精霊王、ここに顕現

PONPON百日草

文字の大きさ
6 / 13
ライアルの転機

(6)

しおりを挟む

 ライアルは左腕を力なく垂らしながらも、どうにか立ち上がった。
 また攻撃されてはたまらないとグラビッドから少しでも距離を取ろうとしたのだが、その必要はなかった。
 グラビッドの身体が空中に浮き上がっていた。大きく広げた両腕は光の槍のようなもので貫かれ縫い止められている。
 まるで空中に張られた大きな蜘蛛の巣に引っ掛かっているようだった。
 グラビッドは激しい痛みに歯を食いしばりながら、その原因である目下の女子生徒を睨みつけた。

「⋯⋯どこから現れた?」

 女子生徒はその問いには答えなかった。
 ライアルを振り返って言った。

「いつまで待っても教室に来ないから探しに来た。早く戻って授業をしろ」
「⋯⋯お前、この状況で言うことがそれか?」
「他に何を言うことがある?」

 きょとんと目を丸くする顔は女神のように美しく、こてんと首を傾げる仕草は天使のように愛らしいのに、後ろからどきたくなるのは何故だろうか。
 二人の斜め上から苛立ったような声が降る。

「おい、俺を無視すんな。下ろせ、嬢ちゃん」
「下ろしたらまたライアルに攻撃するのだろう?」
「そいつが嘘さえ言わなきゃ俺だって強硬手段なんざ取らねえよ」
「ライアルは何か嘘をついたのか?」
「それを反対向いて訊いてみろ」

 生徒は言われた通りにライアルに向き直り、尋ねた。
 その際、余計な一言も付け加えた。

「どんな嘘をついたんだ?そもそも何をそんなに秘密にしたい事があるんだ?」

 ライアルは崩れ落ちそうになる身体を叱咤しったしてどうにか地面との衝突は免れたが、口から漏れる呻き声は抑え切れなかった。
 ズキズキと痛みを発する頭に片手を当てながら、何とも言えない顔でため息を吐いた。

「お前がサイクロプスを倒したことを黙ってたんだ」

 グラビッドが大きく両眼を見開いた。
 沈黙していた生徒は数秒後、昨日の会話を思い出したのかと手を打った。

「そうだった。大きな力は知られぬ方が良いと言ってたな。しかしこの男に知られてしまったわけだ。⋯⋯昨日の鍵は持ってるか?」
「馬鹿なことを考えるんじゃない!命は大切にしろと言ったばかりだろうが!」

 不穏な気配を察知したライアルが雷を落とす。
 それでも白い顔は怒る男を平然と眺めている。
 痺れを切らしたグラビッドが苛立たしげに言う。

「そろそろこっちを気にして欲しいんだが⋯⋯」

 ライアルが非常に不服そうな顔をしながら冷たく言い放つ。

「邪魔をするな。今お前の命乞いで忙しいんだ」
「なんだって?俺の命乞い?誰が、誰に?」
「俺がこいつにお前を殺してはいけませんと教えてるところだから、いいから、その口閉じて、黙って見てろ」
「⋯⋯お前、意外と口悪ィのな」
「いきなり人の肩の骨を抜くような乱暴者相手に礼儀正しくするほど人間できてないんでね。そして口の悪さはお互い様だバカタレ」

 苛立たしげに吐き捨てて、ライアルは生徒の額を指でコツンと弾いた。

「下ろしてあげなさい。助けてくれたのは有り難いが、やりすぎだ」

 女子生徒は軽く手を振った。
 それだけでグラビッドを縫い止めていた光の槍が消え、支えを失った身体が地面に落ちる。
 流石の身体能力で見事に着地に成功したものの、両腕からはおびただしい量の血が溢れ、破損した鎧を赤く染めていく。
 先程まで平然と会話をしていたのが不思議に思うくらい重症だった。
 ライアルは右手で自分のベルトを探り、細長い瓶を取り出した。中には薄い青色の液体が入っている。
 それを口元に持っていき、蓋にしていたコルクを歯で咥えて抜くと、男の傷口の上で逆さにした。

