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謙虚、控えめに生きましょう。
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お母様よ、娘が可愛いならちゃんと貴族令嬢としての常識と礼節というものを教えておいていただきたかった。
って私も悪いんだけどね。
わかってるけども。
だけどもよ?
何代目かまでの家庭教師はちゃんと貴族の常識も礼節もしっかり教えようとしてくれていた。
それを右から左に聞き流していたのは私だ。
どころか歴代の家庭教師たちがしっかり教育しようとすればするほど「怒ってばかりで怖い」とか、「教え方が解りにくい」とか、「姉さまばっかりひいきする」とか訴えてクビにしてきた。そうでない教師は私の我儘っぷりに匙を投げて辞めていき……最後に残ったのは高い賃金をもらってひたすら煽て、媚へつらう給金泥棒だけ。
おかげ様で私はとってもダメな娘でありんすよ。
貴族の令嬢として最低限の知識も礼儀も挟持もないと思う。
だからこそたかだか子爵家の令嬢の分際で本物の王子様相手に平気で特攻したり自分より高位のご令嬢相手に嫌がらせを自作自演したりができたのよ。
アホすぎる。
「…………はへ」
ばふん、と仰向けに寝返りを打って盛大なため息をついた。
モンターニュ子爵家の自室のベッドは天蓋つきのいわゆるお姫様ベッドだけれど、保健室のベッドにそんなものはついていない。
見上げて見えるのは天井と吊り下げられた小さなガラス細工が連なったシャンデリア。
「さすがはお金持ち(貴族)の通う学校だわ。保健室にシャンデリア……」
こんなところにまで無駄な装飾をつけなくとも、白熱灯でいいじゃない。とか、ぼんやり思ってしまう。
この世界、白熱灯はないけどね。
派手に階段落ちをして意識はあるけれど立ち上がりはできなかった私は、騒ぎを聞いてやってきた教師2名に担架に乗せられて保健室に運ばれた。
保険医の診断では頭にどでかいタンコブができていたとか。あとは手や膝の細かい裂傷と全身の打ち身。
すぐに立ち上がれなかったのは軽い脳震盪を起こしたのだろうとのこと。
保険医は頭のキズにだけ治療術式を施すと「しばらく寝ていなさい」とだけ言って外に出て行った。
怪我人をおいて出ていくなんて立派な職場放棄じゃない!しかも治療だって中途半端で!!あの保険医、私が殿下の婚約者になったら絶対クビにしてやるんだから!
――なんて、これまでの私だったらブチ切れだったんだろうなぁ……。
キラキラと蝋燭の灯りに煌めくシャンデリアを眺めながらそんなことを思う。
実際には私が殿下の婚約者なんてありえないし、たとえ何かの間違いで婚約者に選ばれたとしても、それで保険医をクビにできる権限が与えられるわけでもない。
それに――保険医の態度も今となれば無理はないとわかるのだ。
私は自作自演で派手に転んだり浅い池に落ちたりポットを倒して湯を手に浴びたり、なんてことをしてきた。
そのたびに肘や膝に擦り傷ができたとか、ちょっぴり手が赤く火傷した、とかで保険室に駆け込んでは大騒ぎしてきたもの。
私的には上手くヤラれたフリをしているつもりだったけれど、さっきの階段での様子からしても、実は自作自演なのはバレバレだったみたいだし。
階段落ちして倒れてるのに見事に周りにいた誰も心配も助けもしなかったものね。
教師が来るまで、生徒たちは皆遠巻きに見ているだけだった。しかもまたやってるよ、って感じの呆れた目を向けて。
「…………あ、ははっ。終わってるわ、コレ」
私は頬を引つらせ、乾いた笑いをこぼす。
終わってる。
貴族の令嬢としてはもはや崖っぷちどころか転落している。
私みたいな下位貴族の、しかも跡継でもない令嬢の求められた役割は少しでも家の役に立つ相手に嫁ぐことだ。
だけれど今の私の評判は学院内で完全にマイナス。
入学当初は見た目に惑わされて寄ってきていた男子生徒たちもとっくに離れて久しい。
この先、この状況でまともな嫁ぎ先が見つかるはずがない。そうなると私の未来って、厄介払いで勘当で平民落ちか修道女か若けりゃなんでもいいってエロ爺の後妻か妾か……。とにかくろくでもないことだけは確かである。
よし、と、とりあえず少しでも軌道修正をしましょう。
ひとまず勘当で平民落ちを目指したいところ。
うん。
次点が修道女ね。
エロ爺だけは避けたい。
だって私って前世でも結婚してなかった気がするのよ。
記憶を思い出したといっても何もかもしっかり思い出したというわけではない。子供の頃のことはほとんど思い出せないし、学生の頃もぼんやり。
わりとはっきりしているのが23 、4頃の記憶で、就職して一人暮らしをはじめた頃の記憶。そのあともまたぼんやりとしていて、たぶんだけどそう長くは生きてないと思う。まあ自分が死んだ記憶はあんまり思い出したくはないからちょうどいい。
で、もし25、6あたりで死んだと仮定するなら、前世の『わたし』は結婚どころか恋愛もまともにしていない。
それは今世でも同じで、なのに恋愛禁止、結婚不可な修道女は避けたい。ましてエロ爺の後妻とか無理。絶対無理。断固拒否!
というわけで、これからは日本人らしく謙虚に控えめに、お花畑なヒロイン妄想はキレイサッパリ捨て去って生きるのだ。このマイナス過ぎる状況を少しでもプラマイゼロに持っていく努力はしよう。
もはやまともな嫁ぎ先は望むまい。
それよりも真面目に勉強して、できれば手に職つけて、勘当されてもなんとか一人で生きていけるように頑張ろう。
って私も悪いんだけどね。
わかってるけども。
だけどもよ?
