精霊王、ここに顕現

PONPON百日草

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ライアルの転機

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 一睡も出来ずふらふらの体を引き摺って調査部隊に合流したライアルに向けられた眼は友好的とは言い難いものであった。
 四年に一度開かれる魔法武闘会の優勝経験を持つ魔法学担当のルーカス・ウォンレイは生徒から絶大な人気を誇る教師であり、彼が普段から授業で使う教室はライアルのものとは比べ物にならないくらい大きく、受け入れ人数は数百人規模でありながら、それでも教室に入りきれずあぶれる生徒が出てくる程だ。
 金髪碧眼の美男という優れた容姿と気品溢れる佇まいからファンクラブまでできていると聞くが、正直、ライアルは彼が苦手だった。

「フォルサー先生、待っていましたよ」

 この丁寧な口調と柔らかな微笑みを向けられたのが女子生徒なら黄色い悲鳴が上がったのだろうが、生憎ライアルは男で、彼の目が一切笑っていないことに気付いていた。

「お待たせしました」

 軽く頭を下げて視線を避ける。

「では早速、サイクロプスが出たという森に案内してください」
「はあ⋯⋯あの、生徒も同行させると聞いていましたが?」
「昨日の時点ではそうでしたが、こちらのグラビッド殿が難色を示されましてね」

 鋼の鎧を纏った巨体がずいと前に出た。

「他にもA級の魔物がいる可能性を否定できない段階で生徒を伴うのはリスクが高い」
「多少のリスクがあってこそ生徒は大きく成長するのです。私としては是非とも調査に参加させてやりたいと思うのですがねえ」
「勘違いしないで頂きたい。私もその意見には賛成です。用意された魔物を教師の監視下で倒すだけの訓練は緊張感に欠けます。ですが、今回の魔物はA級です。用心しすぎるくらいで丁度いいのです」

 ルーカスは苦笑して頷き、ライアルに向き直った。

「そういうことで、最初の調査は私とグラビッド殿、フォルサー先生の三人で行うことになりました」
「そうでしたか」

 警備隊隊長のウィル・グラビッドはがっちりとした体格の背の高い男だった。
 日に焼けた浅黒い肌と鋭い眼光という要素も加わり、そこにいるだけで威圧感を感じる。
 警備隊とは、外部から学園が雇い入れた警備を専門に行う者達のことで、日中と夜と交代制で学園の敷地内を巡回している。学園付近で魔物が出た際には討伐も担い、この学園では滅多にあることではないが、侵入者の対応もしてくれる頼もしい存在だ。その警備隊の隊長ともなれば腕が立つのは勿論のこと、部下を纏める器量も持ち合わせた人格者でなければならない。

 三人は正門を抜けると早速件の森へ足を踏み入れた。
 森の中は清々しく、目覚めの鳥たちの軽やかな声が上から聞こえてくる。木漏れ日が地面を照らし、実にのどかな風景である。
 魔物どころか野犬の姿もない。

「⋯⋯本当にこの場所にA級が出たんですか?」

 周辺を警戒していたルーカスが訝しげに問う。
 疑われるのも仕方がないとライアルは肩を竦めた。自分だって昨日の出来事は夢だったのではないかと思っているくらいだ。

「⋯⋯サイクロプスの死体がある場所までもう少しです」

「百聞は一見にしかず」という言葉がある。ここで説明するより実際に見てもらった方が早いだろうと、足を進めた。
 しかし、目的の場所に近付くにつれてライアルの表情が険しくなっていく。

「そんな⋯⋯」

 ライアルは立ち止まって辺りを見渡した。
 昨日サイクロプスに追い掛けられて死を悟った場所は間違いなくここだ。
 しかし肝心の死体がない。
 ルーカスが困惑した様子でライアルを窺う。

「フォルサー先生、サイクロプスはどこに?」

 今その答えを一番知りたいのはライアルである。

「⋯⋯消え、ています。昨日の夕方までは確かにここにあったのですが⋯⋯」
「では何か?夜のうちに死体が起き上がって歩いて去って行ったとでも言うんですか?」
「いえ、そんなことは⋯⋯」

 三人はそれから一時間ほど掛けて念入りに周辺を捜索したが、サイクロプスの発見には至らなかった。
 これ以上ここで時間を潰しても仕方がないと、ルーカスは先に学園に戻って言った。去り際に、

「急遽授業内容を変更して来ているんです。大勢の生徒が私を待っているので先に失礼しますよ。あと、調査の結果報告は私がしておきますから」

 と痛烈な嫌味を残したが、ライアルは反論もせずに手間を取らせたことを素直に謝った。
 そして警備隊隊長に告げる。

「俺のことは気にせずグラビッドさんもどうぞお帰りになってください。貴方もお忙しい身でしょう」
「フォルサー先生は?」
「俺はこの辺りをもう一度調べます。あの巨体が一夜にしてどのように消えたのか解明しなければなりませんから」

 グラビッドはライアルをじっと見て、背後を振り返った。

「では俺はあちらを。次はもっと捜索範囲を広げます」

 ライアルが眼を瞬かせた。

「戻らないんですか?」
「ええ。俺の部下は優秀なのでトップが居なくても己の職務を忠実にこなしてくれるんです」

「ははあ⋯⋯」と曖昧に返事をするライアルは、これはもしかすると先程のルーカスの発言に対する皮肉なのかもしれないと気付いたが、すぐに考えることをやめた。
 二人の仲が悪いなんて意外だなという気持ちもすぐ捨てた。そもそも魔法学教師と警備隊にそこまで接点はあっただろうかと浮かぶ疑問もティッシュに包んでポイをした。
 人間関係の相関図なんてものは余程興味がなければ知らないに越したことはない。
 ライアルはグラビッドが去るのと同時に歩き出した。サイクロプスが倒れていたはずの場所に戻り、膝をついて地面を探る。