「お、おい⋯⋯」

 グロテスクな傷口に容赦なく謎の液体が降り注ぐ。
 不安そうなグラビッドだったが、肉が見えていた自分の腕が完全な健康状態を取り戻すのを見て、今度こそ言葉を失った。
 代わりに女子生徒が疑問を口にする。

「今のはポーションか?」
「さすがにお前でも知っているか」
「市場に出回っている粗悪品とは比べ物にならない品質だ。ライアルが作ったのか?」
「⋯⋯ああ」

 生徒は石像のように固まったままの男の腕についたポーションを指でなぞり、そのまま舌の上に乗せた。

「良い出来だ。複数の植物を上手く組み合わせている。私では何百年かかっても思いつきもしないだろう。見事だ」
「⋯⋯そうか。それより、何でもかんでも口に入れるのはやめなさい。ばっちいから」
「⋯⋯誰の腕がばっちいだ」

 グラビッドが呻くように言った。
 ようやく自分を取り戻したらしい。

「聞くことが三つ四つと増えていく⋯⋯」
「いっその事忘れてしまえ。その方が楽になる」
「それができる立場ならもうやってんだよ⋯⋯」

 恨めしそうに睨まれてもライアルは何処吹く風である。
 ライアルがグラビッドと比べて平然としているのは、昨日散々自分の中の常識がひっくり返る出来事に遭遇しすぎて耐性がついていたからだった。
 警備隊隊長を一瞬にして無力化した謎の光の槍は初めて見るものだが、彼女がしたのなら妙な納得感がある。『なんかできそう』の一言で片付けられてしまうのである。

「これでも腕には自信があったんだがな⋯⋯俺がなまっちまったのか、この嬢ちゃんが普通じゃないのか⋯⋯」
「確実に後者だ」

 ライアルは強く断言した。

「彼女はありとあらゆる常識をパンケーキを裏返すが如く気軽さで引っくり返してくれるからな」
「その非常識がサイクロプスにも適応されたと?」
「ああ。一瞬だった」
「⋯⋯へえ。その話が本当なら世に出しちゃあいけねえな」
「分かってくれて何よりだ」

 いくらか和らいだ空気がここで一気に殺気立った。
 不穏な気配を放つグラビッドは不敵な笑みを浮かべながら鋭い視線を生徒に向けている。

「だからと言って俺が嬢ちゃんを庇ってやる理由は何もない。A級の魔物を一人で倒しちまう奴なんてのは『英雄』か『化け物』のどちらかだ。俺には嬢ちゃんがとびきり綺麗な人の皮を被った化け物にしか見えねえんだよ」

 今にも腰に差した剣を引き抜きそうな男の姿に、ライアルが男と生徒の間に無理矢理割って入った。
 自分でもどうしてこんな行動に出たのかわからない。説明もつかない衝動に突き動かされたとしか言い様がなかった。

「この子が化け物に見えるのはお前の主観だ。よく知ろうともせずに斬るのか?」
「実害も出てるぜ?俺の両腕に穴を開けた」
「治してやっただろうが」
「それでチャラになると思うなよ。そのことについて後でお前にも尋問の時間をたっぷり取ってやるから安心しろ」

 ライアルの背中はじっとりと汗で濡れていた。
 彼は警備隊隊長として学園に仇なす危険分子を排除しようとしているだけだ。この女子生徒の持つ力が危険であることはライアルだってわかっている。
 しかし彼女は自分から力を見せびらかそうとしたことはない。
 ライアルの不具合に気付いたから足を治し、殺されかけていたから助け、探していた教師が危機に陥っていたから救った。
 その方法が些か乱暴だったのは認めるし弁護のしようもないが、彼女は決して『化け物』と呼ばれるような子ではない。
 彼女の本質は無垢が故に残酷な幼子と似ている。カマキリに捕まった蝶を気の毒に思い、蝶をそっと指で摘んで助けてあげた後、もうカマキリが蝶を捕まえられないように鎌を潰す。
 この幼子は蝶にとって救世主だが、カマキリからすれば悪魔よりも恐ろしい存在である。
 今の場合、カマキリがグラビッドだった。
 恐怖心を抱き、他の仲間の為にもここで始末しなければならないと剣を向ける心理はわからないでもない。
 だから容認できるかと言われたらそれは違う。
 何とか穏便に解決できないかと必死に頭を働かせるライアルに女子生徒が近付いた。

