悪役令嬢になりました。

黒田悠月

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1巻

1-1

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   プロローグ


「……七、八、九……じゅう、っと」

 ゼーゼーッ、はーはー。
 キツい! キツすぎる!
 どんだけ体力ないんだ、この身体!
 腹筋運動をしていた私は、うんしょっと気合いを入れて起き上がった。
 長い金髪がふわりと揺れる。
 壁に立てかけた姿見に映るのは、すらりとした手足に、白磁はくじのような肌……ではなくて、顔もお腹も二の腕もポッチャリパンパン、ニキビの目立つ荒れた肌だ。
 エリカ・オルディス侯爵令嬢。
 それがいまの私である。
 私はついこの間まで、日生楓ひなせかえでという名の日本人で、フリーターだった。
 高校を卒業後、進学せずアルバイトに没頭ぼっとう。給料を乙女ゲームにぎ込み、たまにネット仲間のオフ会に顔を出す日々を送っていた。
 そんなある日、バイト帰りに交差点で信号待ちをしていたところ、突然トラックが突っ込んできてねられてしまった。
 そして、死んだのだ。
 ライトノベルでよくあるパターンなら、そのあと異世界に転生し、なにかのきっかけで前世の記憶を取り戻しましたーっ! ってところだろう。
 私の場合は、ちょっと違う。
 異世界には来たけれど、転生したわけではない。
 私、日生楓の場合は……
 ①死んだ
 ②自称神様とやらに会う(ありがち)
 ③生前はまっていた乙女ゲームの悪役令嬢の身体に魂を放り込まれる(←いまここ)
 ちなみにこの身体の持ちぬしだった悪役令嬢、エリカ・オルディスはというと、服毒自殺してお亡くなりになった。
 死んだエリカの身体に日生楓の魂が入り込んで、私は生き返ったというわけである。



   一


 私は死ぬ直前、とても浮かれていた。
 あの日は、私がドはまりしていた乙女ゲームアプリ『恋愛クライシス戦乙女いくさおとめ』の、大型アップデートの日だったから。
『恋愛クライシス戦乙女』こと『クラおと』は、恋愛あり、バトルあり、育成ありのシミュレーションRPGアールピージー。バトルや育成はやり込み要素満載なため、女子にはもちろん、男子にも人気があるゲームアプリだ。
 第一部の恋愛編がエンディングを迎えたあと、第二部のバトル編が幕を開けるという、乙女ゲームとしてはちょっと珍しい構成だった。
 今回の大型アップデートでは、マップに新しいエリアが追加されて、新たな敵と攻略対象がお披露目ひろめされる予定となっている。
 バイト帰りの私は、それを楽しみにしつつ信号待ちをしていた。耳にはイヤホンをつけて、『クラ乙』のサウンドトラックを聞きながら。
 思えば、それがよくなかったのかもしれない。
 頭はアップデートのことでいっぱいで、早く青に変わらないかと、目は信号に釘づけ。
 だから、トラックが不自然な動きで近づいてくることに、気づけなかったんだと思う。
 私の身体は、歩道に突っ込んできた大型トラックにね飛ばされて、近くの電柱に勢いよくぶつかった。
 身体中が痛くて、熱くて、すぐに意識は途絶え……次に気がついた時には、真っ白でなにもない空間にいた。
 そんな場所で目覚めたら、当然混乱する。
 パニックにおちいってあたふたしていると、声が聞こえてきた。

『あー、ちょっとごめんね?』

 ……っ!
 誰? なに、いまの声?
 私はあたりをキョロキョロと見回した。けれど、周りには白い空間が広がっているだけで、誰もいない。
 幻聴? いよいよ私の頭ヤバイ?
 なにかおかしなもの、飲みいしたっけ?
 もしかして、クスリ? 
 いやいや、そんな身体に悪そうなモノ絶対口にしてません! ……よね?

