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旅立ちは突然に。
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わたしはトランクケースを引きずりながら、街を歩く。
わたしが働いていたお邸は貴族街でも外れに近い場所に位置していた。
立派なお邸だったけれど、下位貴族ならそんなものだ。
貴族街でも一等地にあたる高台の上に邸を構えるのはごく一部の高位貴族だけ。
おかげでしばらく歩くだけで庶民街へ続く橋が見えた。
フランシスカの王都は真四角の形をしている。
地形の問題もあるので完成な四角ではないけど概ねそう。
中心の北側に王宮と神殿があり、それを内壁と掘が囲んでいる。それを下向きにしたコの字型に貴族街が囲む。中心に近い場所ほど高台になっていて、その付近には高位の貴族--公爵だとか、侯爵という地位の方々のお邸が並ぶ。その貴族街を掘が囲み、掘の外側、庶民街へは3つある橋からしか渡れない。
いえ、逆ね。
庶民街に住む平民や一部の下位貴族がそこを通してしか入れないようにそのような造りになっている。
わたしは橋を渡って庶民街に並ぶ色とりどりの屋根を見上げた。
フランシスカの国民性なのか、この国には色が多い。屋根にも壁にも柔らかい色彩の色が塗られていて見ていて楽しい。
いつもなら。
この景色を見るだけで、落ち込んでいる時も少しだけ楽しい気持ちになれるはずなのに、今のわたしの目にはその色彩さえくすんで見える気がした。
「……まずは宿探しからね」
できるだけ安くて安全な宿。
フランシスカの治安はいい方だけれど、それでも女一人では安ければなんでもいいというわけにはいかない。
「とりあえず銀の雛亭に行ってみようかしら」
フランシスカに来てアンナと共にしばらく滞在していた宿。
とっても気のいい女将さんが切り盛りしている宿だから、あそこなら女一人でも安心できる。
「悪いけど」
女将さんは気の毒そうな顔でふっくらとした頬に手をあてながらそう言った。
「今日は団体さんが入ってるんだよ。その人たちは明日には出るから、明日からは大丈夫なんだけどね。……けどリディアちゃん、住み込みの仕事始めたんじゃなかったのかい?」
女将さんの言葉に、わたしはうぐ、と答えを言い淀む。そうだったついこの間、新しい仕事の報告とお祝いをここでしたんだったわ。
このお宿『銀の雛亭』は食堂も兼ねている。
朝昼は宿のお客さんだけだけれど、夜は食堂兼酒場として開けているのだ。
今日みたいに団体さんが入っている日だと、予約で開けていない日もあるけれど。
「……その、色々ありまして」
わたしは頬に熱が集まるのを意識しながらボソボソと答えた。
うう、恥ずかしいは情けないはで目を合わせられない……。
「そうかい」
女将さんとはそれなりに長い付き合いだし、わたしがよく仕事をクビになってヤケジュースをグビ飲みしているのも知っている。
色々だけで、しっかり悟ってくれたみたい。
--わたしがまたクビになったのだと。
「泊めてあげたいんだけど、どうにも部屋が全部埋まっててねぇ。本当は1日くらいならあたしの部屋に予備のベッドを入れてあげてもいいんだけど、今日のお客さんはちょっと……難しい人たちだからねぇ」
女将さんは宿の3階が自宅になっている。
女将さんと10になる娘さんとわたしはまだ会ったことのない厨房の板前さんらしい旦那さんの三人暮らし。
「いえ、大丈夫です。他を探してみますから」
わたしは慌てて首を振る。
あんまり申し訳なさそうにされてしまって、なんだかこっちこそ申し訳ない。
「明日はお願いできますか?たぶん数日はお世話になると思うんです」
「もちろんさ。今日のお詫びに朝食にはデザートをつけさせるから楽しみにしておいで」
「ありがとうございます。楽しみにしてますね」
と、頭を下げた時だった。
ふいに背後に何か、人の気配らしきものを感じたと思えば、「すん」と鼻を嗅ぐ気配と、わずかな呼気が首筋に触れて、わたしは驚愕に飛び上がりそうになった。
わたしが働いていたお邸は貴族街でも外れに近い場所に位置していた。
立派なお邸だったけれど、下位貴族ならそんなものだ。
貴族街でも一等地にあたる高台の上に邸を構えるのはごく一部の高位貴族だけ。
おかげでしばらく歩くだけで庶民街へ続く橋が見えた。
フランシスカの王都は真四角の形をしている。
地形の問題もあるので完成な四角ではないけど概ねそう。
中心の北側に王宮と神殿があり、それを内壁と掘が囲んでいる。それを下向きにしたコの字型に貴族街が囲む。中心に近い場所ほど高台になっていて、その付近には高位の貴族--公爵だとか、侯爵という地位の方々のお邸が並ぶ。その貴族街を掘が囲み、掘の外側、庶民街へは3つある橋からしか渡れない。
いえ、逆ね。
庶民街に住む平民や一部の下位貴族がそこを通してしか入れないようにそのような造りになっている。
わたしは橋を渡って庶民街に並ぶ色とりどりの屋根を見上げた。
フランシスカの国民性なのか、この国には色が多い。屋根にも壁にも柔らかい色彩の色が塗られていて見ていて楽しい。
いつもなら。
この景色を見るだけで、落ち込んでいる時も少しだけ楽しい気持ちになれるはずなのに、今のわたしの目にはその色彩さえくすんで見える気がした。
「……まずは宿探しからね」
できるだけ安くて安全な宿。
フランシスカの治安はいい方だけれど、それでも女一人では安ければなんでもいいというわけにはいかない。
「とりあえず銀の雛亭に行ってみようかしら」
フランシスカに来てアンナと共にしばらく滞在していた宿。
とっても気のいい女将さんが切り盛りしている宿だから、あそこなら女一人でも安心できる。
「悪いけど」
女将さんは気の毒そうな顔でふっくらとした頬に手をあてながらそう言った。
「今日は団体さんが入ってるんだよ。その人たちは明日には出るから、明日からは大丈夫なんだけどね。……けどリディアちゃん、住み込みの仕事始めたんじゃなかったのかい?」
女将さんの言葉に、わたしはうぐ、と答えを言い淀む。そうだったついこの間、新しい仕事の報告とお祝いをここでしたんだったわ。
このお宿『銀の雛亭』は食堂も兼ねている。
朝昼は宿のお客さんだけだけれど、夜は食堂兼酒場として開けているのだ。
今日みたいに団体さんが入っている日だと、予約で開けていない日もあるけれど。
「……その、色々ありまして」
わたしは頬に熱が集まるのを意識しながらボソボソと答えた。
うう、恥ずかしいは情けないはで目を合わせられない……。
「そうかい」
女将さんとはそれなりに長い付き合いだし、わたしがよく仕事をクビになってヤケジュースをグビ飲みしているのも知っている。
色々だけで、しっかり悟ってくれたみたい。
--わたしがまたクビになったのだと。
「泊めてあげたいんだけど、どうにも部屋が全部埋まっててねぇ。本当は1日くらいならあたしの部屋に予備のベッドを入れてあげてもいいんだけど、今日のお客さんはちょっと……難しい人たちだからねぇ」
女将さんは宿の3階が自宅になっている。
女将さんと10になる娘さんとわたしはまだ会ったことのない厨房の板前さんらしい旦那さんの三人暮らし。
「いえ、大丈夫です。他を探してみますから」
わたしは慌てて首を振る。
あんまり申し訳なさそうにされてしまって、なんだかこっちこそ申し訳ない。
「明日はお願いできますか?たぶん数日はお世話になると思うんです」
「もちろんさ。今日のお詫びに朝食にはデザートをつけさせるから楽しみにしておいで」
「ありがとうございます。楽しみにしてますね」
と、頭を下げた時だった。
ふいに背後に何か、人の気配らしきものを感じたと思えば、「すん」と鼻を嗅ぐ気配と、わずかな呼気が首筋に触れて、わたしは驚愕に飛び上がりそうになった。
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