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分かれ道(続)

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 王の間には、いつもの顔ぶれとディミトリが集められていた。

「皆、今日はよく来てくれた」

 国王が微笑みながら皆に声をかける。

「ジャンから聞いた話によると、アリス嬢の望みは王宮内の研究室を利用する権利で、クラリス嬢は王宮の図書室を利用する権利だということだが、本当にそれだけでいいのか?」

「ええ。十分過ぎるぐらいですわ」

「はい。これ以上の望みはありません」

 アリスもクラリスも嬉しそうに頷く。

「そうか。して、ジャンの望みは、アリス嬢と同様に研究室の利用と、友人達にも同様の権利を与えることだったか」

「はい。愛しい婚約者とは片時も離れていたくないので。あ、ポールとエラリーもついでに」

「ジャ、ジャン様!」

 ジャンの言葉にイメルダが頬を染める。

「なんだよ、ついでって」

「ジャン、ついでとはひどくないか」

 ポールとエラリーがぶつぶつ言う。

「ん?嫌なら無理にとは言わないよ?陛下、やっぱりポールとエラリーについては取り消しでーー」

「「いや!ついででいい!」」

 エラリーとポールが綺麗にハモった。

「よし。ここにいる全員にわしからの許可証を出そう。その許可証に記載されている場所なら、いつでも自由に利用できる物をな」

 国王が満面の笑みで告げる。

「用意ができ次第ウィリアム達から渡させよう。今日は許可証はないが、ウィリアムもアンソニーもいるしな。自由に見てもらって構わない。ウィル、アンソニー、案内を頼む」

「「かしこまりました」」

 ウィルとアンソニーが頭を下げるのに倣い、全員が一礼してその場を辞そうとした時、国王がエラリーに声をかけた。

「エラリー、その方は少し残ってくれ。話がある」

「はっ」

 エラリーは不思議そうな表情を浮かべながらも、すぐにその場に跪き、頭を下げた。

 エラリーを残して全員が去って行くと、国王は隣室に声をかけた。

「キンバリー伯爵、アルセー辺境伯、こちらに」

「失礼いたします」

 ドアが開いて、エラリーの父と、少し年配の屈強な男が姿を現した。

「エラリー、楽にしてくれ。アルセー辺境伯とは面識はあるか?」

「いいえ、お初にお目にかかります」

 エラリーはアルセー辺境伯に向かって軽く一礼した。

「そうか。アルセー辺境伯、これがキンバリー伯爵家次男のエラリーだ」

「うむ。噂以上の好青年だな。体も丈夫そうだ」

 少し強面のアルセー辺境伯が嬉しそうに笑う。

「エラリー、実は、アルセー辺境伯がお前を辺境伯家の養子に欲しいとおっしゃっていてな」

 キンバリー伯爵が息子に向かって説明した。

「え?私をですか?」

「突然のことで驚いただろうが……先日の誘拐事件の際のお前の活躍を耳にされて、ぜひに、とな」

「我が家は残念ながら子宝に恵まれなくてな。養子を迎えて後継者として育てていたのだが……惜しむらくは、先日のジェルマニ帝国との小競り合いで命を落としてしまったのだ」

 キンバリー伯爵の言葉をアルセー辺境伯が少し辛そうな様子で補足する。



 アルセー辺境伯領は王国の北東に位置し、ジェルマニ帝国との国境にあった。

 帝国側とは長らく休戦状態にあったが、最近代替わりしたばかりの若い帝王は、豊かな王国を狙って何かとちょっかいを出してくるようになっていた。

「アルセー辺境伯領は我が国の守りの要だ。最近、ジェルマニ帝国がどうもきな臭い動きをしていることもあるしな。今、隙を見せるわけにはいかんのだ」

 国王が厳しい表情を見せた。

「私に後継者がいないと知られれば、帝国が調子づく可能性が高い。そこで、急ぎ後継者候補を探していたところ、エラリー殿の噂を聞いてな。はるばる王都までやってきたというわけだ」

 アルセー辺境伯がエラリーを真っ直ぐ見て言った。

「で、ですが、私はまだ若輩者です。辺境伯の後継者など大役、務まるかどうか……」

 突然降って湧いたような話に、エラリーは困惑を隠せない。

「むろん、今ここで結論を出せというつもりはない。アルセー辺境伯は一月ほど王都の屋敷に滞在するのだったな?」

「はい。その予定です」

 アルセー辺境伯が頷いた。

「では、一月後まで、ゆっくり考えてくれ。一つ言っておくが、これは王命ではない。エラリーの答えを尊重するからな。どんな答えを出しても大丈夫だ」

 国王は困惑するエラリーに優しく声をかけた。


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「うわあ……!ここが、王宮の図書室……!」

 アンソニーに続いて図書室に入ったクラリスが驚きの声を上げた。

 壁一面に本が並べられ、四方を本に囲まれたその空間は、本好きにはたまらない場所だった。

「あ!この本は教科書に出てきたあの文豪の処女作!あ!これはあの学者が書いた有名な植物学の……」

 珍しく大興奮で本棚の前を行ったり来たりするクラリスの姿を、アンソニー、ポール、ディミトリの三人は微笑ましく見つめていた。



 先に王の間を辞した面々は、研究室組と図書室組に別れて行動していた。

 ウィルを筆頭に、アリス、ジャン、イメルダの四人が研究室に向かい、図書室には、アンソニー、ポール、クラリス、そしてディミトリの四人で来ていた。



「クラリスは本当に本好きだなあ」

「なんて愛らしい……王国中の本を贈りたくなる」

「クラリス嬢、我が公国の図書室もここに負けずとも劣らずだよ」 

 三人が三様に声をかけるが、クラリスの耳には入らない。

「どうしましょう!読みたい本がたくさんありすぎて選べないわ!」

 図書室の中を行ったり来たりしながら、頭を抱えるクラリスの肩をアンソニーが優しく叩いた。

「クラリス嬢、読みたい本があれば借りて帰っても大丈夫ですよ。私が保証人になりますから」

「え!いいんですか?!」

「もちろん。好きなだけ借りてください。帰りは公爵家の馬車でお送りしますから、持ち運びも気にしなくて大丈夫ですからね。あ!この奥には古代文明に関する文献がありますよ」

 アンソニーはにこにことクラリスに話しかけながら、さり気なくポールとディミトリから引き離そうとする。

「あ!クラリス!この本は前に読んでみたいって言ってた小説家の本じゃないか?!」

 そんなアンソニーの企みを阻止しようと、ポールが声を上げる。

「わあ、ほんとだ!ポールお兄ちゃん、ありがとう!」

 喜ぶクラリスの背後でポールとアンソニーが睨み合う。

「やれやれ。ここではなかなかゆっくり口説けなさそうだね。私は先に部屋に戻るとしよう」

 ディミトリは少し呆れたように言うと、クラリスに近づき、その手を取った。

「クラリス嬢。私は先に失礼させてもらうよ。また食堂にお邪魔した時にでもゆっくり話そう」

 そう言ってクラリスの手に軽く口付けると、にっこり笑った。

「ふぇ?!あ、はい?!」

 本に夢中になっていたクラリスはディミトリの不意打ちに驚き、ただ頷くことしかできなかった。
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