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有言実行の女 ④

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 ギルバートが裏返った悲鳴じみた声を上げる。
 私はその様子をじっと観察していた。

 耳が赤い。
 そしてうっすらとだが、長い前髪の隙間からわずかに覗く目の下も赤い。

 男性を品定めする私のアホな悪癖と観察眼も案外役に立つものである。

 ギルバート・ウォッシュ。
 彼は女慣れしていない。
 そしておそらくは押しに弱い。

 ましてや今は相当混乱している状況だ。
 ならばここはその混乱に乗じて押して押しまくるべし!
 と、私はギルバートの手を取ってキュッと握った。あくまでも力は弱々しく、そっと。

「一月、いえできれば二月ほどの期間限定でいいんです。どうか私の片恋の――『真実の恋』の相手になってくれませんか?」

 ギルバートの前髪の奥を見つめ、ふるりと睫毛揺らす。
 瞼に溜まった涙の粒が私の頬を伝い、床に落ちた。


 ◇◇◇


 私は自分で言うのもなんだがたいして頭脳派ではない。
 前世でもたぶん大学は一応出ているけど一流にはほど遠い。そんな私が思いつくことなんてたかが知れているというものである。けれど案外悪くはないんじゃ?ともおもうのだ。まあ希望的観測が多大にあることも確かなのだが。
 
 筋書きはこんなもので。

 皆の嫌われ者。お花畑の勘違い女マリエッタ・モンターニュは具合を悪くしたところをある男性に助けられ、恋に落ちた。
 マリエッタの言うところの『真実の恋』のお相手は偶然にもクラスメイトであるギルバート・ウォッシュ。
 ギルバートに熱烈で盲目的な恋をしたマリエッタは『一途』に愛しい人を想う令嬢に変化していくのだ。
 
 真面目で人の良いギルバートに似合うように見た目を変え、少しずつ言動を変えていく。

 おバカでお花畑で勘違いで嘘つきな尻軽阿婆擦れ女から一人の相手を慕い変わろうと努力する一途な恋する乙女にシフトチェンジするのである。

「うんうん。悪くない気がするわ」

 くふふ、と私は他に誰もいない廊下でこっそりと笑った。

 この筋書きのミソはそうしたところで『努力は実らない』ところである。

 散々周りに迷惑を掛け散らしたお花畑令嬢が『一途』にシフトチェンジし、まったく相手にされずにこっぴどくフラレる。
 そう、この筋書きはフラレるまでがセットなのだ。

 これまでの私の所業からすれば少々軽すぎる『ざまぁ』だけれども、それで多少なりとも周りの溜飲が下がるといいなぁ、という。
 理解が追いついてない状況で泣き落とされ押されに押され、ついには「とにかくしばらく付き纏いますからよろしく!」宣言されたギルバートにはものすごくいい迷惑だけれども。

 まあそのぶん冷たくあしらってくれればくれるほど私的には好都合ではある。

 よし、とりあえず私がすることはギルバートへのストーキング件情報収集ね!家に帰ったらまずは情報屋を呼び出しましょう。
 こういう時、家がお金持ちなのは便利だわ。
 だって大抵の情報はお金で買えるもの!
 
 私はよし、と小さく気合いを入れて、足取りも軽く教室に向かった。
 

 
 カララ、と軽い音を立てて教室の引き戸を開ける。
 
 一斉にこちらに向けられる多数の視線。
 すでに一限目の授業も残りわずかという時間に現れた私を見つめる目はどれも嘲りや呆れ、嫌悪といった悪感情を含んでいる。

――さすがは学園一の嫌われ者。

 と、思ったのだが。

 うん?全体をよく見ると、そうでもない?
 まあだいたい――特に女子の視線はそういったものなんだけども、男子の半数ほどと女子の一部は私の姿を認めるなり「え?」とばかりに瞠目し、約一名にはソッと目を逸らされた。

 でも私はしっかり見ましたよ。
 ソッと目を逸らしたギルバートの耳がほんのり赤いのを。初いやつめ、なんて。

 ホント、女慣れしてないんだろうなぁ。
 いきなり「付き纏う」宣言されてた動揺がまだ収まってないのだろう。
 申し訳ないが、私に目を付けられたのが運のツキだったわね。
 無事こっぴどくフラレたあかつきには必ずお礼件お詫びを進呈させていただくわ。

 私は有言実行の女なの。
 ちゃんとお小遣いを貯めて資金は用意しておくから、覚悟をよろしくね。
 オホホホホ、と成金っぽい高笑いを胸の中で上げて、私はギルバートに熱い眼差しを送っておいた。


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