11 / 13
ライアルの転機
(5)
しおりを挟む午後からはサイクロプスの手掛かりを探す為に森に向かおうとしたライアルとイシュリアだったが、正門にて足止めを食らった。
事務員のベラが問答無用で二人を事務室へと連れ込んだのである。
「その右足の説明をしない限り通行許可証は出してやんないよって言ったじゃないか」
「あれは本気だったのか⋯⋯」
「あたしゃあ有言実行の女だよ」
にたりと笑って受付の椅子に腰を下ろした。
その際、完全に二人に体の正面を向けなかったのはガラス窓の外側に人影があればすぐに動けるようにするためだろう。
ベラは二人を大きなテーブルの傍に座らせ、単刀直入に切り出した。
「で、その足はどうやって治したんだい?」
「ベラ⋯⋯」
ライアルは眉間に皺を寄せて額に手を当てた。
「自然治癒だと言ったら納得してくれるか?」
ベラは鼻を鳴らした。
「無理だね。腱を断つほどの傷だとあんたが言ったんだよ。治る見込みも治癒士にかかる金もないとね」
「そうだったな⋯⋯」
「私の推測じゃあ、そこのきれいなお嬢さんの仕業と思ってるんだけど⋯⋯どうだい?」
言葉は疑問だがその口調は確信に満ちていた。
窮地に追いやられながらもライアルはどうにか上手く隠し通せないかと必死で言い訳を考える。
「切れた腱を瞬時に治す⋯⋯この大陸のどんな治癒士にも不可能なことが一生徒の彼女にできるものか」
「でも、その彼女がサイクロプスを倒したんだろ?」
「あれは俺の勘違いだった。彼女は何もしてない。サイクロプスは原因不明の突然死だった」
「早朝に同じようなことを言いに来てたけど、自分でも苦しい言い訳だと思わないかい?あたしが信じると思ってるならとんだお笑い種だね。女子会の話のネタにもなりゃしない」
「女子という年齢でもないだろうに⋯⋯」
「何か言ったかい?ライアル坊や」
ライアルは苦い顔で黙り込んだ。而立の歳を目前にした男に向かって『坊や』と言われたのでは敵わない。相手はライアルの二倍は言い過ぎにしても、それに近い年月を生きてきた学園の年長者だ。
ベラは圧倒的に旗色の悪いライアルを何故か放置して、少女に向き直った。
「確か⋯⋯A1リ4ちゃん、だったかしらね?」
二人のやり取りを静かに見守っていた少女は自分に話し掛けられたことで初めて口を開いた。
「名をイシュリアと改めた。次からはそう呼んでほしい」
「前の名前よりずっといいじゃないか。すぐに登録名簿を書き換えておくよ」
「あの名前はそんなにひどかったのか?」
「人名にしては有り得ないくらいにね」
「そうか」
理解しているのだかしていないのだか。
多分後者だろうと思いながらライアルは割って入る。
「ベラ⋯⋯もういいだろう?」
「あんたは黙ってな。そう急がなくても後でたっぷり可愛がってやるから」
引き攣った顔のライアルを無視してベラは眼鏡の奥の眼をキラリと光らせた。
「ライアルの足を治したのは、あんただね?」
少女はライアルを見た。
彼は必死に首を振って懸命に目で訴えており、その意志をしかと受け止めたとばかりに少女は大きく頷き、ベラに言った。
「そういうことを他人に簡単に話すのは良くないらしい」
「彼が言ったのかい?」
「ああ。なんでも強大な力は揉め事の種になるとか」
「ふぅん⋯⋯その理由であんたは納得したのかい?」
「した。人を怖がらせたり驚かせたりすることは私の本意ではない」
「そっか。じゃあライアルの足を治したことは黙ってなきゃいけないね」
「うむ」
言った!こいつ全部言った!!