『あー、うんうん。してないよ。とりあえず、ちょっと落ちつこうか。〝リラックス〟』

 ワタワタする私の耳に、またどこからか声が聞こえてくる。すると、頭の中がスーとクリアになった気がした。

『えっと、まずはコンニチハ、かな』
「……はあ、こんにちは」
『ごめんね? 姿も見せずに話しかけて。でもいまのキミだと、ボクの姿を直視するだけで魂が壊れてしまうかもしれない。だから声だけで失礼するね? ――ボクは、キミたちが言うところの、神様という存在です。もしくは世界そのもの、かな? まあわかりやすく神様ってことにしとこうか。うん、神様です』
「神……さ、ま」

 私は聞こえてきた言葉を繰り返す。
 あれ? 結構驚愕きょうがくの事実を知らされた気がするけど、私、あんまり動揺してない?

『神様って言っても、キミのいた世界とはまた別の世界の神だけどね。「恋愛クライシス戦乙女」って知ってるよね? キミが夢中でプレイしていたゲームアプリ。アレとソックリ……というか、そのままを再現した世界の神です』

 ――『恋愛クライシス戦乙女』。
 その名称を聞いた私はまず、『アップデート!』と心の中で叫んだ。
 この状況で、なにより先にそれが頭に浮かぶとか、オタクのかがみですね!
 ってたぶん、混乱してちょっとおかしくなっているだけだけど。
 そんな私に、自称神様はさらなる爆弾を投下した。

『気の毒だけど、アップデートはあきらめてね。キミ、もう死んじゃってるから』

 はい? いまなんと?
 っていうか、私の考えてること読みとられてる!?

『よーく思い出してみてよ。バイト帰りに駅前の交差点で、歩道にトラックが突っ込んできたでしょ?』

 駅前? 歩道? トラック?
 私の頭の中には、確かにそれらの記憶があった。
 だからなのか、自称神様の言葉は不思議なほどストンと落ちてきて――
 あ、そっか、私死んだんだ。
 そう納得してしまった。

『うん、即死だったね。でね、確認なんだけど……キミ、子供の頃に古いおやしろのそばで、怪我をした白猫を助けたことあるでしょ?』
「猫? シロのこと?」

 自称神様が言っているのは、たぶんおばあちゃんが飼っていた猫のことだろう。
 おばあちゃんの家の近所に小さな古いおやしろがあって、私は幼い頃、そこで怪我をした白い子猫を見つけた。
 私はその子猫を家に連れ帰り、泣きながらおばあちゃんに助けを求めて、動物病院に連れて行ったことがある。
 その後、子猫は元気になってシロと名づけられ、おばあちゃんの家で飼われていた。

『うん、そのシロだよ。シロはね、実はキミの世界の神の使いだったんだ。で、キミの世界の神が、シロを救ってくれたお礼をしたいんだって。とはいえ、自分の世界でキミを生き返らせてあげることはできない。そこでボクのところに相談が来たってわけ。というわけで、キミをボクの世界で生き返らせてあげることになりました~』

 軽い。言い方、軽いって! ってか私の意思は!?
 いや、生き返らせてくれるなら、それはいいことなのか?
 私はまだ十九才。もっと生きたかったし、やりたいことだっていっぱいあった。
 だけど、急に「別の世界で生き返らせてあげます」とか言われても、複雑というかなんというか……

『この話は、ボクにとっても渡りに船だった。実はボク、ちょっと困っていてね。キミに助けてもらいたいんだ。ボクの世界は、上位世界にあったゲームをモデルにして作ったんだけど、未熟でまだ安定していない。バグもあるしね。だから発展をうながすために、ある期間を何度も繰り返しているんだ。あ、ちなみに上位世界っていうのはキミがいた世界のことだよ』

 ちょっと待って。つまり私が生まれ変わるのは、『クラ乙』の世界ってこと?
 でも、ある期間を繰り返してるって、どういう……?

