精霊王、ここに顕現

PONPON百日草

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ライアルの転機

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 午後からはサイクロプスの手掛かりを探す為に森に向かおうとしたライアルとイシュリアだったが、正門にて足止めを食らった。
 事務員のベラが問答無用で二人を事務室へと連れ込んだのである。

「その右足の説明をしない限り通行許可証は出してやんないよって言ったじゃないか」
「あれは本気だったのか⋯⋯」
「あたしゃあ有言実行の女だよ」

 にたりと笑って受付の椅子に腰を下ろした。
 その際、完全に二人に体の正面を向けなかったのはガラス窓の外側に人影があればすぐに動けるようにするためだろう。
 ベラは二人を大きなテーブルの傍に座らせ、単刀直入に切り出した。

「で、その足はどうやって治したんだい?」
「ベラ⋯⋯」

 ライアルは眉間に皺を寄せて額に手を当てた。

「自然治癒だと言ったら納得してくれるか?」

 ベラは鼻を鳴らした。

「無理だね。腱を断つほどの傷だとあんたが言ったんだよ。治る見込みも治癒士にかかる金もないとね」
「そうだったな⋯⋯」
「私の推測じゃあ、そこのきれいなお嬢さんの仕業と思ってるんだけど⋯⋯どうだい?」

 言葉は疑問だがその口調は確信に満ちていた。
 窮地に追いやられながらもライアルはどうにか上手く隠し通せないかと必死で言い訳を考える。

「切れた腱を瞬時に治す⋯⋯この大陸のどんな治癒士にも不可能なことが一生徒の彼女にできるものか」
「でも、その彼女がサイクロプスを倒したんだろ?」
「あれは俺の勘違いだった。彼女は何もしてない。サイクロプスは原因不明の突然死だった」
「早朝に同じようなことを言いに来てたけど、自分でも苦しい言い訳だと思わないかい?あたしが信じると思ってるならとんだお笑い種だね。女子会の話のネタにもなりゃしない」
「女子という年齢でもないだろうに⋯⋯」
「何か言ったかい?ライアル坊や」

 ライアルは苦い顔で黙り込んだ。而立じりつの歳を目前にした男に向かって『坊や』と言われたのでは敵わない。相手はライアルの二倍は言い過ぎにしても、それに近い年月を生きてきた学園の年長者だ。
 ベラは圧倒的に旗色の悪いライアルを何故か放置して、少女に向き直った。

「確か⋯⋯A1リ4ちゃん、だったかしらね?」

 二人のやり取りを静かに見守っていた少女は自分に話し掛けられたことで初めて口を開いた。

「名をイシュリアと改めた。次からはそう呼んでほしい」
「前の名前よりずっといいじゃないか。すぐに登録名簿を書き換えておくよ」
「あの名前はそんなにひどかったのか?」
「人名にしては有り得ないくらいにね」
「そうか」

 理解しているのだかしていないのだか。
 多分後者だろうと思いながらライアルは割って入る。

「ベラ⋯⋯もういいだろう?」
「あんたは黙ってな。そう急がなくても後でたっぷり可愛がってやるから」

 引き攣った顔のライアルを無視してベラは眼鏡の奥の眼をキラリと光らせた。

「ライアルの足を治したのは、あんただね?」

 少女はライアルを見た。
 彼は必死に首を振って懸命に目で訴えており、その意志をしかと受け止めたとばかりに少女は大きく頷き、ベラに言った。

「そういうことを他人に簡単に話すのは良くないらしい」
「彼が言ったのかい?」
「ああ。なんでも強大な力は揉め事の種になるとか」
「ふぅん⋯⋯その理由であんたは納得したのかい?」
「した。人を怖がらせたり驚かせたりすることは私の本意ではない」
「そっか。じゃあライアルの足を治したことは黙ってなきゃいけないね」
「うむ」