「帰るぞ」

 ライアルの背に手が触れた瞬間、彼の見る景色は森の中から見慣れた教室へ早変わりした。

「⋯⋯は?」

 状況を呑み込めず固まるライアルに、女子生徒が彼の左肩にさらりと触れて離れる。それだけで痛みが消え、腕が自由に動くようになっていた。
 生徒は昨日と同じ席に着いて、ライアルを見上げた。

「今日は何の授業をするんだ?」
「⋯⋯⋯⋯高度魔法の殆どが何故使用規制されているのかの説明から始める。それが終われば一般常識をその頭に叩き込んでやる。覚悟しておけ」
「うむ。よろしく頼む」

 ライアルは諦めの境地に達していた。
 転送魔法である。その中でも最高難易度を誇り、未だ一度も成功例がない『生き物の転送魔法テレポート』である。
 失神しなかった自分を褒めて欲しい。
 そして誰か森の中に置き去りにされたグラビッドが発狂する前に助けに行ってあげて欲しい。流石に可哀想だから。
 ライアルは眉間の皺を指で広げながら教壇に上がり、やがてやってくるだろう嵐を憂いて溜息をついた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

追放された聖女は旅をする

織人文
ファンタジー
聖女によって国の豊かさが守られる西方世界。 その中の一国、エーリカの聖女が「役立たず」として追放された。 国を出た聖女は、出身地である東方世界の国イーリスに向けて旅を始める――。

半竜皇女〜父は竜人族の皇帝でした!?〜

侑子
恋愛
 小さな村のはずれにあるボロ小屋で、母と二人、貧しく暮らすキアラ。  父がいなくても以前はそこそこ幸せに暮らしていたのだが、横暴な領主から愛人になれと迫られた美しい母がそれを拒否したため、仕事をクビになり、家も追い出されてしまったのだ。  まだ九歳だけれど、人一倍力持ちで頑丈なキアラは、体の弱い母を支えるために森で狩りや採集に励む中、不思議で可愛い魔獣に出会う。  クロと名付けてともに暮らしを良くするために奮闘するが、まるで言葉がわかるかのような行動を見せるクロには、なんだか秘密があるようだ。  その上キアラ自身にも、なにやら出生に秘密があったようで……? ※二章からは、十四歳になった皇女キアラのお話です。

婚約破棄された公爵令嬢は虐げられた国から出ていくことにしました~国から追い出されたのでよその国で竜騎士を目指します~

ヒンメル
ファンタジー
マグナス王国の公爵令嬢マチルダ・スチュアートは他国出身の母の容姿そっくりなためかこの国でうとまれ一人浮いた存在だった。 そんなマチルダが王家主催の夜会にて婚約者である王太子から婚約破棄を告げられ、国外退去を命じられる。 自分と同じ容姿を持つ者のいるであろう国に行けば、目立つこともなく、穏やかに暮らせるのではないかと思うのだった。 マチルダの母の祖国ドラガニアを目指す旅が今始まる――   ※文章を書く練習をしています。誤字脱字や表現のおかしい所などがあったら優しく教えてやってください。    ※第二章まで完結してます。現在、最終章をゆっくり更新中です。書くスピードが亀より遅いので、お待たせしてすみませんm(__)m    ※小説家になろう様にも投稿しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~

白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。 王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。 彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。 #表紙絵は、もふ様に描いていただきました。 #エブリスタにて連載しました。

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

処理中です...