『本題はここからだよ。このループは、今回でようやく最後にできる予定だった。だけど、絶対必要なキャラが自殺したおかげで、下手したら世界が壊れかねない状況なんだ。そこで、キミにお願いがある』

 なんだか嫌な予感しかしない。
 私はゴクリと唾を呑んで、次の言葉を待った。

『悪役令嬢のエリカ・オルディスになってほしいんだ』

 ……は?
『クラ乙』におけるエリカは、攻略対象である王太子の婚約者候補。しかも、最有力候補だった。
 けれど、ヒロインであるカノンが現れ、王太子はエリカを差し置いて彼女との仲を深めていく。それをたりにしたエリカはカノンをいじめまくるのだが、最後は断罪されて死刑になるという流れだ。
 カノンが王太子を攻略しなくても、エリカはなにか別の理由をつけて彼女をいじめるので結末は同じ。
 つまりエリカは、カノンがどのルートを選ぼうが、最後には必ずお亡くなりになるという、ある意味とってもお気の毒なキャラクターだ。
 そのエリカになれだって?

『いやあ、ちょっとした手違いっていうか……エリカが、カノンと王太子がイチャイチャしているところを目撃して、自殺しちゃったんだよね。だけど、エリカには本来あるべき時期まで生きていてもらう必要がある。そうしないと、世界が崩壊しかねないんだ』

 だったら、エリカを生き返らせればいいじゃない。
 神様なんだから、それくらいできるんじゃないの?

『もちろんできるよ。だけどそういうわけにはいかないんだ。実は、エリカの魂がかなり磨耗まもうしちゃっててさ。何度も……それこそ何百回と生まれ変わってはフラれて、最後には死刑になるっていうのを繰り返したからかな? まあ、魂が摩耗まもうした理由はなんであれ、そのまま蘇生そせいさせるのは流石さすがに可哀想だから、少し休ませてあげたいわけ。――ということで、キミには彼女の代わりに悪役令嬢になってもらうね』

 つまり本物のエリカの魂を休ませるために、代わりの魂が必要ってこと? だから私の魂を彼女の身体に放り込むって?
 ちょっと待て! そんなの流石さすがに勝手すぎないか!?
 全力でツッコミを入れるけれど、自称神様は私を無視して話を続ける。

『キミが生き返るのは、恋愛編が始まって、しばらく経った頃だね。カノンは順調に攻略を進めていて、ちょうどメイン攻略キャラのアーサー王太子といい感じになっているところだ。キミには、おわびにいくつかチートをつけておくから、あとはよろしく! あ、なんなら聖女になってもいいよ! も倒しちゃって!』

 待って待って待って! 倒すってどういうこと? いったいなにをどうすれば!?
 ってか私? 私が倒すの? その、バグってのを?
 そもそもバグってなに!?

『んー、とりあえずはエリカが生きていればいいかな。本来あるべき時期まで、彼女が世界に存在していることが大切なんだよ。悪役令嬢エリカ・オルディスは、それだけ重要なキャラなんだ。わかるでしょ?』

 まあ、確かに……エリカなしの『クラ乙』なんて考えられない。そんなのもう、『クラ乙』とは呼べないよ。
『クラ乙』では、恋愛イベントの七割にエリカが絡んでいる。彼女がいなければ、カノンがただイケメンたちとイチャイチャするだけのゲームになってしまうだろう。
 やっぱり邪魔者がいてこそ、カノンの恋が盛り上がるってもんでしょ。
 とはいえ、自称神様が言いたいのは、そういうことではないらしい。

『エリカ・オルディスの存在自体が、世界の基盤の一つなんだよ。エリカとカノン。この二人には、恋愛編の最後まで生きていてもらわなくちゃならない。でないと、世界が変質してしまう。というか、バグのせいですでに変質してきてるんだ。本来はエリカが自殺するなんて、絶対ありえないはずなんだよ』

 ふむふむ。えっ? で、バグってなんなの?

『その……ザザザ……原因こ、ザザ、が……バグ……ザザザザザ――』

 ん? なに?

『ザザ……さが……ザー……イレ……ザザザザ、ラー、恋愛ルー、ザザ……聖……ザザザザザザ……』

 え? ちょっと? さっきからノイズがすごくて聞こえないんだけど!