 (⋯⋯あれ程の重量の負荷がかかり続けていたにしては雑草が元気すぎる。押し潰された形跡がなくてはならないのに⋯⋯)

 女子生徒が腰掛けていた切り株を目印にしていたので場所に間違いはない。すぐ側にある不自然に枯れた一輪の花が何よりの証拠である。

 (⋯⋯あの子が砕いた棍棒の残骸も消えている)

 周辺をいくら探しても木製の破片など一つも見つからない。
 ライアルは今度はサイクロプスに追い掛けられた道を逆に戻り始めた。
 何度も来ている森だ。ライアルからすれば庭みたいなものである。
 険しい顔で草を掻き分けて進んでいたライアルが立ち止まった。

「あった⋯⋯」

 思わず口からこぼれる。
 視線の先には、腰を折られて地面に薙ぎ倒された雑草がある。この楕円形の大きな跡は間違いない。サイクロプスの足跡だった。
 ライアルはこれを探していたのだ。

「何か見つけましたか?」

 タイミングを見計らっていたかのように現れたグラビッドにライアルが説明をする。

「サイクロプスの足跡がありました」

 グラビッドがハッとした顔で駆け寄る。そしてライアルが指をさす地面をじっくりと見た。

「⋯⋯確かに、これは魔物の足跡です。しかしこれだけではサイクロプスとは言いきれません。そもそも何故ここだけしか痕跡がないのでしょう?」

 ライアルは眉間に皺を寄せて無精髭の生える顎をさすった。

「ルーカス先生の言う通り死体が歩いてどこかに行った⋯⋯」
「ふざけているなら殴りますよ」
「──可能性はゼロに等しいので、天為てんい的、または人為的な要因が絡んでいるのでしょう」
「フォルサー先生はどちらだとお考えですか?」
「人為的な証拠隠滅を疑っています」

 グラビッドの眼が鋭くライアルを射抜いた。

「理由をうかがっても?」
「サイクロプスが倒れていたはずの場所を調べましたが、そこに生えている草の様子が不自然なんです。あまりにも雑草の量が多過ぎる」
「⋯⋯雑草の量?」
「ええ。私は植物学を担当していますのでこの森へは頻繁に訪れています。もうほぼ庭みたいなものですよ。だからどの場所にどのような植物が多く生えているのか知っています」

 ライアルは周辺の地面をきょろきょろと見回し、目当てのものを見つけたのか数歩離れた場所に腰を下ろした。
 グラビッドも男の背後から手元を覗き込む。

「この草は巻蔓まきつるといって、細長い葉が他の草花を巻き込んで一本の蔓のようになることからその名が付けられました。葉の裏側には細かい棘が無数に生えてまして、これが巻き込んだ草花に刺さり栄養を吸い取ります。ここにはこれ一本しかありませんが、それでも栄養を取られて枯れた草のせいで周囲に土が見えているでしょう?」
「ええ」
「サイクロプスが倒れていたはずのあの場所は、この巻蔓の群生地だったんですよ」

 警備隊隊長は瞬時に彼の言いたいことを理解した。

「地面を埋め尽くすほどにい茂っているのはおかしい⋯⋯」

 ライアルは頷いた。

「そうです。サイクロプスに追われていた私があの場所を目指したのは、巻蔓に足を取られたサイクロプスが転んでくれないかと期待したからでしてね。⋯⋯まあ、結局原因不明で倒れて死んだわけですが」
「嘘だな」

 聞こえた言葉に驚いて振り返ると、仰け反るほど近くにグラビッドが立っていた。

「あの?⋯⋯いッ!?」

 疑問を口にする暇もなく、両腕を後ろに拘束されて地面に押し付けられる。
 顎を強く打ち、目の前がクラクラした。
 背中に置いた膝に体重を掛けて完全に動きを封じたグラビッドは、うつ伏せにした男の背後から低い声で言った。

「お前は嘘をついている」

 痛みに顔を歪めながらライアルは声を張った。

「何をバカなことを⋯⋯!ッぐぅ!」

 肩の関節がミシミシと嫌な音を立てる。

「俺は嘘を見抜くことが得意でな。それにしてもお前、下手すぎるぞ」
「な、にを⋯⋯根拠に⋯⋯」
「表情と態度。よく見てりゃあ分かんだよ。おら、関節が外れちまう前にさっさと吐け」

 口調もがらりと変わった男に驚きながらも、ライアルは必死に歯を食いしばって痛みと脅迫に耐えていた。
 ライアルは確かに嘘をついた。
 学校にはサイクロプスの死の原因を生徒ではなく突然死と虚偽の報告をしていたのだ。
 あまりに強すぎる力を大勢の教師や生徒の耳に入れるのは危険だと勝手に判断してしたことだが、まさかこんなに早くバレるとは。

「強情は損だぜ?ほら一個目」

 ゴキン、と大きな音とともに強烈な痛みが全身を駆け抜けた。

「──ッ!!」

 声にならない悲鳴を上げる男の顔はびっしょりと脂汗に濡れていた。
 拘束の必要のなくなった左腕が地面の上にぱたりと落ち、グラビッドの手がライアルの右肩に移動する。

「次はこっちだ。3、2、1──」

 次に来る痛みを覚悟して目を瞑ったライアルは、自分の背中の上にあった痛いくらいの重みが突如消えたことに驚いて顔を上げた。
 まず目に入ったのは背中まで流れる長い髪。そして学園の制服。スカートの下から伸びる白い足。

「何をしている?」

 昨日の女子生徒が立っていた。
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