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御曹司様の独白。
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初めてその姉弟に引き合わされたその時。
アルシェイドは「何故父はこんないかにも厄介なものを引き取ってきたのか」と疑問と不満から眉根を寄せた。
「……んむん」
いったいどんな夢を見ているのか、身体を丸めて眠るルーディンは奇妙な唸り声を洩らしながら、バッサリとつい先程アルシェイドがかけ直したばかりの掛布を腕を振って払いのけた。
かと思うと唇を楽しげにムニャムニャと動かして払いのけた掛布を腕の中に抱き込んでいる。
アルシェイドはベッドの端に腰を降ろしてその寝顔を見下ろしていた。
ーー可愛い。
と、胸の奥から自然にそんな感情が湧き上がってくる自分に苦笑する。
最初は、厄介者だと思っていた。
こんなものを近くに置いておけば大事な妹に悪影響を及ぼす。可及的速やかに男爵家に帰すべきだと。
でなければ他の家に預ければいい。
ハルトバレル候爵家に貸しを作りたがる家はいくらでもある。こんなものでも多少なり候爵家と繋がりを得たい家なら、喜んで預かりもするだろう。
いったい何をどうすればこんなにも気持ち悪い人間が出来上がるのかとさえ思っていた。
それも姉弟揃ってとなれば、よほど誤った育て方をしたとしか思えない。
その当時、10才になったばかりだという姉と、8才だという弟の姉弟はアルシェイドの目に、とにかく異質で気味の悪いもの、という風に映っていた。
アルシェイドはルーディンの顔にかかる乱れた栗色の髪を起こさぬように気づかう指先でゆっくりと払いのける。
わずかに触れたふっくらとした頬と、ムニムニと動くベビーピンクの唇に、視線が囚われる。
柔らかな肌が、羞恥に赤く染まる様を知っている。
珊瑚の色の小さな唇が快感に喘ぐ様を知っている。
その肌の柔らかさを手で、唇で触れた感触を知っている。
その唇の柔らかさを、温もりを、甘やかさを知っている。
はからずも目の前に落ちてきたご馳走を気づけば理性を彼方に放り出して貪り喰っていた。
身体の奥に、落ち着いていたはずの熱がまた昂ぶるのを、目を閉じて押し込める。
最初は同情であり憐憫だった。
庇護すべき者であり、見守るべき者だった。
それが妹のような存在になり、幼い少女が大人に近づくに連れて妹には見れなくなっていった。
日々強くなる独占欲に戸惑いもした。
彼女に近づく男に苛立ち、彼女が話しかけ、笑いかける男に時には怒りさえ覚えた。
はっきりと自覚したのはルーディンの成人の夜会の時だ。
成人の祝いくらいはと必要ないと渋るルーディンを父が少々強引に連れて行った。
他のデビュタントの少女たちと同じ白いドレスを着て、夜会のきらびやかさに目を輝かせて頬を林檎色に染める彼女の手を取りエスコートする自身の父親の姿を見て、何故あの場で、隣に立つのが自分ではないのかと憤り、彼女とファーストダンスを踊った実の父親に嫉妬した。
嫉妬している、と自覚した瞬間に自身の気持ちもまたはっきりと自覚したのだった。
自覚したその時から、アルシェイドは自分の気持ちを隠してはいない。
が、ルーディン本人に言葉として伝えるには、自分たちはあまりにも近すぎた。
出会ってから自分の気持ちを自覚するまでに6年ーーそれからさらに2年。
主家の坊ちゃんと使用人として。
家族同然の関係として。
恋だとか愛だとかいう関係ではないが、自分のたった一言で壊してしまうかも知れないと思えば、それはあまりにも居心地が良すぎて。
また相手がルーディンというのも問題だった。
とにかく、いざ愛の告白をしようにもそれができる雰囲気にならない。
