出稼ぎ公女の就活事情。

黒田悠月

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旅立ちは突然に。

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 お嬢様……ってわたしのことよね?
 
 ズキンズキン、胸が痛い。
 わたしは着ていたブラウスの胸元をぎゅっと握り締める。

「止めて。そんな言い方しないで」 

 少し怒ったような、困ったような声は、アンナ。

「私は自分の意思でお嬢様にお仕えしているの。口出ししないでよ」
--そういう約束だったでしょう?

 カタン、と椅子から立ち上がる音がした。

「もう仕事に戻らないと。あなたも--っ」

 アンナの言葉の続きを遮るように激しい足音ともつれ合うような音。
 ギシギシガタガタと鳴る軋んだ床の音に、わたしはまさか乱暴されているのではと怖くなる。
 そんな人には見えなかったけど、でも言い合いをしていたのは確か。

 わたしはドアノブに手をかけて、けれどもまた聞こえてきた声にその手を止めた。

「だったらいつになったら俺たちは結婚できるんだ!俺だってずっと待ってきたし我慢もしてきたよ。けどこのままだといつまで待っても変わらない!俺は君と一緒になりたい。君と一緒に暮らしたいんだ」

 真剣で、誠実な声。
 扉ごしでもわかる、嘘のない声。

 わたしは心臓を鷲掴みにされた気がした。 
 息苦しくて、喉の奥で喘ぐ。


 わたしはなんてことを。

 わかっているつもりで、何にもわかっていなかった。

 アンナにはアンナの生活がある暮らしがある。
 アンナには自分の人生がある。
 だから、いつまでも頼りきりではいけないと、わかってはいるつもりだった。

 そもそもアンナは仕えていると言ってくれたけれど、王城にいた頃はともかく、出稼ぎに出ると飛び出してからはお給金なんてまともに払えていない。 
 たまに余裕のある時に「いつもありがとう」とお礼とともにお小遣い程度のお金を封筒に入れて枕元に置いておいたり(直に渡そうとすると、受け取ってくれないから)市で見つけた可愛いお揃いの髪飾りをプレゼントしたり。

 主人だなんて胸を張って言えることは何もしていない。


 最初はある程度お金を稼いで、国に帰ったらお父様にお願いして良い嫁ぎ先を紹介してもらおうと思っていた。
 わたしは貧乏公国の嫁き遅れ公主だけれど、それでも公主であることには違いない。しかも大国フランシスカの王族と血縁がある。

 わたし自身にはなんの価値もないけど、わたしの血筋には価値がある。

 だから、国に帰ったらその価値をできるだけ高く買ってくれる男性のもとに嫁ごうと思っている。
 家族も、フランシスカの王妃様も、お義兄様も皆身分や血筋だけを目当てに寄ってくる輩には嫁がせるわけにはいかないと、反対するけれど。
 その反対があったから余計にわたしの婚期が遅れ続けたのだけれど。

 お父様ほど年上でもいい。
 太っていても、多少顔の作りが残念でもいい。
 わたしを大事にしてくれなくてもいい。

 できるだけ高く買ってくれるなら。
 本当は出稼ぎに来る前にそうしておくべきだったのだ。

 けれど、わたしは最後に自由がほしいと思ってしまった。
 誰かにわたしの価値を買ってもらうその前に。
 つかの間の自由がほしいと。


 結局は全部わたしのただの我が儘。
 弟たちのためだなんて言い訳。
 それに付き合ってくれたアンナには、せめてたくさんの持参金を渡して、いい人に嫁いでもらおうと思っていた。

 でもそんなのはわたしの勝手な思い。
 アンナはわたしが馬鹿げたお節介をしなくてもちゃんと自分で素敵な人を見つけていた。

 なのに、わたしのために……。
 わたしは扉から離れ、そっと外へ歩き出した。

 その日から、住み込みの仕事を探すようになった。 
 できるだけ早く、アンナをわたしから解放できるように。

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