パブリック・エネミーin異世界戦記

ヌマヅトーイチ

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第一章 歪曲の掟、匡正の罪

第二節 森の主たち

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宝石が人の形を取って輝くような容貌の者たちは、互いに囁きあっては大きな声で笑っている。まるでその仕草で、哀れな獲物を甚振るかのように。
抑えつけられていた力が弱まった。しかし手足は、縄か何かで縛られているようで動かせず、指先にすら力が上手く伝わらない。ここに来ていよいよ無慈悲な狩猟者に捕らえられたことをはっきりと認知し、彼の精神は恐怖に支配された。

よく見ればその美男美女は耳が長く、皆一様に絹のような金髪をしており、時折見える歯は全てが犬歯のように尖って凶暴性を垣間見せている。常人より30cmほど高い身長を誰もが持ち、大きい者は2mを大きく超えているようにも見える。局部しか隠さない粗末な衣装は、その野蛮さを如実に表してロバートの恐怖心に薪を焚べた。

「ちょっ、ちょっと待ってくれ!僕は敵になるような人間じゃない!縄を解いてくれ!」

圧迫された胸を必死に動かして訴えた。声は掠れ、決して大きな声は出なかったが、その場にいた数名の耳全てがピクリと動いた。
そして一斉に彼の方へ向き直ると、示し合わせたかのように大笑いし始めた。

『ああおかしいぞな!人間ども、捕らえられたら皆一様に吠えよるの!』

『くっくっく!腹が痛くなる故に、その口縫ってしまうか?』

『ならぬぞ。人間は良質の家畜ぞ、我らの口に糊するに必要なればな』

ロバートには彼らの言葉が、確かに凄まじい訛りの古い英語のように聞こえた。現代人が使うことのない言葉であり、彼もまた耳にしたことのない英語であったが、何故か彼には聞き取ることが出来た。

「言葉が通じるのか?なら僕が言ったことはわかるはずだ!お願いだからこの縄を解いてくれ!」

再度ロバートが声を上げると、一人の男が進み出た。そして、腹部に衝撃。

「ぐはっ…」

『やかましいわ。黙っておらぬと両目をくり抜いて食わせてから口を縫い合わせてしまうぞ』

肺の中の空気が全て閉め出され、一瞬の呼吸困難により意識が遠のいた。

(こいつら、一体なんなんだ…?家畜とは…)

『さて、黙ったところで村へ戻ろうぞ?皆今日の獲物を楽しみにしておるであろ!』

『息子にこやつの肝を食わせるのが楽しみぞ!』

『ナータリヤ、気が早いわ!ははは!』

先程ロバートの腹を蹴り上げた男が、彼の身体を乱暴に担いだ。縄が胴に食い込んでむせ返る。

(食人族か…?そんなものがいるなんて、聞いていないぞ!なんとしてもここから逃げないと、僕の命がいつまであるかわからない…)

顔に木の枝や葉がこれでもかと当たるが、目先の危機を考える彼には微風ほども気にならない。これから生きるか死ぬかという時なのだ、集中力は限界まで絞り出されている。

(状況判断をしなければ。まず、神様らしい存在からこの世界へ送り込むと言われた。一度死んだ僕に命を与えると言って。死んだ記憶は無いし、今もこうして生きている。だが、この土地に来てすぐ危険な連中に捕まってしまった。こいつらのことはよくわからないが、食人の習慣があるらしい。野蛮な連中だ、少し声を出すだけですぐに暴力を振るってくる。だが、力は人並みだった)

腹部に残る鈍痛を思う。
確かに蹴られた直後は意識が混濁したが、それは衝撃による呼吸困難が引き起こしたものであり、力自体は一般的な成人男性程度か、それに僅かに劣るくらいに思えた。

(暴れればこいつは簡単に僕を落とすだろう。だが、厄介な点は手足が縛られていることと、ここが彼らの庭に等しい場所だろうと予想できることだ)

彼らは一切の物音無くロバートに忍び寄って、背後から攻撃して取り抑えた。森のような障害物の多い場所で密やかに行動することは、慣れていない者にとってはまず不可能なように思えた。足を動かせば草を踏みしめ、身体を進めれば枝葉に当たるような密度の森だ。余程土地に詳しい者ですら無音の行動は難しいだろう。
それを難なくやってのけた彼らはこの森の主だ、そう予想することは簡単だった

(連中の庭で手足が縛られている状態では、100%逃げ切れない…少なくとも身体が自由に動くことが大切だ。それともう一点、彼らに気付かれないよう行動出来なければすぐにでも捕まえられてしまうだろう)

彼の考えは正鵠を射ているだろう。
10年住んだ家の中で鬼ごっこを行えば、鬼になっても子になっても自由自在に動き回れる。この状況では、ロバートは子であり、初めて訪れた家で鬼ごっこを行うようなものだ。逃げ出したことがすぐに判明してしまってはとても逃げ切れたものではない。

(手詰まりに近い…一旦、流れに身を任せるしかないか)

と考え、その思考に自ら驚いた。
このままではこの者たちの目的の場所へ着くなり殺されてしまう可能性も少なくない。それを受け入れ、運命に身を任せた自分自身に驚いたのだった。
ニューヨークで働いていた頃では考えられない豪胆さだった。

(一度死んだからかな)

ロバートは自嘲気味に笑うと、行く先を考えないようにしながら大人しく運ばれていくのだった。

日が傾きかけた頃、彼を担いでいた人物の足がにわかに早まった。

『帰ってきたぞ!我々の村!』

『獲物を持って帰ることができたのは御主のご加護の賜物ぞな、感謝を捧げん!』

ロバートには何も見えなかったが、人の気配が強まったことを感じた。
そして甲高い歓声が上がったのを耳にした。ほとんど金切り声のそれは、どうやら子供の声のようだ。

『父上、母上!おかえりなさいまし!』

『オールガ、ただいま』

彼を担いでいた男の娘らしい。男は優しい声色で返事をして、立ち止まった。

『お土産でしょうか?オールガはお腹が空いております』

『ふふふ、じき食えるようになる。だがまずは族長殿に獲物を献上せねばならぬ。家で待つが良い。ナータリヤ、この子を家へ送るのだ』

そう告げ、また歩みを進めだす男。

(族長とやらがいるのか。まずはそこで一度運試しだな…)

ロバートの視界の端を通り過ぎていくのは、大木をくり抜いて作ったような奇妙な家だった。数十名の食人族たちがいて、どの者も光るように美しい姿をしている。畑らしいものに手を入れる者、木の板を削る者、そして肉を切り分ける者など、めいめいの仕事をこなしている。

(あの肉は、まさか)

不吉な予感を追い払うように、彼は頭を振った。
直後、彼を担ぐ男は屋内へ入った。薄ぼんやりと明るい、きつい香が炊かれた場所だ。
やおらロバートは投げ出され、肩と腰を強く地面に打ち付けて呻いた。

『エルジャンドのセールゲイ、ただいま獲物を携えて帰還致した』

男──セールゲイと名乗った──は、跪いて恭しく挨拶した。その目線の先には、壮年くらいに見える男女1名ずつが広い玉座に横たわっていた。どちらも彫刻のように完璧な美を湛えている。

『おかえりなさい、エルジャンドのセールゲイ。あなたの贈り物の話は1時間前から木々が話をしていました』

『うむ、今日は木々が騒がしかったぞな。大物を捕えたのだと期待しておった』

厳かな声が、セールゲイを労った。跪いたまま彼は頭を下げて服従の声を立てた。

『ははっ!本日この地に現れし新鮮なる旅人なれば、本日の晩餐に如何でございましょうや』

2人の族長は微笑んだが、首を横に振った。

『ならぬぞ。この者は南へ送ろうと思う故な』

その言葉にセールゲイは顔を素早く上げ、下卑た笑みを浮かべた。

『献上、すると?』

『然り。近頃貢物を寄越してやっておらぬのだ、関係を切らしても面白くなかろ』

『なれば、明朝に南へ出発いたしまする!』

『ならぬ。ヌシは疲れておる、貢物が1日や2日遅れたところで、彼の者は腹を立てまいよ。それに、我らもこやつの産む恵みを得たいのだ』

『創り手の族長殿の言うとおりじゃセールゲイよ。腕利きの狩猟者も、休まねばその力を発揮できぬ。今日明日はとっくりと休み、2日後にその家畜を連れてウィッチの下へ赴くのだ』

承知、とだけ言ってセールゲイはロバートを再び抱えてその場を後にした。
ロバートは不穏な言葉の連続に、ただ恐々としていた。しかしその裏で、運試しの一つを切り抜けたことに安堵もしていた。村に入ってすぐさま殺されるということは無かったのだ。
彼はズタ袋のように運ばれながら、この村からどのようにして逃げ出すべきか、そして先程の会話の内容について様々な思案を巡らすのだった。
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