頑張ってみたことも数え切れないほどあるが、わざとかと言いたくなるほど多少甘い、あるいは真剣な雰囲気になりかけても見事にぶち壊される。
実は気づいていて遠回しに拒まれているのかと疑ったこともあるが、どうもそういうわけでもなさそうで。
好き嫌いでいうなら好かれているらしくはある。
そこでまず男として意識させようと強引に名を愛称で呼ばせてみたりスキンシップを過剰にしてみたり、気持ちを全面に押し出してベタベタに甘やかそうとしてみたり。
自分を氷の貴公子などと呼んで勝手に憧れてくる令嬢たちが見ればポカンと口を開けて絶句するだろうほどに無様に態度で気持ちを散々示し続けて。
家人には家族からメイドから庭師から思い人の弟まで、ルーディン以外の全員に溺愛だと知られているのに、何故か本人にだけは伝わらない。
いい加減周囲からは「ヘタレ」という目で見られ、親からは「そろそろ結婚の申し出を断り続けるのも面倒」と愚痴られ、可愛い妹からは「貴族女性は18で結婚してなければ嫁き遅れと呼ばれますのよ。お兄様ご存知?」とプレッシャーをかけられ、流石に一念発起していざプロポーズをと決意した矢先ーー気持ちを繋げる前に身体だけを繋げてしまった。
しかも事後のベッドの様子をメイドに見られてしまったおかげで周囲にもバレバレである。
自分が情けなすぎて、泣ける。
アルシェイドは盛大にため息をついてベッドから立ち上がった。
そもそも未婚の使用人の部屋に本人が寝ている中で入り込むというのは褒められた行為ではない。
様子を見ようと覗いて見ればぐっすり眠っていたのでついそばに寄ってしまった。
部屋のランプがついていないからつけておいてやらないと、と自分で自分に言い訳をして。
ルーディンは暗闇を怖がる。
いつも夜は寝ている間もランプは必ずつけたままにしていて。だから起きた時、外が暗くなっていても大丈夫なように、と。
言い訳を肯定するために窓際に置かれたオイルランプに火を灯し、アルシェイドは部屋を出た。
部屋を出て、自室に戻る廊下の途中でちょうど魔女の庵から帰ってきたのだろう外出着のレニーとかち合い、微妙な気まずさからそっと目を逸らした。
アルシェイドは「何故父はこんないかにも厄介なものを引き取ってきたのか」と疑問と不満から眉根を寄せた。
「……んむん」
いったいどんな夢を見ているのか、身体を丸めて眠るルーディンは奇妙な唸り声を洩らしながら、バッサリとつい先程アルシェイドがかけ直したばかりの掛布を腕を振って払いのけた。
かと思うと唇を楽しげにムニャムニャと動かして払いのけた掛布を腕の中に抱き込んでいる。
アルシェイドはベッドの端に腰を降ろしてその寝顔を見下ろしていた。
ーー可愛い。
と、胸の奥から自然にそんな感情が湧き上がってくる自分に苦笑する。
最初は、厄介者だと思っていた。
こんなものを近くに置いておけば大事な妹に悪影響を及ぼす。可及的速やかに男爵家に帰すべきだと。
でなければ他の家に預ければいい。
ハルトバレル候爵家に貸しを作りたがる家はいくらでもある。こんなものでも多少なり候爵家と繋がりを得たい家なら、喜んで預かりもするだろう。
いったい何をどうすればこんなにも気持ち悪い人間が出来上がるのかとさえ思っていた。
それも姉弟揃ってとなれば、よほど誤った育て方をしたとしか思えない。
その当時、10才になったばかりだという姉と、8才だという弟の姉弟はアルシェイドの目に、とにかく異質で気味の悪いもの、という風に映っていた。
アルシェイドはルーディンの顔にかかる乱れた栗色の髪を起こさぬように気づかう指先でゆっくりと払いのける。
わずかに触れたふっくらとした頬と、ムニムニと動くベビーピンクの唇に、視線が囚われる。
柔らかな肌が、羞恥に赤く染まる様を知っている。
珊瑚の色の小さな唇が快感に喘ぐ様を知っている。
その肌の柔らかさを手で、唇で触れた感触を知っている。
