精霊王、ここに顕現

PONPON百日草

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ライアルの転機

(6)


 ライアルは左腕を力なく垂らしながらも、どうにか立ち上がった。
 また攻撃されてはたまらないとグラビッドから少しでも距離を取ろうとしたのだが、その必要はなかった。
 グラビッドの身体が空中に浮き上がっていた。大きく広げた両腕は光の槍のようなもので貫かれ縫い止められている。
 まるで空中に張られた大きな蜘蛛の巣に引っ掛かっているようだった。
 グラビッドは激しい痛みに歯を食いしばりながら、その原因である目下の女子生徒を睨みつけた。

「⋯⋯どこから現れた?」

 女子生徒はその問いには答えなかった。
 ライアルを振り返って言った。

「いつまで待っても教室に来ないから探しに来た。早く戻って授業をしろ」
「⋯⋯お前、この状況で言うことがそれか?」
「他に何を言うことがある?」

 きょとんと目を丸くする顔は女神のように美しく、こてんと首を傾げる仕草は天使のように愛らしいのに、後ろからどきたくなるのは何故だろうか。
 二人の斜め上から苛立ったような声が降る。

「おい、俺を無視すんな。下ろせ、嬢ちゃん」
「下ろしたらまたライアルに攻撃するのだろう?」
「そいつが嘘さえ言わなきゃ俺だって強硬手段なんざ取らねえよ」
「ライアルは何か嘘をついたのか?」
「それを反対向いて訊いてみろ」

 生徒は言われた通りにライアルに向き直り、尋ねた。
 その際、余計な一言も付け加えた。

「どんな嘘をついたんだ?そもそも何をそんなに秘密にしたい事があるんだ?」

 ライアルは崩れ落ちそうになる身体を叱咤しったしてどうにか地面との衝突は免れたが、口から漏れる呻き声は抑え切れなかった。
 ズキズキと痛みを発する頭に片手を当てながら、何とも言えない顔でため息を吐いた。

「お前がサイクロプスを倒したことを黙ってたんだ」

 グラビッドが大きく両眼を見開いた。
 沈黙していた生徒は数秒後、昨日の会話を思い出したのかと手を打った。

「そうだった。大きな力は知られぬ方が良いと言ってたな。しかしこの男に知られてしまったわけだ。⋯⋯昨日の鍵は持ってるか?」
「馬鹿なことを考えるんじゃない!命は大切にしろと言ったばかりだろうが!」

 不穏な気配を察知したライアルが雷を落とす。
 それでも白い顔は怒る男を平然と眺めている。
 痺れを切らしたグラビッドが苛立たしげに言う。

「そろそろこっちを気にして欲しいんだが⋯⋯」

 ライアルが非常に不服そうな顔をしながら冷たく言い放つ。

「邪魔をするな。今お前の命乞いで忙しいんだ」
「なんだって?俺の命乞い?誰が、誰に?」
「俺がこいつにお前を殺してはいけませんと教えてるところだから、いいから、その口閉じて、黙って見てろ」
「⋯⋯お前、意外と口悪ィのな」
「いきなり人の肩の骨を抜くような乱暴者相手に礼儀正しくするほど人間できてないんでね。そして口の悪さはお互い様だバカタレ」

 苛立たしげに吐き捨てて、ライアルは生徒の額を指でコツンと弾いた。

「下ろしてあげなさい。助けてくれたのは有り難いが、やりすぎだ」

 女子生徒は軽く手を振った。
 それだけでグラビッドを縫い止めていた光の槍が消え、支えを失った身体が地面に落ちる。
 流石の身体能力で見事に着地に成功したものの、両腕からはおびただしい量の血が溢れ、破損した鎧を赤く染めていく。
 先程まで平然と会話をしていたのが不思議に思うくらい重症だった。
 ライアルは右手で自分のベルトを探り、細長い瓶を取り出した。中には薄い青色の液体が入っている。
 それを口元に持っていき、蓋にしていたコルクを歯で咥えて抜くと、男の傷口の上で逆さにした。

「お、おい⋯⋯」

 グロテスクな傷口に容赦なく謎の液体が降り注ぐ。
 不安そうなグラビッドだったが、肉が見えていた自分の腕が完全な健康状態を取り戻すのを見て、今度こそ言葉を失った。
 代わりに女子生徒が疑問を口にする。

「今のはポーションか?」
「さすがにお前でも知っているか」
「市場に出回っている粗悪品とは比べ物にならない品質だ。ライアルが作ったのか?」
「⋯⋯ああ」

 生徒は石像のように固まったままの男の腕についたポーションを指でなぞり、そのまま舌の上に乗せた。

「良い出来だ。複数の植物を上手く組み合わせている。私では何百年かかっても思いつきもしないだろう。見事だ」
「⋯⋯そうか。それより、何でもかんでも口に入れるのはやめなさい。ばっちいから」
「⋯⋯誰の腕がばっちいだ」

