77 / 139
裁きの後(続)
しおりを挟む
オストロー公爵家では、久しぶりに家族全員揃っての夕食を楽しんでいた。
家長であるオストロー公爵と嫡男のエリック、騎士団員のマイクはこのところずっと忙しくしており、なかなか家にも帰って来れない状況が続いていたからだった。
「あなた、エリック、マイク、お疲れ様でした。ようやく事件が解決したんですのね」
「ああ。全て丸く収まったわけではないが、ひとまず片はついたよ」
クレアが優しく微笑んだ。その美しい笑顔に妻大好きな公爵が相合を崩す。
「よかったわ。これでようやくアリスの婚約発表パーティーの準備に集中できますわね」
ガタンッ
カラン
バキッ!
ドスッ
ブフッ
クレアの言葉に、他の五人は不思議な五重奏を奏でる。
「もう、あなた、食事中に席をお立ちになるなんて。エリック、フォークを落としてるわよ。マイク、テーブルは正拳突きの瓦じゃありません。カイル、ナイフはテーブルに突き刺すものじゃありません。アリスったら、スープが口から溢れてるわ」
動揺する五人を尻目に、クレアは一人優雅に食事を続ける。
「……あの、腹黒殿下め……王宮全体がクロー伯爵夫妻の断罪で忙しい最中にシラっとパーティーの計画を伝えおって……」
「父上も私も気づいた時には、パーティーに賛同していることになっていて……」
「今からでも遅くはありません!計画の変更を願い出ましょう!」
「いやだな、マイク兄さん、変更じゃなくて無期延期ですよ……」
ブツブツ呟く男四人を綺麗に無視して、クレアはアリスに聞いた。
「アリス、パーティーのことはウィリアム殿下から伺っているのでしょう?」
「は、はい!」
クレアの問いに、アリスはウィルが休み時間に突然現れた時のことを思い出していた。
「ウィル様?今日はお休みされると……」
「ああ、すぐに行かなければいけない」
「それなら、どうして……」
「どうしても愛しい婚約者に直接伝えたくてね。アリス、今抱えている仕事が終わったらすぐに、私達の婚約発表パーティーを開こう。準備は王宮の方で進めるから、君は何も心配しないで待っていてくれたらいい」
そう耳元で告げると、ウィルはアリスの耳に触れるか触れないかのキスをして去って行ったのだった。
その時のことを思い出してアリスは真っ赤になった。
そんなアリスを見て、途端に公爵家の男四人が殺気立つ。
「……あの腹黒王子め……!」
「父上、やはりこの話はなかったことに!」
「俺、ちょっと王宮に行ってくる!」
「いや、やはりアリス専用の離れを建てて、そこから出られないようにして……」
「全く、我が家の男性陣ときたら。ウィリアム王太子殿下と私達の可愛いアリスの婚約発表パーティーは、アリスが嫌がらない限り、二ヶ月後に間違いなく開催します。全員、準備を手伝ってもらいますよ?」
クレアの笑顔に嫌と言える男は、オストロー家にはいなかった。
===========================
「ウィル、アリス嬢との婚約発表パーティーの日は決まって?」
「はい、母上」
王宮でも久しぶりに一家揃って夕食を取っていた。国王夫妻、ウィル、そしてウィルとは年の離れた双子の弟妹だ。
いつもならここに宰相親子が加わるのだが、今日は二人ともハートネット公爵家に久しぶりに帰宅していた。
「しかし、どさくさ紛れとはいえ、よくあのオストロー公爵が承諾したな」
アリスが幼い頃に王命で婚約を決めたものの、娘を溺愛している公爵は正式な婚約発表についてはずっと先延ばしにしていた。
三兄弟が長じてからは婚約解消を仄めかされるほど、公爵家の父兄達のガードは固かった。
おまけに、ウィル本人にも結婚を急ぐ気が全くなかったこともあり、二人の婚約は王国中で知られてはいるものの、公式なものとして成立してはいなかった。
国王夫妻も気になりつつも、あまり焦らせるのも……と見守っていたのだ。
「ふふふ、あんなに結婚に興味がなかったあなたがね」
王妃がおっとりと微笑む。
「おにいさま、けっこんするの?」
「えー、だれと?だれと?」
まだ幼い妹と弟が、キラキラした瞳でウィルを見つめる。ウィルは十五歳違いの弟妹達に優しく微笑んだ。
「マリーとアンリも会ったことのある人だよ。アリスお姉様を覚えているかな?」
「あ!マリー、しってる!かみのけサラサラの、きれいなおひめさまみたいな人でしょ!」
「アンリもしってるよ!」
「マリーもアンリも、ちゃんと前を向いて食べなさいな」
王妃が優しい母の顔で、張り合う二人を嗜める。
「肝心のアリス嬢の承諾は得ているのか?」
国王がワインのグラスを空けながら尋ねる。
「求婚に対する正式な返事はまだですが、嫌ではないという言質は取っています」
ウィルも同じくグラスを傾ける。
「そうか、それなら安心だな。まあ、アリス嬢が嫌がっていたなら、あの公爵夫人が絶対に許可しなかっただろうからな」
オストロー公爵家が、かかあ天下であることは既に公然の秘密となっていた。
「それなら大丈夫です。オストロー公爵夫人にはしっかりご挨拶済みですから」
にっこりと微笑んでグラスを空ける我が子を、国王は苦笑しながら見つめていた。
家長であるオストロー公爵と嫡男のエリック、騎士団員のマイクはこのところずっと忙しくしており、なかなか家にも帰って来れない状況が続いていたからだった。