何代目かまでの家庭教師はちゃんと貴族の常識も礼節もしっかり教えようとしてくれていた。
それを右から左に聞き流していたのは私だ。
どころか歴代の家庭教師たちがしっかり教育しようとすればするほど「怒ってばかりで怖い」とか、「教え方が解りにくい」とか、「姉さまばっかりひいきする」とか訴えてクビにしてきた。そうでない教師は私の我儘っぷりに匙を投げて辞めていき……最後に残ったのは高い賃金をもらってひたすら煽て、媚へつらう給金泥棒だけ。
おかげ様で私はとってもダメな娘でありんすよ。
貴族の令嬢として最低限の知識も礼儀も挟持もないと思う。
だからこそたかだか子爵家の令嬢の分際で本物の王子様相手に平気で特攻したり自分より高位のご令嬢相手に嫌がらせを自作自演したりができたのよ。
アホすぎる。
「…………はへ」
ばふん、と仰向けに寝返りを打って盛大なため息をついた。
モンターニュ子爵家の自室のベッドは天蓋つきのいわゆるお姫様ベッドだけれど、保健室のベッドにそんなものはついていない。
見上げて見えるのは天井と吊り下げられた小さなガラス細工が連なったシャンデリア。
「さすがはお金持ち(貴族)の通う学校だわ。保健室にシャンデリア……」
こんなところにまで無駄な装飾をつけなくとも、白熱灯でいいじゃない。とか、ぼんやり思ってしまう。
この世界、白熱灯はないけどね。
派手に階段落ちをして意識はあるけれど立ち上がりはできなかった私は、騒ぎを聞いてやってきた教師2名に担架に乗せられて保健室に運ばれた。
保険医の診断では頭にどでかいタンコブができていたとか。あとは手や膝の細かい裂傷と全身の打ち身。
すぐに立ち上がれなかったのは軽い脳震盪を起こしたのだろうとのこと。
保険医は頭のキズにだけ治療術式を施すと「しばらく寝ていなさい」とだけ言って外に出て行った。
怪我人をおいて出ていくなんて立派な職場放棄じゃない!しかも治療だって中途半端で!!あの保険医、私が殿下の婚約者になったら絶対クビにしてやるんだから!
――なんて、これまでの私だったらブチ切れだったんだろうなぁ……。
キラキラと蝋燭の灯りに煌めくシャンデリアを眺めながらそんなことを思う。
実際には私が殿下の婚約者なんてありえないし、たとえ何かの間違いで婚約者に選ばれたとしても、それで保険医をクビにできる権限が与えられるわけでもない。
それに――保険医の態度も今となれば無理はないとわかるのだ。
私は自作自演で派手に転んだり浅い池に落ちたりポットを倒して湯を手に浴びたり、なんてことをしてきた。
そのたびに肘や膝に擦り傷ができたとか、ちょっぴり手が赤く火傷した、とかで保険室に駆け込んでは大騒ぎしてきたもの。
私的には上手くヤラれたフリをしているつもりだったけれど、さっきの階段での様子からしても、実は自作自演なのはバレバレだったみたいだし。
階段落ちして倒れてるのに見事に周りにいた誰も心配も助けもしなかったものね。
教師が来るまで、生徒たちは皆遠巻きに見ているだけだった。しかもまたやってるよ、って感じの呆れた目を向けて。
「…………あ、ははっ。終わってるわ、コレ」
私は頬を引つらせ、乾いた笑いをこぼす。
終わってる。
貴族の令嬢としてはもはや崖っぷちどころか転落している。
私みたいな下位貴族の、しかも跡継でもない令嬢の求められた役割は少しでも家の役に立つ相手に嫁ぐことだ。
だけれど今の私の評判は学院内で完全にマイナス。
入学当初は見た目に惑わされて寄ってきていた男子生徒たちもとっくに離れて久しい。
この先、この状況でまともな嫁ぎ先が見つかるはずがない。そうなると私の未来って、厄介払いで勘当で平民落ちか修道女か若けりゃなんでもいいってエロ爺の後妻か妾か……。とにかくろくでもないことだけは確かである。
よし、と、とりあえず少しでも軌道修正をしましょう。
ひとまず勘当で平民落ちを目指したいところ。
うん。
次点が修道女ね。
エロ爺だけは避けたい。
だって私って前世でも結婚してなかった気がするのよ。
記憶を思い出したといっても何もかもしっかり思い出したというわけではない。子供の頃のことはほとんど思い出せないし、学生の頃もぼんやり。
わりとはっきりしているのが23 、4頃の記憶で、就職して一人暮らしをはじめた頃の記憶。そのあともまたぼんやりとしていて、たぶんだけどそう長くは生きてないと思う。まあ自分が死んだ記憶はあんまり思い出したくはないからちょうどいい。
で、もし25、6あたりで死んだと仮定するなら、前世の『わたし』は結婚どころか恋愛もまともにしていない。
それは今世でも同じで、なのに恋愛禁止、結婚不可な修道女は避けたい。ましてエロ爺の後妻とか無理。絶対無理。断固拒否!
というわけで、これからは日本人らしく謙虚に控えめに、お花畑なヒロイン妄想はキレイサッパリ捨て去って生きるのだ。このマイナス過ぎる状況を少しでもプラマイゼロに持っていく努力はしよう。
もはやまともな嫁ぎ先は望むまい。
それよりも真面目に勉強して、できれば手に職つけて、勘当されてもなんとか一人で生きていけるように頑張ろう。
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