『ザザ……の変質を、ザザザ……最後までちゃんと終わらせて』

 後半ほぼ意味不明だし!
 なんとか自称神様の声を聞こうとするも、なぜか気が遠くなっていく。
 お礼とか言っておきながら、バッドエンドオンリーの悪役令嬢として生き返らせようだなんて、こいつ……絶対ロクなやつじゃない。神様というより悪魔だよ!
 私は自称神様にムカムカしているうちに意識を失い、エリカ・オルディスとして目を覚ましたのだった。


「しっかし体力なさすぎでしょ」

 エリカになって、一週間。
 王都にあるオルディス侯爵邸の自室で腹筋運動をしていた私は、肩でぜーはーと息をした。
 ベッドサイドに置いてあったコップに水を入れ、一気に喉へ流し込む。
 うっまい!
 ミネラルウォーターとか比べ物にならないね!

「ぷはあ!」

 手の甲でぐいっと口元をぬぐって、コップを持ったまま伸びをした。
 やっと軽い運動くらいならできるようになったけど、思い返せばこの一週間は大変だった。
 私がエリカの身体で目覚めたのは、彼女が服毒自殺して、自称神様が身体を蘇生そせいさせた直後。
 その時のしんどさったら、もう半端なかった。
 私の魂がエリカの身体に入った時には、一応体内の毒は除去されていたようだ。だから、すぐにまた死にました、ってことはなかったんだけど……
 頭痛に吐き気に目眩めまい
 一気に襲いくるそれらに、もう一度死ぬかと思いましたよ。ええ、ホントに。
 生き返らせるなら、きちんと健康体にしてほしい。
 中途半端なケアしやがって。
 おかげで、三日三晩ベッドで苦しむハメになった私。
 なんとか回復したと思ったら、今度は姿見で自分の姿を確認して、「あれ? 誰コレ?」と驚くことになった。
 私が知っているエリカの姿とは、あまりにも違ったのだ。
『クラ乙』のスチルで見たエリカは、悪役令嬢なだけあって結構な美人さんだった。
 ちょっとキツめな空色の目に、小ぶりな桜色の唇。軽くウェーブがかかった金髪は美しく、肌は白磁はくじのよう。
 胸はあんまりないけど、手足は長くてしゅっとしており、腰はしっかりくびれていた。
 が、しかし。が、しかし、だ。
 私が鏡で見たのは、ニキビづらの、ちょっとばかり残念なおデブさん予備軍のエリカだった。
 髪は美しく、顔立ち自体は確かに美人系だ。けれどこれでは、「誰コレ?」と思うのも無理はない。
 というわけで、ダイエットをすることにした。
 だって、せっかく美人さんになったんだよ?
 どうせこのまま生きていかなきゃならないんなら、楽しみたいし、素敵な彼氏も欲しい。
 もちろん、破滅エンドなんてもってのほかだ。
 全力で回避して、ハッピーな美人さんライフを送ってやる。
 そう意気込んではみたものの、いまのエリカの身体では、腹筋運動を二、三回するのがやっと。
 ベッドから起き上がれるようになって数日経つけれど、まずは体力をつけなければ話にならない。
 幸い、学園は長期休暇中。
 なので、この休み中にじっくり肉体改造に取り組もうと思う。
 ちなみに学園というのは、王立貴族学園のことで、エリカは現在一年生。
 この国――グレンファリア王国の貴族は、十五才からの二年間、この学園に通うことを義務づけられている。
 いまは、ちょうど一学期が終わったところで、夏休み中ってわけ。
 その時、コンコン、と控えめなノックの音がした。
 私は慌ててワンピースのしわを伸ばし、ソファに腰を下ろす。それからふう、と一息ついて、よそ行きの声を出した。

「どうぞ」

 私はグレンファリアの言葉でそう言った。
 日本語とはまったく違う言葉だけど、頭の中にはエリカの記憶があるので不便はない。

「失礼いたします。お嬢様、仕立屋が参りました」

 恐る恐る顔をのぞかせたのは、私つきの侍女リリーナ。
 地味なメイド服に、きっちり引っ詰めたお団子だんご頭。瞳は髪より少し明るい琥珀こはく色で、おく二重ぶたえの目は化粧のせいか、ややれぼったく見える。
 メイクをちょっと変えれば、かなり雰囲気がよくなると思うんだけどね。
 もったいない。
 この世界のメイクは、あまりイケてない。
 エリカの記憶によると、この世界の化粧品はずいぶん現代的だ。
 日本のものと名称や原料は違うけど、マスカラやつけまつげ、アイライナーだってある。
 ただ、道具があっても、技術がないっていうか……誰も彼もベタ塗りの厚化粧なのだ。
 ゲーム中に表示される一枚絵――ゲームスチルのエリカやカノンは目鼻立ちがはっきりしていたから、厚化粧でもそれなりにえるだろう。
 だけど、リリーナみたいなおく二重ぶたえの人が厚塗りすると、まぶたの厚さが余計に強調されちゃうんだよね。

