(元)引きこもりダンジョンマスターが異世界生活をやり直してみた件

黒田悠月

文字の大きさ
12 / 32
ローウィル子爵領

その11

しおりを挟む
 獣魔は丘に向かう途中で道を逸れたようだ。

 俺は風の聖霊に導かれるまま道を逸れ、籔の中に入っていく。

 ーーちょうどいい。

 丘だと一番最初に捜索隊がやってくるだろうからな。

 腰まである深い籔のなかを掻き分けざくざく進んで行く。
 風の聖霊が逐一獣魔の動きを教えてくれるから迷うことなく進める。
 たぶん出来るだろうと思ってやってみたけど便利だな、これ。
 応用すればダンジョン内での魔物の動向も捉えられるんじゃないか?

「……っと、いた」

 なるほど、村の子供が不用意に近付いてしまったのも分かる。
 元が子兎だったのか、獣魔化しているわりにはサイズが小さい。
 見た目もあんまり変わんないな。
 これだと捜索隊は見付けるのに苦労したかも知れない。

 そいつは耳をピンと立てて立ち止まっていた。
 辺りを警戒しているのか、それとも餌を探しているのか。

 獣魔はあまり人間や他の動物を警戒しない。
 凶暴化している分、理性や警戒心は薄まるようだ。
 ただ、元が警戒心の強い動物だと本能的なものなのか、多少残ることがある。

 どうしようか。

 兎はもともと非常に臆病な動物だ。
 このまま近付いて逃げられても面倒。
 探すのは簡単だが、時間がかかると捜索隊が来るだろうな。

「一か八か……」

 ゴチャゴチャ考えるのはやめだ。
 逃げられたのなら今回はあきらめて捜索隊に任せればいい。

 そう割り切って、獣魔の前に出る。

 俺が飛び出した途端、獣魔は牙を剥き出しにして威嚇してくる。
 その牙の長さと鋭さは兎には不似合いなものだ。
 逆立った毛の隙間から黒く太い針のように尖った新たな毛が生えてくる。
 真っ赤な両目からは、夥しい黒いコールタールみたいなドロリとした体液が溢れた。

「いいぞ」

 ーー逃げるな。
 襲ってこい。

 左手を上着のポケットに突っ込み中に入っているものを握りしめ、

「……頼むぜ、相棒」

 取り出したそれを右手の小指に嵌めた。

 それは銀色の細かい螺旋の意匠が刻みこまれた指環。
 俺が唯一過去に持ち帰った自分の手で作り上げたアイテム。
 埋め込まれた小さな石は今は闇の色。

「『ブラックカーテン』」

 イメージを明快にするために声に出して発動させる。
 ずん、と重力が増したみたいに身体が重くなる。

 がつがつと削られる魔力。

 冷や汗が身体中を流れ出ているのがわかる。

「……きっつ」

 獣魔に襲われる前に力尽きそうだ。

「早く……っ来いっての!」

 八つ当たりぎみに足下の石を蹴った。

 俺が蹴飛ばした石は兎の鼻先を掠めて近くの木の根にぶつかって跳ねる。
 大きく一度跳び跳ねた小さな身体がまっすぐに俺に向かってくる。

「単純なんだよっ!」

 挑発したらまっすぐに突進してくる。
 こういうところは獣魔も獣も魔物も同じ。

 俺はただ右手を前に出した。
 向かってくる兎の小さな身体に、手を。

「喰らい尽くせ」

 手の中に漆黒の小さな布切れが現れる。
 そのサイズは30センチ四方。
 これが今の限界だ。

 獲物を小さな兎だと聞いてなかったらとても試す気にはならなかった。
 けどダンジョンに入る前に一度試したかったのも事実。

 小さな黒い布は飛びかかってきた小さな生き物を包み込み、呑み込んだ。

「……っ」

 膝が折れる。
 全身を襲う倦怠感。

 だが、同時に。

 急速に入ってくる何か。

 俺が発動した『ブラックカーテン』は呑み込んだ生物の全てを喰らう。
 そのモノの命そのもの。

 生命力。
 魔力。
 スキル。

 それが持っている全て。

 喰らって、喰らい尽くす。

「……だーっ!疲れるっっての!」

 転がって両手を拡げて空を見上げる。
『ブラックカーテン』はすでに消えている。
 喰らった兎ごと。

 きれいさっぱり。

 小指に嵌めた指環の小さな石が色をなくしていく。
 喰らった獲物の全てを俺に捧げて。

 削られたはずの魔力が戻るのを感じる。
 喰らった獲物の命が俺の中に入ってくるのがわかる。

「はは、獣魔も案外役に立つな」

 昔は魔物でさえない獣魔の生命力なんか対して力にならないと喰らう気にもならなかったけど。

 自分に力がない状態だとこんなにも違うものか。

 レベルが一気に10以上上がった感じか?

 自分の身体が変化したのが転がっていてもなんとなくわかる。
 力がみなぎっているとでもいう感じ?

 試しに側に落ちている小石を拾って握ってみる。

 ……。

 やっぱまだムリでした。
 握り潰すくらい今なら出来そうな気がしたんだけどな。

 俺は小さく罅の入った小石をポイッと放り投げた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~

空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。 もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。 【お知らせ】6/22 完結しました!

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...