「あなた、エリック、マイク、お疲れ様でした。ようやく事件が解決したんですのね」
「ああ。全て丸く収まったわけではないが、ひとまず片はついたよ」
クレアが優しく微笑んだ。その美しい笑顔に妻大好きな公爵が相合を崩す。
「よかったわ。これでようやくアリスの婚約発表パーティーの準備に集中できますわね」
ガタンッ
カラン
バキッ!
ドスッ
ブフッ
クレアの言葉に、他の五人は不思議な五重奏を奏でる。
「もう、あなた、食事中に席をお立ちになるなんて。エリック、フォークを落としてるわよ。マイク、テーブルは正拳突きの瓦じゃありません。カイル、ナイフはテーブルに突き刺すものじゃありません。アリスったら、スープが口から溢れてるわ」
動揺する五人を尻目に、クレアは一人優雅に食事を続ける。
「……あの、腹黒殿下め……王宮全体がクロー伯爵夫妻の断罪で忙しい最中にシラっとパーティーの計画を伝えおって……」
「父上も私も気づいた時には、パーティーに賛同していることになっていて……」
「今からでも遅くはありません!計画の変更を願い出ましょう!」
「いやだな、マイク兄さん、変更じゃなくて無期延期ですよ……」
ブツブツ呟く男四人を綺麗に無視して、クレアはアリスに聞いた。
「アリス、パーティーのことはウィリアム殿下から伺っているのでしょう?」
「は、はい!」
クレアの問いに、アリスはウィルが休み時間に突然現れた時のことを思い出していた。
「ウィル様?今日はお休みされると……」
「ああ、すぐに行かなければいけない」
「それなら、どうして……」
「どうしても愛しい婚約者に直接伝えたくてね。アリス、今抱えている仕事が終わったらすぐに、私達の婚約発表パーティーを開こう。準備は王宮の方で進めるから、君は何も心配しないで待っていてくれたらいい」
そう耳元で告げると、ウィルはアリスの耳に触れるか触れないかのキスをして去って行ったのだった。
その時のことを思い出してアリスは真っ赤になった。
そんなアリスを見て、途端に公爵家の男四人が殺気立つ。
「……あの腹黒王子め……!」
「父上、やはりこの話はなかったことに!」
「俺、ちょっと王宮に行ってくる!」
「いや、やはりアリス専用の離れを建てて、そこから出られないようにして……」
「全く、我が家の男性陣ときたら。ウィリアム王太子殿下と私達の可愛いアリスの婚約発表パーティーは、アリスが嫌がらない限り、二ヶ月後に間違いなく開催します。全員、準備を手伝ってもらいますよ?」
クレアの笑顔に嫌と言える男は、オストロー家にはいなかった。
===========================
「ウィル、アリス嬢との婚約発表パーティーの日は決まって?」
「はい、母上」
王宮でも久しぶりに一家揃って夕食を取っていた。国王夫妻、ウィル、そしてウィルとは年の離れた双子の弟妹だ。
いつもならここに宰相親子が加わるのだが、今日は二人ともハートネット公爵家に久しぶりに帰宅していた。
「しかし、どさくさ紛れとはいえ、よくあのオストロー公爵が承諾したな」
アリスが幼い頃に王命で婚約を決めたものの、娘を溺愛している公爵は正式な婚約発表についてはずっと先延ばしにしていた。
三兄弟が長じてからは婚約解消を仄めかされるほど、公爵家の父兄達のガードは固かった。
おまけに、ウィル本人にも結婚を急ぐ気が全くなかったこともあり、二人の婚約は王国中で知られてはいるものの、公式なものとして成立してはいなかった。
国王夫妻も気になりつつも、あまり焦らせるのも……と見守っていたのだ。
「ふふふ、あんなに結婚に興味がなかったあなたがね」
王妃がおっとりと微笑む。
「おにいさま、けっこんするの?」
「えー、だれと?だれと?」
まだ幼い妹と弟が、キラキラした瞳でウィルを見つめる。ウィルは十五歳違いの弟妹達に優しく微笑んだ。
「マリーとアンリも会ったことのある人だよ。アリスお姉様を覚えているかな?」
「あ!マリー、しってる!かみのけサラサラの、きれいなおひめさまみたいな人でしょ!」
「アンリもしってるよ!」
「マリーもアンリも、ちゃんと前を向いて食べなさいな」
王妃が優しい母の顔で、張り合う二人を嗜める。
「肝心のアリス嬢の承諾は得ているのか?」
国王がワインのグラスを空けながら尋ねる。
「求婚に対する正式な返事はまだですが、嫌ではないという言質は取っています」
ウィルも同じくグラスを傾ける。
「そうか、それなら安心だな。まあ、アリス嬢が嫌がっていたなら、あの公爵夫人が絶対に許可しなかっただろうからな」
オストロー公爵家が、かかあ天下であることは既に公然の秘密となっていた。
「それなら大丈夫です。オストロー公爵夫人にはしっかりご挨拶済みですから」
にっこりと微笑んでグラスを空ける我が子を、国王は苦笑しながら見つめていた。
0
あなたにおすすめの小説
「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)
透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。
有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。