「お、お嬢様……?」

 リリーナはいまにも逃げ出しそうなほどビクビクしながら、こちらの様子をうかがっている。
 おっと、しまった。つい、じっと見つめてしまっていたよ。
 私はなんでもない顔で「わかったわ。すぐに行きます」と言って、ソファから立ち上がった。
 彼女がこういう態度なのには理由がある。
 エリカ・オルディス侯爵令嬢が、それはもう、絵に描いたような悪役令嬢だったからだ。
 高飛車たかびしゃでプライドが高く、我儘わがまま
 しかもエリカはこの数ヶ月、ある出来事のせいでものすごく精神不安定だった。
 それこそ、自殺するほどに。
 不安定だった時期に、彼女は自分つきの侍女たちに当たり散らし、三人を辞めさせ、二人に逃げられている。
 代わりに雇われたのが、リリーナだ。彼女はエリカが自殺する三日前に、侯爵家にやってきた。
 本物のエリカと接触した三日間のせいで、最初は常にビクついていたけれど、最近はたまーに笑顔を見せてくれるようになってきた。
 とはいえ、基本的にはまだこうしてオドオド、ビクビクしている。
 なんとかいい関係を構築したいんだけどなぁ……
 前途多難なようですね、はい。



   二


「お寒くはないですか? お嬢様」
「大丈夫よ。ありがとうリリーナ」

 私がエリカに生まれ変わって、二週間が経つ。
 この日私は、侯爵邸の美しく整えられた庭で、午後の紅茶を飲んでいた。
 東屋あずまやのベンチにクッションを並べ、そこに身を預けながらティーカップを傾ける。
 優雅だ。日本人だった頃と比べたら、考えられない優雅さですよ。
 ただし、私の服装は優雅とは言いがたい。
 上はトレーナーっぽい生地の長袖。下は同じ生地のズボンで、すそは紐でしぼっている。
 侯爵家御用達ごようたしの仕立屋に無理を言って、わずか三日で作ってもらった運動着――スウェットだ。
 これに柔らかい布の靴をき、長い髪はポニーテールにしている。
 この二週間、私はリリーナとの関係改善に努めながら、部屋に引きこもって『クラ乙』の年表や人物相関図を作ったり、腹筋運動やスキンケアに取り組んだりしていた。
 その間に顔を合わせたのは、リリーナのみ。
 この世界に慣れるまでは、なるべく人と接触したくないからね。
 ちなみに、エリカの両親とも会っていない。
 オルディス侯爵家は、貴族の中でもかなり有力な一族だ。エリカの叔父おじは、グレンファリア王国の国教であるファルティアーサ神教会の教皇で、母は王族の血を引いている。
 そんな名門貴族の当主を務めるエリカの父、オルディス侯爵は、領地の本邸に住んでいる。
 母はエリカとともにここ、王都の別邸に住んでいたのだけれど、エリカが当たり散らすものだから、ノイローゼになってしまった。いまは静養のため田舎で暮らしている。
 元お嬢様の侯爵夫人には、すさみきったエリカの相手は荷が重かったらしい。エリカの記憶には、どんどんやつれていく母の姿が残っていた。
 そんな事情もあって、私はエリカの両親と積極的に関わろうとはしていない。
 彼らのほうも、あまりエリカと関わりたくないようで、見舞いにも来なかった。
 娘が自殺をはかったっていうのにその対応はどうかと思うけど、エリカの身体に入り込んでしまった私としては、本物の彼女をよく知る彼らがいないほうが、正直助かる。


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