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眠れぬ夜(続)
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「トニー、今日はもういい。部屋に戻って休め」
「で、ですが、まだ仕事が……」
「先ほどから全く手についていないだろう」
「う……」
ウィルとアンソニーはエラリーを見舞った後、いつものようにウィルの執務室で書類を片付けていた。
だが、アンソニーはため息をつくばかりで一枚も書類を片付けることができていなかった。
「隣でため息ばかりつかれていては、他の者にも迷惑だ。部屋へ戻れ」
「……はい。申し訳ございません……」
肩を落として部屋を後にするアンソニーの背中にウィルが言う。
「そうそう、今日の夕食の後、父上が我々二人に話があるそうだ。セベール殿の処遇について意見を聞きたいらしい」
「承知いたしました」
振り返り、生真面目に頷くと、アンソニーは執務室を後にした。
「やれやれ。あの仕事馬鹿のトニーが、仕事が手につかないことがあるなんて」
ディミトリが何を考えてあんなことを言い出したのか、ウィルにもわからなかった。だが、一つ確かなのは、クラリスという一人の少女が、国をも動かしかねない影響力を持っているということだった。
アンソニーが仕事をしないことによる影響だけではない。
ブートレット公国という一国の公世子が、一人の少女のために動こうとしているかもしれないのだ。
(ディミトリは優しそうな顔をして、中身はジャンと同類だからな)
ウィルは、ディミトリの少し垂れ気味の、いつも笑っているような眼を思い出した。
「またすぐに来ると言っていたが……次に来た時に腹を探る必要があるな」
いつもとは逆に、アンソニーの分の仕事も片付けながらウィルは独りごちた。
=========================
ウィルから戦力外通告を受け、アンソニーはトボトボと自室に戻ってきた。
「はあああ……」
崩れ落ちるようにソファに座り込み、深いため息をつく。
「クラリス嬢の気になる人とはいったい……」
パーティーの時の誤解は解けたとはいえ、クラリスに対しての罪悪感は消えていなかった。
ミミという優秀な影がクラリスとフレデリックを守ってくれたからよかったものの、危ない目に合わせたことには変わりはなかったからだ。
「私はきっと彼女のお相手候補から外されてしまったんだろうな……」
もともと、クラリスは公爵家嫡男と平民という身分差を気にしていたし、わざわざ自分を選ぶ理由は皆無に思えた。
「ポールかエラリーか……もしかしたら、今回エラリーが身体を張ってクラリス嬢を助けたことで気持ちが動いたのかもしれないな……」
エラリーの真っ直ぐな瞳を思い出す。
「何も考えずに、ただひたすらクラリス嬢のためだけに動ける男だからな」
エラリーも貴族だが、伯爵家の次男という立場はそれほど制約があるわけではない。公爵家嫡男の自分に嫁ぐよりもはるかにハードルは低いだろう。
「家を継ぐ必要もないしな。エラリーなら騎士として身を立てられるだろうし」
自分の見目が良いことは知っていたし、それを最大限利用して、クラリスの気を引こうとしてきた。
だが、そんな上辺だけに惹かれるような女性ではないからこそ好きになったのだ。もちろん、自分がこれから持つであろう権力や富などでも、クラリスの気を引くことは到底不可能だろう。
「私にはクラリス嬢に好いてもらえるだけのものは何もないということか……」
一度だけ抱き締めたクラリスの細くて柔らかな身体を思い出す。香水などつけていないはずなのに、ふわりといい香りがして、アンソニーの鼻を優しくくすぐった。
すぐに真っ赤になる所も可愛らしく、なかなかトニーと呼びきれず困っている所も本当に愛らしい。
「……いっそのこと、こんな身分なんて捨ててしまえば、そうすれば、クラリス嬢も少しは振り向いてくれるだろうか」
だが、一度そんなことを言った時のクラリスは真剣に怒っていた。自分のことを考えてくれているからこその怒りだろう。そんな真面目な所も好ましい。
「はあ、クラリス嬢を諦められる要素が見つからない……」
クラリスが他の男の側に立つと考えただけで、激しい焦燥にかられる。
「どうすれば、彼女を手に入れられる?」