「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」
そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて――
しかも、彼との“政略結婚”が目前!?
婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。
“報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
【完結】転生白豚令嬢☆前世を思い出したので、ブラコンではいられません!
白雨 音
恋愛
エリザ=デュランド伯爵令嬢は、学院入学時に転倒し、頭を打った事で前世を思い出し、
《ここ》が嘗て好きだった小説の世界と似ている事に気付いた。
しかも自分は、義兄への恋を拗らせ、ヒロインを貶める為に悪役令嬢に加担した挙句、
義兄と無理心中バッドエンドを迎えるモブ令嬢だった!
バッドエンドを回避する為、義兄への恋心は捨て去る事にし、
前世の推しである悪役令嬢の弟エミリアンに狙いを定めるも、義兄は気に入らない様で…??
異世界転生:恋愛 ※魔法無し
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
悪役令嬢に転生するも魔法に夢中でいたら王子に溺愛されました
黒木 楓
恋愛
旧題:悪役令嬢に転生するも魔法を使えることの方が嬉しかったから自由に楽しんでいると、王子に溺愛されました
乙女ゲームの悪役令嬢リリアンに転生していた私は、転生もそうだけどゲームが始まる数年前で子供の姿となっていることに驚いていた。
これから頑張れば悪役令嬢と呼ばれなくなるのかもしれないけど、それよりもイメージすることで体内に宿る魔力を消費して様々なことができる魔法が使えることの方が嬉しい。
もうゲーム通りになるのなら仕方がないと考えた私は、レックス王子から婚約破棄を受けて没落するまで自由に楽しく生きようとしていた。
魔法ばかり使っていると魔力を使い過ぎて何度か倒れてしまい、そのたびにレックス王子が心配して数年後、ようやくヒロインのカレンが登場する。
私は公爵令嬢も今年までかと考えていたのに、レックス殿下はカレンに興味がなさそうで、常に私に構う日々が続いていた。
《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?
桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。
だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。
「もう!どうしてなのよ!!」
クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!?
天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?
転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎
水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。
もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。
振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!!
え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!?
でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!?
と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう!
前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい!
だからこっちに熱い眼差しを送らないで!
答えられないんです!
これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。
または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。
小説家になろうでも投稿してます。
こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。
【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。
千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。
だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。
いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……?
と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる