出稼ぎ公女の就活事情。

黒田悠月

文字の大きさ
14 / 86
旅立ちは突然に。

14

しおりを挟む
--『リル』?

 シルルが開いた扉の向こう。
 大きな楕円形のクッションに寝そべる姿に、わたしは目を見張った。

 フワフワとした銀色の体毛。
 ピンと尖った獣の耳。
 ふんわりとクッションに広がった柔らかそうな尻尾。

 その姿は『リル』が大きく成長したらきっと、とわたしが思い描いていた姿と驚くほど同じで。
 わたしはそんなこと、と頭の中で否定しながら、でも もしかしたら--。
 そう思ってしまった。

 その期待は『彼』が頭を上げてわたしを見たことで、あっという間に萎んでしまったけれど。

--藍色がかった銀色の瞳。

 違う。
『リル』の瞳はもっと深い海の色だった。
 濃い青の瞳。

『リル』じゃない。
 がっかりとしつつも、どこかでホッとしてしまう。
 何故ならわたしは--。


「隊長!さっき話した女の子だよ!」

 明るいシルルの声に、ハッとして「あ、あのリディアです」と頭を下げた。

 あれ?
 わたし、そんなに様子がおかしかったのかしら。

 なんだかじっと見られている。


 鋭い眼孔に見つめられているとぎゅ~っと緊張が押し寄せてくる。

 キレイで、鋭くて、少しだけ怖い瞳。
 でもその瞳がわずかに細められて、目尻が下がると優しい印象が加わる。

 あまりに見つめられるから、心臓がドキドキしてしまう。

 どうしよう。
 わたし、いま赤くなっているかも。

「……リディア」 

 と、落ち付いた声音がわたしの名を呼ぶ。
 するとわたしの心臓は余計に早くなる。 

 わたしは落ち着かない鼓動と熱を帯びる頬を隠すように視線を下げた。
 下げた視線の先に、クッションの脇に用意されたブラシがあった。

 目の粗い固めのブラシが一つ。
 細い柔らかな毛の束をいくつもまとめたブラシ。

 あ、『リル』の時と同じ。

『リル』をブラッシングする時も同じような二種類のブラシを使い分けていた。
 そのことを思い出すと、不思議に少し鼓動が収まった気がした。

「あの」

 わたしはゆっくりと彼に近づいていく。

「触れても、いいですか?」

 彼は少し驚いたように耳を震わせる。
 けれどすぐに頭をクッションに下ろして身体の力を抜いてくれた。

 それでわたしは彼の傍らに膝をついてそっとその背に触れる。

 フワフワとした感触に、懐かしさが溢れてくる。
触れた感触も『リル』と同じ。

『リル』も彼も同じ狼だからだろうか。

 わたしはまず首の付け根をマッサージするように軽く揉んでいく。
『リル』にしていたように。
『リル』が喜んでくれたように。

 それからゆっくりと手のひらで背を撫でる。
 リラックスしてもらえるように。
 優しく、優しく。

 首筋から背中、伏せた尻尾が緩やかに揺れるのを見て、耳の縁を指の腹で軽く力を入れてかく。
 
『リル』
『リル』

『リル』はこうしているといつの間にか瞳を閉じて小さな寝息を聞かせてくれた。
 大人だからか、寝息までは聞こえて来ないけれど、藍色がかった銀の瞳は閉じている。
 まぶたにかかった銀色の睫。

 わたしは次に固めのブラシでそっとほつれをほぐしていく。
 最後に柔らかいブラシで毛の流れを整えて、手のひらで撫でる。
 
「……終わりました」

 頭がボーッとしていた。
 懐かしさや心地よさやほんの少しの寂しさや。
 いろんなものが頭の中でごちゃ混ぜになっている気分。


 ぼうっとしているわたしの頬に大きな手のひらが触れた。

 目の前にいるのはシーツをまとった大人の男の人。
 日に焼けた肌に銀糸の肩に流れ落ちる髪、透き通った銀色の瞳。わずかにその奥に藍色が潜んでいる。

 薄くて形のいい唇が開いて、

「リディ」

 と、わたしの名を、愛称で呼んだ。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

前世で私を嫌っていた番の彼が何故か迫って来ます!

ハルン
恋愛
私には前世の記憶がある。 前世では犬の獣人だった私。 私の番は幼馴染の人間だった。自身の番が愛おしくて仕方なかった。しかし、人間の彼には獣人の番への感情が理解出来ず嫌われていた。それでも諦めずに彼に好きだと告げる日々。 そんな時、とある出来事で命を落とした私。 彼に会えなくなるのは悲しいがこれでもう彼に迷惑をかけなくて済む…。そう思いながら私の人生は幕を閉じた……筈だった。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

私の手からこぼれ落ちるもの

アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。 優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。 でもそれは偽りだった。 お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。 お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。 心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。 私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。 こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら… ❈ 作者独自の世界観です。 ❈ 作者独自の設定です。 ❈ ざまぁはありません。

処理中です...