウィルは首を横に振った。
「御者の方は使われた薬の量が比較的少なかったのか、じきに意識を回復したようだ。だが、身体が元に戻るまでは時間がかかりそうだ。今は話すこともできない状態らしい」
「騎士達には余程の量の薬を使ったらしい。全く意識が戻らない。医師からは意識が戻ったとしても廃人になる可能性が高いと言われたとのことだ」
ウィルの声に珍しく怒りが滲んでいた。
「なんてことを……ですが、あの親子が二人だけで長く逃げおおせるとはとても思えません。すぐに見つかりますわよね?」
アリスは祈るような思いでウィルに問う。
「ああ。絶対に逃すつもりはない。今朝から王都中をくまなく捜索させている。私とアンソニーも、この後捜索に加わるつもりだよ」
「……ウィル様まで」
「アリス嬢も今日は一人にならないように気をつけて欲しい。まあ、君には公爵家の影がついているから、大丈夫だろうけどね」
「ええ、私は大丈夫ですわ。ですが、クラリスさんが心配です」
言ってからアリスは、ハッとした。クラリスからコモノー男爵親子の話を聞いて以来、クラリスにはこっそりと影をつけていたのだが、ポールがクラリスの送り迎えをするようになり、男爵親子も店に現れなくなったことから、影を外してしまったのだ。
「今日もポール様が一緒だとは思いますが……ウィル様、私、ちょっと図書館に行って参りますわ!」
急いで生徒会室を出ようとするアリスにウィルがドアを開ける。
「私も一緒に行くよ」
と、そこにクラリスを送って戻ってきたアンソニーと、まだハニワ化が解けないエラリーがいた。
「トニー。クラリス嬢は図書館に?」
「ええ、確かに送り届けました」
「では、クラリスさんはお一人ではないのですよね?」
「ええ。ジャンもイメルダ嬢も……、(残念ながら)ポールもいましたから」
少し面白くなさそうにアンソニーは答えた。
「それでしたらいいんですけど……」
何故だかアリスは胸騒ぎがした。
生徒会室にウィルと二人取り残されたアリスは、眉間の皺を隠さないまま尋ねた。
「ふふふ。もちろん愛しい婚約者と二人きりになりたいっていう話だよ」
言いつつウィルは生徒会長の席から、アリスの隣りに移動する。ウィルのキラキラ具合がパワーアップするのと比例して、アリスの眉間の皺が深くなる。
「ご冗談はおよしになってくださいな」
「冗談ではないんだけどね。まあ、先にしなければいけない話から済ませてしまおうか。伝えたい話が二つあるんだ。」
「まず一つ目は、先日ヤイミー嬢とメーダ嬢が保健室で話していたという内容についてだ」
ウィルがジャンから聞いた保健室での令嬢達の会話をアリスに伝えると、アリスの手の中にある扇子がメキメキッと音を立てた。
「……何ですって。クラリスさんにそのような非道な真似を……」
「本当にひどい話だ。聞いていたエラリーもジャンも、耳を疑ったらしい。クラリス嬢にはとても聞かせられない話だ」
先日ヤイミー嬢を問い詰めた時に詳細を明かさないようにしたのは、クラリスに聞かせないためだったのだと、アリスは悟った。
(さすがは一国の王となる人だわ。気遣いができているのね。腹黒だけど)
「そうですわね、自分だけでなく家族まで狙われていると知れば、クラリスさんがどれだけ悲しむか」
あれから週に一度はクラリスの実家の食堂で夕食をとっているアリスは、メルカード家の暖かい空気を思い出して、扇子を握る手に更に力を込めた。
「ヤイミー様は実行するつもりはなかったと言っていましたが、一緒にいたメーダ様は実際にクラリスさんに危害を加えようとしていたんですのよね?」
(クラリスちゃんを娼館へ売り飛ばすなんて……考えただけでも重罪だわ。絶対に許せない……!)
「メーダ嬢がどこまでやるつもりだったのかについては調査中だ。わかり次第アリス嬢にも知らせるよ」
アリスがこくと頷くのを見て、ウィルは話を続けた。
「二つ目の話は、例のコモノー男爵親子に関することだ」
「確か昨日の晩に捕縛されて、裁判所の地下牢送りになったのでは?」
ようやく捕まったと聞いて胸を撫で下ろしていたのだが。
「そのはずだったんだが……今朝になって、空になった護送馬車と意識のない騎士達と御者が、途中の並木道で発見された」
ウィルが深刻な顔で告げる。
「移送中の脱走……?! ですが、裁判所の護送馬車はかなり守りが堅いはずでは?」
アリスが驚きに目を見開く。あの不健康そうな親子が、屈強な騎士達を倒して逃げおおせるとは、とてもじゃないが考えられなかった。
「ああ。通常なら逃げ出すことは不可能だ。だが、あの親子は違法薬物にも手を出していたらしくてね。護送の任にあたっていた二人の騎士と御者は薬物をかがされて倒れていた。騎士団の中でも腕利きの若い騎士達だったんだが、若さゆえに油断があったのかもしれない。暗闇の中で、あの親子だけで逃げられるはずがない、との思い込みもあったのかもしれないしね」
「そんな……」
短時間で意識を失うほど強い薬を大量に嗅がされたのだとしたら、命の危険もある。全ての薬は量をまちがえると途端に毒となるが、麻酔薬の類は特に注意が必要だ。医師でもない素人がむやみやたらに使用していいものではない。
「それで、騎士の方達や御者は大丈夫なのですか?」
アリスの問いにウィルは首を横に振った。
「御者の方は使われた薬の量が比較的少なかったのか、じきに意識を回復したようだ。だが、身体が元に戻るまでは時間がかかりそうだ。今は話すこともできない状態らしい」
「騎士達には余程の量の薬を使ったらしい。全く意識が戻らない。医師からは意識が戻ったとしても廃人になる可能性が高いと言われたとのことだ」
ウィルの声に珍しく怒りが滲んでいた。
「なんてことを……ですが、あの親子が二人だけで長く逃げおおせるとはとても思えません。すぐに見つかりますわよね?」
アリスは祈るような思いでウィルに問う。
「ああ。絶対に逃すつもりはない。今朝から王都中をくまなく捜索させている。私とアンソニーも、この後捜索に加わるつもりだよ」
「……ウィル様まで」
「アリス嬢も今日は一人にならないように気をつけて欲しい。まあ、君には公爵家の影がついているから、大丈夫だろうけどね」
「ええ、私は大丈夫ですわ。ですが、クラリスさんが心配です」
言ってからアリスは、ハッとした。クラリスからコモノー男爵親子の話を聞いて以来、クラリスにはこっそりと影をつけていたのだが、ポールがクラリスの送り迎えをするようになり、男爵親子も店に現れなくなったことから、影を外してしまったのだ。
「今日もポール様が一緒だとは思いますが……ウィル様、私、ちょっと図書館に行って参りますわ!」
急いで生徒会室を出ようとするアリスにウィルがドアを開ける。
「私も一緒に行くよ」
と、そこにクラリスを送って戻ってきたアンソニーと、まだハニワ化が解けないエラリーがいた。
「トニー。クラリス嬢は図書館に?」
「ええ、確かに送り届けました」
「では、クラリスさんはお一人ではないのですよね?」
「ええ。ジャンもイメルダ嬢も……、(残念ながら)ポールもいましたから」
少し面白くなさそうにアンソニーは答えた。
「それでしたらいいんですけど……」
何故だかアリスは胸騒ぎがした。
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