 言った!こいつ全部言った!!
 ゴン、と鈍い音がテーブルとライアルの額の間から鳴った。耳を澄ますと「ぐぅぅ」という苦渋に満ちた低い声も聞こえてくる。
 そんな男を不思議そうに眺めているイシュリアという図に、たまらずベラは吹き出した。ふくよかな体を盛大に揺らして高らかに笑っている。しばらく小さな事務室に愉快な声が響いた。
 やがてベラは目尻に滲んだ涙を指で拭って、テーブルの上に紙を置いた。

「あー、こんなに笑ったのは久しぶりさね。ほら、通行許可証だよ。これがいるんだろ?」

 ぱっと顔を上げたライアルは胡乱な目を事務員に向けた。

「⋯⋯冗談の類だと思ったか?」

 彼が疑うのも仕方がない。治癒の魔法を使えると聞けばたちまち目の色が変わるのが普通の人の反応だからだ。

「馬鹿だねぇ。利用するならもっと賢くするよ。あたしが金儲けをしようってんのなら、あんたの足が治っているのに気付いた時点であんたを攫って無理矢理にでも吐かせているよ。神の御業と崇められる治癒の魔法。治癒士は莫大な利益を生み出すが故に争いの種になりがちさ。だから国が管理するという名目で保護してるんだ。そんな貴重な人間が野良でうろついているなんて、強突く張りが放っておくわけがない」
「治癒魔法を使う者を発見した場合は速やかに国に報告しなければならない。これを破れば厳罰ものだぞ」
「あたしは実際にこの目で見たわけじゃない。こんなボロい事務室の壁にへばりついて聞き耳を立てようなんてやつもいない。つまりここにいる三人が黙ってたら誰にもこの事実は漏れないということさ」

 ベラはイシュリアが貴重な治癒の魔法を使えるということを知りながら、その秘匿が重罪に値することを承知の上で沈黙を守るという。
 ライアルは信じられない気持ちで相手の顔を凝視した。
 新しい治癒士の発見、そして通報により国から得られる報酬は死ぬまで働かなくても暮らしていける程の大量の金貨だ。
 それを棒に振ってもいいと彼女は言う。この国における治癒士の扱いを知っているからだ。

「⋯⋯俺はあんたを随分見くびっていたのかもしれないな」
「ほんとだよ。この傷心は美味しいお菓子でも食べなきゃ癒せやしないねぇ」
「わかったよ」

 ライアルはここに来て初めて笑みを浮かべた。
 思えばA級魔物との遭遇、上級魔法をぽんぽん使う少女の存在、三ヶ月後に訪れる解任の話と、実に頭の痛いことばかりで心の休まる時がなかった。
 秘密の共有者ができたことに少しばかり肩の重荷が軽くなったような気がする。
 次に来る時は菓子を用意しておこうと心に留め、ライアルは椅子から立ち上がった。

「そろそろ行く。邪魔したな」
「ああ、気を付けるんだよ。イシュリアちゃんも」
「わかった」

 事務室を出た二人は早速正門を通り森の方に足を進めた。
 その道中、見晴らしのいい草原を歩きながらライアルが隣に言った。

「ベラのような人が当たり前だと思うなよ」
「どういう意味だ?」
「あいつはお前が足を治したと知っても表情一つ変えなかった。本来なら大騒ぎになって直ちに国に通報されるぞ」
「通報されるとどうなる?」
「城から派遣された兵士が迎えに来る。そうしたらお前はその日から王宮暮らしが始まる。国によって治癒士の扱いは変わるが⋯⋯この国はあまりいいとは言えない。頼むからさっきみたいなあからさまな誘導尋問に引っ掛かってくれるなよ」
「む?そう言えば彼女は私がライアルの足を治したことを知っていたな⋯⋯?」
「知っていたんじゃない。お前がばらしたんだ」
「言いがかりだ。私はちゃんと秘密を守った。この口で『ライアルの足を治した』とは言わなかったのだから」
「⋯⋯⋯⋯」

 酷い目眩と脱力感に身体から力が抜けそうになるが寸でのところで踏みとどまり、さてどういう言い方をすればこの賢いのか阿呆なのかわからない少女に理解してもらえるのかと考えていたライアルだったが、目的の森が見えてきたので会話を切り上げた。
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