精霊王、ここに顕現

PONPON百日草

文字の大きさ
7 / 13
ライアルの転機

馘首の危機

しおりを挟む

 驚異的な速さで自分を取り戻した警備隊隊長は森から学園まで飛ぶような速さで駆け戻り、脇目も振らずライアルの教室を目指した。
 そして扉を開けるなり怒鳴った。

「さっきのは何だ!!」

 グラビッドが言えたのはそこまでだった。
 教室の中へ一歩踏み出そうとした足ががくんと崩れ、異変を感じる間もなく視界が狭窄きょうさくし、意識を失って倒れた。

「⋯⋯⋯⋯」

 一連を見ていたライアルが女子生徒に向き直り、額を手で覆って言った。

「君への禁止事項に初手で魔法を放つことも追加しよう」
「むう⋯⋯流石に多すぎて身動きが取れないぞ」
「何を言う。まだ高位魔法を禁じただけだろうが」
「私なりに考えて平和的な手段を取ったのだがな。眠らせただけだぞ?」
「それを起きたら本人に言ってみろ。きっと盛大な罵倒が返ってくる」

 そう言いながらライアルは意識のないグラビッドの体を引きずりながら中に入れ、薬草を置く時に使う敷物を床に敷いて、その上に巨体を転がした。
 そして何事もなかったかのように教壇に立つのだから、彼も相当図太い神経の持ち主である。

「授業を続ける。先程のおさらいをしよう。現在回復魔法を使えるのはたった数人程度しか確認されておらず、その殆どが主人に仕えている。俺が知っているのは王宮に一人と、ギルド総本部に一人だ。この国だけで二名の治癒士がいる」
「ギルドというのは初めて聞いた。何をするところだ?」
「主な仕事は人助けだ。危険な魔物の討伐や高価な品物の運搬から木の実の採取や迷子の猫探しまでと舞い込む依頼内容は幅広い。王宮に近いところにギルド総本部があり、各地に支部が点々と散らばっている」
「誰でも依頼を受けることができるのか?」
「ギルドに登録している者なら依頼を受けることができる。だが、冒険者にはそれぞれ実力によって階級ランクが付けられる。最高ランクがS、それからA、B、Cと下がっていく。これは魔物も同じだな。強い奴ほどSに近くなる。Bランクの冒険者はB以下の任務なら受けることができるがS、Aには手を出せない。そういう決まりになっている」
「ふむ。ランクの低い冒険者の無駄死にを防ぐ為か」
「その通りだ。ランクによる制限はここ最近でできた決まりだ。難易度の高い依頼ほど報酬は多くなるからな。報酬に目が眩んで命を落とす奴が続出したんだ。⋯⋯お前ならあっという間にたった一人でSランクになれるだろう」

 女子生徒は首を傾げた。

「たった一人で?」
「ギルドでのランクには『個人』と『チーム』の二種類あるんだ。個人ではAランクでも、仲間を集めて総合的な戦力を換算すればSランクの実力を有すると判断されれば、チームを組んだ時のみSランクの依頼を受けることができる。個人でのSランク昇格試験はエンド・ドラゴンの討伐だ。⋯⋯君ならできるだろう?」

 教師の問いに彼女は迷うことなく頷いた。

「エンド・ドラゴンというのが何かは知らないが、この世に現在する魔物なら討伐は難しくない」
「⋯⋯頼もしい言葉だ」
「しかし殺す必要性を感じない。エンド・ドラゴンというのは積極的に人間を襲うのか?」
「いいや、高山に巣を作って生活する生き物だから基本的に人里まで来ることはない。50年前に奇跡的に卵を持ち帰った冒険者がいたが、母親と思われる一匹のエンド・ドラゴンによって国ごと焼き払われた」
「それは人間が悪い。子孫の保護は命に限りのある生物において最優先事項だ。自業自得としか言えない」
「随分冷たいな。卵を盗んだ冒険者だけならともかく、この襲来で無実の市民が二万人以上亡くなったんだぞ」
「おまえ達も普段からそのドラゴンと同じことをしているだろう」
「なに?」
「一匹の蜂が危険だからと巣ごと始末してしまう。人間に有害な毒素を発生する植物の群生地があれば、他の植物が混じっていても構わず全て焼き払う。危険なものなら近付かなければいいものを、わざわざ近寄って騒ぎ立て、息づいていた命と自然の循環を壊す。私から見れば人間の方が不遜で傲慢だ」

 ライアルは顔を上げて目の前の生徒を凝視した。いつも淡々としている彼女が強い口調で非難したことに驚いたのだ。

「⋯⋯そう、かもしれないな。人は時々、自分こそが大地の支配者のように振る舞う。この世界の一部しか知らない癖に、全てを理解したかのような顔をする。だが、全ての人間がそのような考えを持っているわけではない」

 生徒も頷いて肯定を示した。

「わかっている。しかし不思議なのは、同じ人間でも中身がまるっきり違うということだ」

 これにはライアルも意味がわからず訊き返す。

「中身が違う?」
「臓器の話ではなく、この場合は本質と言った方が適切か。よどみの酷い魔素を宿す者もいれば、自然に近い清らかな魔素を持つ者もいる。特に魔法を使う者は総じて体内の魔素が汚い」
「⋯⋯魔法を使うと汚くなる?そもそも魔素というのは汚れるものなのか?」
「床掃除に使われる雑巾ぞうきんは日を経る毎に汚れていくだろう。それと同じだ」
「魔素を雑巾扱いするなよ⋯⋯」
「不快に思ったのならすまない。わかり易く例えたつもりだった」
「いや、よくわかったよ⋯⋯魔法を使うのが床掃除なら雑巾は汚れていくわな⋯⋯」
「そもそもおまえ達は雑巾を使うだけ使って手入れしない。さらに言えば使い方も間違っている。だから汚れは酷くなる一方だ」
「なんだって?」

 これまたよく分からない理論が出てきた。

「雑巾⋯⋯魔素の使い方?」

 生徒は教室の隅で背中を向けて寝ている男を見た。

「口で説明するのは難しい。あそこで寝たふりをしている男を使おう」

 ライアルが驚いて振り向くと、グラビッドが体を起こすところだった。
 琥珀こはく色の眼を細めて薄気味悪そうに生徒を見ている。

「⋯⋯いつから気付いてた?」
「エンド・ドラゴンの話の時に一度眼を開けたな」
「なんでそっち向いてないのに視えてんだよ⋯⋯」

 よっこらしょと立ち上がったグラビッドは一番近い場所にあった机に腰を下ろした。その際、生徒から目を離さなかったのは余程警戒しているからだろう。

「で、正しい雑巾の使い方ってのを教えて貰おうかい」
「どうした?いやに協力的だな」

 きっとまたすぐに戦闘に発展するか出て行くかするだろうと思っていたライアルが驚いて訊ねるも、相手は複雑な表情だった。

「魔法を使い過ぎることで起きる魔素不足による体調不良は自然治癒しか回復方法がない深刻な問題だ。それが解決する答えを嬢ちゃんが知ってんのならプライドなんか捨ててやるさ。さあ言え。今すぐ言え」
「教えを請う者の態度には見えんな」

 もっともな感想を呟くライアルに金の瞳が鋭い一瞥をくれる。
 ライアルは肩を竦めて生徒を見た。

「教えてくれるか?」
「ああ。男、契約している精霊を呼べ」
「男じゃねえ。グラビッドだ。⋯⋯は?」
「精霊だ。契約してないのか?」
「いや、何体か居るが。⋯⋯どれを呼ぶ?」
「全てだ」
「全部!?ここにか!?」
「いいから呼べ」

 やけくそになりながらグラビッドは右手を前に出した。

「チッ、俺が倒れたら責任取れよ。『火の加護を賜りし精霊よ、水の癒しを宿す精霊よ、永久の大地を生きし精霊よ、我の呼び掛けに応え、時空の隔たりを越えてここに顕現せよ』」

 グラビッドが詠唱を終えた時、教室に三体の精霊が現れた。
 巨大な蜥蜴とかげを二本足で立たせたような姿をしながらその皮膚は厚い鱗と鋼鉄の肌でできており、鋭い爪の間から時々炎が漏れ出ては空気中に消える。爬虫類を思わせる縦に長い瞳孔を持つ眼は、炎そのものを宿しているように赤い。
 水の精霊は幼い子どものような見た目をしていた。しかしその全身は水でできており、瞬きをする度に目から溢れる水滴が地面に落ちる。
 その横には天井に頭部がつきそうなほど巨大な精霊が佇んでいた。岩を組み合わせてできた体を窮屈そうに屈めている。
 ライアルがその圧巻の姿に感嘆の息を漏らした。

「おお⋯⋯火竜サラマンダーにウィンディーネ、そしてこの大きなものはストーンゴーレムか。高位の精霊を三体同時に顕現とは⋯⋯魔素の消費も激しいだろうに。大丈夫か?」

 グラビッドは玉の汗を浮かべている。

「これが大丈夫に見えるんなら眼の医者にかかれ。契約してるのはこの三体だが、本来なら顕現するのは一体が限界だ。おい、ここからどうすんだ?」
「全ての精霊の契約を破棄しろ」

 これにはグラビッドだけでなくライアルも言葉を失った。彼女は「顕現を解く」のではなく「契約の破棄」と言った。
 耳を疑い振り返った彼らが見たのは秀麗な顔に険しい表情を浮かべた生徒だった。
 彼女の視線は微動だにしない精霊達に向けられていた。動かないグラビッドに向かってもう一度言った。

「今すぐ契約を破棄しろ」
「馬鹿言え!出来るわけないだろう!」
「なぜだ?簡単だろう。おまえがしないのなら私がしてやる」
「また化け物の力を使う気か!させねぇぞ!」

 それまで動きを見せなかった精霊達の顔が一斉に生徒の方に向いた。
 ストーンゴーレムの巨大な手が細い身体を掴み、サラマンダーは素早く動いて身動きの取れない生徒の頭上で鋭い爪を振り上げる。

「やめろ!!」

 ライアルが反射的に生徒に飛びついた。頭を抱えて腕の中に庇う。切り裂かれるのを待つだけの無防備な背中にグラビッドの怒声が飛ぶ。

「契約した精霊を簡単に捨てろと言う奴に守る価値などあるか!!」

 グラビッドの怒りは本物だった。
 それでもライアルは生徒を抱いたまま動かなかった。
 柔らかい皮膚を抉るはずだった爪が突然消えた。爪どころかサラマンダーも、ウィンディーネもストーンゴーレムも一瞬にして消えた。
 何が起きたのか分からず辺りを見渡すライアルの近くでは信じられない顔で自身の両手を見つめるグラビッドがいる。
 数秒後、彼はまるで火山が噴火するような猛烈な怒りをもって生徒に迫った。

「精霊が呼び掛けに応えない⋯⋯!テメェ、やりやがったな!!」
「⋯⋯⋯」
「無知なテメェに教えてやる⋯⋯!精霊ってのはな、普段は精霊界に居て、主人の魔素と引き換えにこの世界に召喚するんだ。召喚の回数を重ねれば重ねるほど精霊との絆も強くなる。俺にとってあいつらは苦楽を共にしてきた相棒だったんだ!それをテメェは⋯⋯!」

 一度契約を破棄した精霊は二度と呼べない。
 それがこの世の理である。
 今にも剣を引き抜きかねないグラビッドに女子生徒が近付く。
 彼を真正面から見つめる彼女の表情は氷のように冷たかった。

「相棒?人形の間違いではないのか?」
「なんだと!?」
「よくもまあ⋯⋯あのような惨たらしいことが平気でできるものだ。彼らの意思を無視して現世に引きずり出し、逃げられぬようかせめる。召喚の度に枷はきつく強くなり、本来の役割すら成せない精霊を意のままに操る。この関係性を『絆』と呼ぶおまえに私は寒気を覚える」
「⋯⋯何を⋯⋯妄想もいい加減にしろ。枷だと?そんなものを俺がいつあいつらにいた!?」
「最初からだ。おまえだけではない。人間に召喚されし精霊の全てが苦痛の中にいる」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

ありふれた聖女のざまぁ

雨野千潤
ファンタジー
突然勇者パーティを追い出された聖女アイリス。 異世界から送られた特別な愛し子聖女の方がふさわしいとのことですが… 「…あの、もう魔王は討伐し終わったんですが」 「何を言う。王都に帰還して陛下に報告するまでが魔王討伐だ」 ※設定はゆるめです。細かいことは気にしないでください。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

【完結】私は聖女の代用品だったらしい

雨雲レーダー
恋愛
異世界に聖女として召喚された紗月。 元の世界に帰る方法を探してくれるというリュミナス王国の王であるアレクの言葉を信じて、聖女として頑張ろうと決意するが、ある日大学の後輩でもあった天音が真の聖女として召喚されてから全てが変わりはじめ、ついには身に覚えのない罪で荒野に置き去りにされてしまう。 絶望の中で手を差し伸べたのは、隣国グランツ帝国の冷酷な皇帝マティアスだった。 「俺のものになれ」 突然の言葉に唖然とするものの、行く場所も帰る場所もない紗月はしぶしぶ着いて行くことに。 だけど帝国での生活は意外と楽しくて、マティアスもそんなにイヤなやつじゃないのかも? 捨てられた聖女と孤高の皇帝が絆を深めていく一方で、リュミナス王国では次々と異変がおこっていた。 ・完結まで予約投稿済みです。 ・1日3回更新(7時・12時・18時)

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

聖女が降臨した日が、運命の分かれ目でした

猫乃真鶴
ファンタジー
女神に供物と祈りを捧げ、豊穣を願う祭事の最中、聖女が降臨した。 聖女とは女神の力が顕現した存在。居るだけで豊穣が約束されるのだとそう言われている。 思ってもみない奇跡に一同が驚愕する中、第一王子のロイドだけはただ一人、皆とは違った視線を聖女に向けていた。 彼の婚約者であるレイアだけがそれに気付いた。 それが良いことなのかどうなのか、レイアには分からない。 けれども、なにかが胸の内に燻っている。 聖女が降臨したその日、それが大きくなったのだった。 ※このお話は、小説家になろう様にも掲載しています

処理中です...