 グラビッドが呻くように言った。
 ようやく自分を取り戻したらしい。

「聞くことが三つ四つと増えていく⋯⋯」
「いっその事忘れてしまえ。その方が楽になる」
「それができる立場ならもうやってんだよ⋯⋯」

 恨めしそうに睨まれてもライアルは何処吹く風である。
 ライアルがグラビッドと比べて平然としているのは、昨日散々自分の中の常識がひっくり返る出来事に遭遇しすぎて耐性がついていたからだった。
 警備隊隊長を一瞬にして無力化した謎の光の槍は初めて見るものだが、彼女がしたのなら妙な納得感がある。『なんかできそう』の一言で片付けられてしまうのである。

「これでも腕には自信があったんだがな⋯⋯俺がなまっちまったのか、この嬢ちゃんが普通じゃないのか⋯⋯」
「確実に後者だ」

 ライアルは強く断言した。

「彼女はありとあらゆる常識をパンケーキを裏返すが如く気軽さで引っくり返してくれるからな」
「その非常識がサイクロプスにも適応されたと?」
「ああ。一瞬だった」
「⋯⋯へえ。その話が本当なら世に出しちゃあいけねえな」
「分かってくれて何よりだ」

 いくらか和らいだ空気がここで一気に殺気立った。
 不穏な気配を放つグラビッドは不敵な笑みを浮かべながら鋭い視線を生徒に向けている。

「だからと言って俺が嬢ちゃんを庇ってやる理由は何もない。A級の魔物を一人で倒しちまう奴なんてのは『英雄』か『化け物』のどちらかだ。俺には嬢ちゃんがとびきり綺麗な人の皮を被った化け物にしか見えねえんだよ」

 今にも腰に差した剣を引き抜きそうな男の姿に、ライアルが男と生徒の間に無理矢理割って入った。
 自分でもどうしてこんな行動に出たのかわからない。説明もつかない衝動に突き動かされたとしか言い様がなかった。

「この子が化け物に見えるのはお前の主観だ。よく知ろうともせずに斬るのか?」
「実害も出てるぜ?俺の両腕に穴を開けた」
「治してやっただろうが」
「それでチャラになると思うなよ。そのことについて後でお前にも尋問の時間をたっぷり取ってやるから安心しろ」

 ライアルの背中はじっとりと汗で濡れていた。
 彼は警備隊隊長として学園に仇なす危険分子を排除しようとしているだけだ。この女子生徒の持つ力が危険であることはライアルだってわかっている。
 しかし彼女は自分から力を見せびらかそうとしたことはない。
 ライアルの不具合に気付いたから足を治し、殺されかけていたから助け、探していた教師が危機に陥っていたから救った。
 その方法が些か乱暴だったのは認めるし弁護のしようもないが、彼女は決して『化け物』と呼ばれるような子ではない。
 彼女の本質は無垢が故に残酷な幼子と似ている。カマキリに捕まった蝶を気の毒に思い、蝶をそっと指で摘んで助けてあげた後、もうカマキリが蝶を捕まえられないように鎌を潰す。
 この幼子は蝶にとって救世主だが、カマキリからすれば悪魔よりも恐ろしい存在である。
 今の場合、カマキリがグラビッドだった。
 恐怖心を抱き、他の仲間の為にもここで始末しなければならないと剣を向ける心理はわからないでもない。
 だから容認できるかと言われたらそれは違う。
 何とか穏便に解決できないかと必死に頭を働かせるライアルに女子生徒が近付いた。

「帰るぞ」

 ライアルの背に手が触れた瞬間、彼の見る景色は森の中から見慣れた教室へ早変わりした。

「⋯⋯は?」

 状況を呑み込めず固まるライアルに、女子生徒が彼の左肩にさらりと触れて離れる。それだけで痛みが消え、腕が自由に動くようになっていた。
 生徒は昨日と同じ席に着いて、ライアルを見上げた。

「今日は何の授業をするんだ?」
「⋯⋯⋯⋯高度魔法の殆どが何故使用規制されているのかの説明から始める。それが終われば一般常識をその頭に叩き込んでやる。覚悟しておけ」
「うむ。よろしく頼む」

 ライアルは諦めの境地に達していた。
 転送魔法である。その中でも最高難易度を誇り、未だ一度も成功例がない『生き物の転送魔法テレポート』である。
 失神しなかった自分を褒めて欲しい。
 そして誰か森の中に置き去りにされたグラビッドが発狂する前に助けに行ってあげて欲しい。流石に可哀想だから。
 ライアルは眉間の皺を指で広げながら教壇に上がり、やがてやってくるだろう嵐を憂いて溜息をついた。
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