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残る謎と旅立ち

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 時は少し遡って、昼過ぎにウィル達が公宮に到着した時のこと。



 ウィルとアリスはディミトリの執務室にいた。

「セベール殿、トマス、報告を」

「では、私から」

 ウィルの言葉にセベールが答えると、ひらりと前へ進み出た。

「医師達三人と売人、オランジュリー商会の使用人を取り調べましたが、やはり薬物の出所がはっきりしません」

「売人の男と商会の使用人に薬を売ったのは同一人物なのか?」

 ディミトリが問う。

「それが、身体的特徴などから、どうも別々の人物のようなのです」

 セベールの後ろからシビアが答えた。


 三人の医師という理想的な『実験台』が手に入ったこともあり、公宮の治安部隊の隊員達は、効果的な『取り調べ』の方法をセベールから実地で学んでいた。

 そのことに最初はあまりいい顔をしていなかったシビアだったが、今ではセベールの手腕にすっかり感服しており、自ら一番弟子を名乗るほどだった。


「売人に薬を売ったのは、小柄で性別不明な人物だったようですが、使用人に薬を売ったのは、背が高く、がっしりした身体つきの男だったようです。まあ、使用人の方は当時だいぶ酔っていたようですので、彼の証言がどこまで当てになるかはわかりませんが」

 セベールがどこか楽しそうな調子で報告を続けた。

「そいつらの居場所はわからないのか?」

 ウィルがトマスを見て聞く。

「残念ながら。人相も全くわかっていないので、手がかりがほとんどありません。ただ一つ、そのガタイのいい男の言葉には外国語なまりがあったということは、酒場にいた複数の人間が証言しています」

「どこの国のなまりかはわからないんですの?」

 アリスが尋ねる。

「使用人の男が言うには、ジェルマニ語なまりだったと。オランジュリー商会で要職にいただけあって、使用人はジェルマニ語も少し話せるようです。ですので、あながち酔っ払いの戯言でもないのかもしれません」

 トマスが淡々と報告を続けた。

「ジェルマニ語か。きな臭いな」

「ああ。国境の守りをいっそう固める必要がありそうだね」

 次期国王と次期大公の二人は厳しい顔で頷いた。


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 ウィル達が公国を再訪してから一月あまりが過ぎた頃。



「とうとう行ってしまうのか」

「ああ。用意が全て整ったからな」

 騎士の正装に身を包んだエラリーにポールが眩しそうな目を向けた。


 国王に挨拶した後、辺境伯と共に王都を立つエラリーを見送ろうと、カリーラン王宮の入り口に友人や家族が集まっていた。

「エラリー、身体に気をつけて。何か必要な物があったらいつでも連絡してね。これは応急処置用の薬だよ」

 ジャンが痛み止めや傷薬などの入った皮袋を手渡す。

「ああ。助かる。ありがとう、ジャン。今まで世話になったな」

「いやだな、そんな言い方。安心して、これからもエラリーのことはちゃんとお世話するからさ。そうそう、僕達の婚約披露パーティーには必ず来てね!」

 ジャンがニコニコと笑いながら言い、イメルダもにこやかに頷く。

「エラリー様、ブルーム子爵家もアルセー辺境伯様にはひとかたならずお世話になっております。またすぐにお会いする機会がありますわ、きっと」

「ああ、そうだな」

「エラリー。これはハートネット公爵家からです。公爵家はいつでも君の力になりますから」

 アンソニーがハートネット公爵家の家紋の入った手紙を差し出した。

「あら、オストロー公爵家も同じくですわ。我が公爵家はアルセー辺境伯家と共にあります」

 アリスも負けじとオストロー公爵家の家紋入りの封書を手渡した。

「アンソニー、アリス嬢。感謝する」

 エラリーが律儀に頭を下げる。

「エラリー、王家はもちろん、ここにいる全員が君の味方だ。何か困ったことがあれば必ず私達を頼ってくれ。いいな」

 ウィルが右手を差し出しながら言った。その手をしっかりと握りしめてエラリーは力強く頷いた。

「もちろんだ。私は一人では何もできない未熟者だ。まだまだ皆に助けてもらうぞ」

 微笑むエラリーの肩をがっしりと捕まえながらポールも笑う。

「その言葉忘れるんじゃねえぞ。一人で抱え込んだりしたら、辺境伯領まで押しかけるからな」

「エラリー様、ささやかですが、これはポールお兄ちゃんと一緒に作った、日持ちのするビスケットです。道中の補助食としてどうぞお持ちください」

 ポールとクラリスがエラリーに包みを渡す。

「ありがとう。クラリス嬢、ポール」

 エラリーが二人を真っ直ぐに見て礼を言った。そのまま視線をクラリスに向ける。

「クラリス嬢……どうかお元気で」

「……エラリー様も……今までたくさんお世話になりました。本当にありがとうございました」

 クラリスが少し声を震わせながら頭を下げる。

「俺からも礼を言わせてくれ。本当に世話になった。ありがとう」

 ポールもエラリーの肩から手を放すと、滑らかな動きで深々と頭を下げた。

「二人ともよしてくれ。俺は友人として当然のことをしたまでだ」

「エラリー。この兄のことも忘れないでね。何かあればすぐに駆けつけるから」

 セベールが美しく微笑みながらエラリーの肩を優しく叩く。

「我が息子よ。私はお前のことを誇りに思うぞ。アルセー辺境伯、エラリーのことをどうぞよろしくお願いいたします」

 エラリーの父であり、騎士団長であるキンバリー伯爵が、辺境伯に向かって深くお辞儀をした。

「キンバリー伯爵、安心してくれ。大事なご子息を預けてくださった、その心意気に必ずや報いると誓おう」

 アルセー辺境伯の力強い言葉にキンバリー伯爵も大きく頷いた。

「では行こうか。エラリー」

「はい。義父上」


 颯爽と馬にまたがり去って行くエラリーの後ろ姿が見えなくなるまで、誰もその場から動こうとはしなかった。
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