その唇の柔らかさを、温もりを、甘やかさを知っている。
はからずも目の前に落ちてきたご馳走を気づけば理性を彼方に放り出して貪り喰っていた。
身体の奥に、落ち着いていたはずの熱がまた昂ぶるのを、目を閉じて押し込める。
最初は同情であり憐憫だった。
庇護すべき者であり、見守るべき者だった。
それが妹のような存在になり、幼い少女が大人に近づくに連れて妹には見れなくなっていった。
日々強くなる独占欲に戸惑いもした。
彼女に近づく男に苛立ち、彼女が話しかけ、笑いかける男に時には怒りさえ覚えた。
はっきりと自覚したのはルーディンの成人の夜会の時だ。
成人の祝いくらいはと必要ないと渋るルーディンを父が少々強引に連れて行った。
他のデビュタントの少女たちと同じ白いドレスを着て、夜会のきらびやかさに目を輝かせて頬を林檎色に染める彼女の手を取りエスコートする自身の父親の姿を見て、何故あの場で、隣に立つのが自分ではないのかと憤り、彼女とファーストダンスを踊った実の父親に嫉妬した。
嫉妬している、と自覚した瞬間に自身の気持ちもまたはっきりと自覚したのだった。
自覚したその時から、アルシェイドは自分の気持ちを隠してはいない。
が、ルーディン本人に言葉として伝えるには、自分たちはあまりにも近すぎた。
出会ってから自分の気持ちを自覚するまでに6年ーーそれからさらに2年。
主家の坊ちゃんと使用人として。
家族同然の関係として。
恋だとか愛だとかいう関係ではないが、自分のたった一言で壊してしまうかも知れないと思えば、それはあまりにも居心地が良すぎて。
また相手がルーディンというのも問題だった。
とにかく、いざ愛の告白をしようにもそれができる雰囲気にならない。
頑張ってみたことも数え切れないほどあるが、わざとかと言いたくなるほど多少甘い、あるいは真剣な雰囲気になりかけても見事にぶち壊される。
実は気づいていて遠回しに拒まれているのかと疑ったこともあるが、どうもそういうわけでもなさそうで。
好き嫌いでいうなら好かれているらしくはある。
そこでまず男として意識させようと強引に名を愛称で呼ばせてみたりスキンシップを過剰にしてみたり、気持ちを全面に押し出してベタベタに甘やかそうとしてみたり。
自分を氷の貴公子などと呼んで勝手に憧れてくる令嬢たちが見ればポカンと口を開けて絶句するだろうほどに無様に態度で気持ちを散々示し続けて。
家人には家族からメイドから庭師から思い人の弟まで、ルーディン以外の全員に溺愛だと知られているのに、何故か本人にだけは伝わらない。
いい加減周囲からは「ヘタレ」という目で見られ、親からは「そろそろ結婚の申し出を断り続けるのも面倒」と愚痴られ、可愛い妹からは「貴族女性は18で結婚してなければ嫁き遅れと呼ばれますのよ。お兄様ご存知?」とプレッシャーをかけられ、流石に一念発起していざプロポーズをと決意した矢先ーー気持ちを繋げる前に身体だけを繋げてしまった。
しかも事後のベッドの様子をメイドに見られてしまったおかげで周囲にもバレバレである。
自分が情けなすぎて、泣ける。
アルシェイドは盛大にため息をついてベッドから立ち上がった。
そもそも未婚の使用人の部屋に本人が寝ている中で入り込むというのは褒められた行為ではない。
様子を見ようと覗いて見ればぐっすり眠っていたのでついそばに寄ってしまった。
部屋のランプがついていないからつけておいてやらないと、と自分で自分に言い訳をして。
ルーディンは暗闇を怖がる。
いつも夜は寝ている間もランプは必ずつけたままにしていて。だから起きた時、外が暗くなっていても大丈夫なように、と。
言い訳を肯定するために窓際に置かれたオイルランプに火を灯し、アルシェイドは部屋を出た。
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