従者が夕食の時間だと呼びに来るまでずっと、アンソニーは同じ姿勢のまま動けなかった。
「で、ですが、まだ仕事が……」
「先ほどから全く手についていないだろう」
「う……」
ウィルとアンソニーはエラリーを見舞った後、いつものようにウィルの執務室で書類を片付けていた。
だが、アンソニーはため息をつくばかりで一枚も書類を片付けることができていなかった。
「隣でため息ばかりつかれていては、他の者にも迷惑だ。部屋へ戻れ」
「……はい。申し訳ございません……」
肩を落として部屋を後にするアンソニーの背中にウィルが言う。
「そうそう、今日の夕食の後、父上が我々二人に話があるそうだ。セベール殿の処遇について意見を聞きたいらしい」
「承知いたしました」
振り返り、生真面目に頷くと、アンソニーは執務室を後にした。
「やれやれ。あの仕事馬鹿のトニーが、仕事が手につかないことがあるなんて」
ディミトリが何を考えてあんなことを言い出したのか、ウィルにもわからなかった。だが、一つ確かなのは、クラリスという一人の少女が、国をも動かしかねない影響力を持っているということだった。
アンソニーが仕事をしないことによる影響だけではない。
ブートレット公国という一国の公世子が、一人の少女のために動こうとしているかもしれないのだ。
(ディミトリは優しそうな顔をして、中身はジャンと同類だからな)
ウィルは、ディミトリの少し垂れ気味の、いつも笑っているような眼を思い出した。
「またすぐに来ると言っていたが……次に来た時に腹を探る必要があるな」
いつもとは逆に、アンソニーの分の仕事も片付けながらウィルは独りごちた。
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ウィルから戦力外通告を受け、アンソニーはトボトボと自室に戻ってきた。
「はあああ……」
崩れ落ちるようにソファに座り込み、深いため息をつく。
「クラリス嬢の気になる人とはいったい……」
パーティーの時の誤解は解けたとはいえ、クラリスに対しての罪悪感は消えていなかった。
ミミという優秀な影がクラリスとフレデリックを守ってくれたからよかったものの、危ない目に合わせたことには変わりはなかったからだ。
「私はきっと彼女のお相手候補から外されてしまったんだろうな……」
もともと、クラリスは公爵家嫡男と平民という身分差を気にしていたし、わざわざ自分を選ぶ理由は皆無に思えた。
「ポールかエラリーか……もしかしたら、今回エラリーが身体を張ってクラリス嬢を助けたことで気持ちが動いたのかもしれないな……」
エラリーの真っ直ぐな瞳を思い出す。
「何も考えずに、ただひたすらクラリス嬢のためだけに動ける男だからな」
エラリーも貴族だが、伯爵家の次男という立場はそれほど制約があるわけではない。公爵家嫡男の自分に嫁ぐよりもはるかにハードルは低いだろう。
「家を継ぐ必要もないしな。エラリーなら騎士として身を立てられるだろうし」
自分の見目が良いことは知っていたし、それを最大限利用して、クラリスの気を引こうとしてきた。
だが、そんな上辺だけに惹かれるような女性ではないからこそ好きになったのだ。もちろん、自分がこれから持つであろう権力や富などでも、クラリスの気を引くことは到底不可能だろう。
「私にはクラリス嬢に好いてもらえるだけのものは何もないということか……」
一度だけ抱き締めたクラリスの細くて柔らかな身体を思い出す。香水などつけていないはずなのに、ふわりといい香りがして、アンソニーの鼻を優しくくすぐった。
すぐに真っ赤になる所も可愛らしく、なかなかトニーと呼びきれず困っている所も本当に愛らしい。
「……いっそのこと、こんな身分なんて捨ててしまえば、そうすれば、クラリス嬢も少しは振り向いてくれるだろうか」
だが、一度そんなことを言った時のクラリスは真剣に怒っていた。自分のことを考えてくれているからこその怒りだろう。そんな真面目な所も好ましい。
「はあ、クラリス嬢を諦められる要素が見つからない……」
クラリスが他の男の側に立つと考えただけで、激しい焦燥にかられる。
「どうすれば、彼女を手に入れられる?」
従者が夕食の時間だと呼びに来るまでずっと、アンソニーは同じ姿勢のまま動けなかった。
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