ゴン、と鈍い音がテーブルとライアルの額の間から鳴った。耳を澄ますと「ぐぅぅ」という苦渋に満ちた低い声も聞こえてくる。
そんな男を不思議そうに眺めているイシュリアという図に、たまらずベラは吹き出した。ふくよかな体を盛大に揺らして高らかに笑っている。しばらく小さな事務室に愉快な声が響いた。
やがてベラは目尻に滲んだ涙を指で拭って、テーブルの上に紙を置いた。
「あー、こんなに笑ったのは久しぶりさね。ほら、通行許可証だよ。これがいるんだろ?」
ぱっと顔を上げたライアルは胡乱な目を事務員に向けた。
「⋯⋯冗談の類だと思ったか?」
彼が疑うのも仕方がない。治癒の魔法を使えると聞けばたちまち目の色が変わるのが普通の人の反応だからだ。
「馬鹿だねぇ。利用するならもっと賢くするよ。あたしが金儲けをしようってんのなら、あんたの足が治っているのに気付いた時点であんたを攫って無理矢理にでも吐かせているよ。神の御業と崇められる治癒の魔法。治癒士は莫大な利益を生み出すが故に争いの種になりがちさ。だから国が管理するという名目で保護してるんだ。そんな貴重な人間が野良でうろついているなんて、強突く張りが放っておくわけがない」
「治癒魔法を使う者を発見した場合は速やかに国に報告しなければならない。これを破れば厳罰ものだぞ」
「あたしは実際にこの目で見たわけじゃない。こんなボロい事務室の壁にへばりついて聞き耳を立てようなんてやつもいない。つまりここにいる三人が黙ってたら誰にもこの事実は漏れないということさ」
ベラはイシュリアが貴重な治癒の魔法を使えるということを知りながら、その秘匿が重罪に値することを承知の上で沈黙を守るという。
ライアルは信じられない気持ちで相手の顔を凝視した。
新しい治癒士の発見、そして通報により国から得られる報酬は死ぬまで働かなくても暮らしていける程の大量の金貨だ。
それを棒に振ってもいいと彼女は言う。この国における治癒士の扱いを知っているからだ。
「⋯⋯俺はあんたを随分見くびっていたのかもしれないな」
「ほんとだよ。この傷心は美味しいお菓子でも食べなきゃ癒せやしないねぇ」
「わかったよ」
ライアルはここに来て初めて笑みを浮かべた。
思えばA級魔物との遭遇、上級魔法をぽんぽん使う少女の存在、三ヶ月後に訪れる解任の話と、実に頭の痛いことばかりで心の休まる時がなかった。
秘密の共有者ができたことに少しばかり肩の重荷が軽くなったような気がする。
次に来る時は菓子を用意しておこうと心に留め、ライアルは椅子から立ち上がった。
「そろそろ行く。邪魔したな」
「ああ、気を付けるんだよ。イシュリアちゃんも」
「わかった」
事務室を出た二人は早速正門を通り森の方に足を進めた。
その道中、見晴らしのいい草原を歩きながらライアルが隣に言った。
「ベラのような人が当たり前だと思うなよ」
「どういう意味だ?」
「あいつはお前が足を治したと知っても表情一つ変えなかった。本来なら大騒ぎになって直ちに国に通報されるぞ」
「通報されるとどうなる?」
「城から派遣された兵士が迎えに来る。そうしたらお前はその日から王宮暮らしが始まる。国によって治癒士の扱いは変わるが⋯⋯この国はあまりいいとは言えない。頼むからさっきみたいなあからさまな誘導尋問に引っ掛かってくれるなよ」
「む?そう言えば彼女は私がライアルの足を治したことを知っていたな⋯⋯?」
「知っていたんじゃない。お前がばらしたんだ」
「言いがかりだ。私はちゃんと秘密を守った。この口で『ライアルの足を治した』とは言わなかったのだから」
「⋯⋯⋯⋯」
酷い目眩と脱力感に身体から力が抜けそうになるが寸でのところで踏みとどまり、さてどういう言い方をすればこの賢いのか阿呆なのかわからない少女に理解してもらえるのかと考えていたライアルだったが、目的の森が見えてきたので会話を切り上げた。
0
あなたにおすすめの小説
私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
ありふれた聖女のざまぁ
雨野千潤
ファンタジー
突然勇者パーティを追い出された聖女アイリス。
異世界から送られた特別な愛し子聖女の方がふさわしいとのことですが…
「…あの、もう魔王は討伐し終わったんですが」
「何を言う。王都に帰還して陛下に報告するまでが魔王討伐だ」
※設定はゆるめです。細かいことは気にしないでください。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
【完結】私は聖女の代用品だったらしい
雨雲レーダー
恋愛
異世界に聖女として召喚された紗月。
元の世界に帰る方法を探してくれるというリュミナス王国の王であるアレクの言葉を信じて、聖女として頑張ろうと決意するが、ある日大学の後輩でもあった天音が真の聖女として召喚されてから全てが変わりはじめ、ついには身に覚えのない罪で荒野に置き去りにされてしまう。
絶望の中で手を差し伸べたのは、隣国グランツ帝国の冷酷な皇帝マティアスだった。
「俺のものになれ」
突然の言葉に唖然とするものの、行く場所も帰る場所もない紗月はしぶしぶ着いて行くことに。
だけど帝国での生活は意外と楽しくて、マティアスもそんなにイヤなやつじゃないのかも?
捨てられた聖女と孤高の皇帝が絆を深めていく一方で、リュミナス王国では次々と異変がおこっていた。
・完結まで予約投稿済みです。
・1日3回更新(7時・12時・18時)
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
聖女が降臨した日が、運命の分かれ目でした
猫乃真鶴
ファンタジー
女神に供物と祈りを捧げ、豊穣を願う祭事の最中、聖女が降臨した。
聖女とは女神の力が顕現した存在。居るだけで豊穣が約束されるのだとそう言われている。
思ってもみない奇跡に一同が驚愕する中、第一王子のロイドだけはただ一人、皆とは違った視線を聖女に向けていた。
彼の婚約者であるレイアだけがそれに気付いた。
それが良いことなのかどうなのか、レイアには分からない。
けれども、なにかが胸の内に燻っている。
聖女が降臨したその日、それが大きくなったのだった。
※このお話は、小説家になろう様にも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる