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第206話 入社辞退への懸命なる攻防 

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「そんなの簡単だ。俺がケイと一緒に現場を担当したかったからさ」
 よどみなくユキは答える。
「……はあ」
 あまりにもシンプルな理由に、佐野は返す言葉もない。でも、たったそれだけの理由で大手企業の人事部署が首を縦に振るだろうか。絶対にありえない。
 しかも自分は業界内で悪名高い古山建設の元社員である。それに加えて就職活動の基本である履歴書や面接、入社試験を全部ぶっ飛ばし、ユキの推薦だけで採用されて入社した日には、周囲が黙っているはずがない。
 そしてとどめは主任の肩書きだ。下手すれば、入社当日から自分に部下ができるかもしれない。
 大手ゼネコンの橋本建設は、たとえ年下でも自分より偏差値の高い大学を出ているうえに、厳しい就職活動の難関を突破してきたエリートだ。そして当然、自分の上司となる人も入社経路は同じである。
 恐ろしい。そんなとてつもない猛者達がひしめく中で働くなんて無理だ――
 佐野は震え上がる。白い目で見られるどころか、いびり殺される。針のむしろどころか地獄である。四面楚歌ではなく、取り囲まれて総攻撃される。
 止めよう。この話、絶対に断ろう。無駄になった作業服のたぐいは弁償を申し出よう。そんな数万円の出費、メンタルを壊して病気になるのと引き替えにするなら安いものだ。
「けれど面接も入社試験もしてませんし、履歴書すら提出していないのですが」
 わざと入社に不利な状況を羅列して、ユキを思いとどまらせようとする。
 しかし――
「履歴書は下請契約の時に提出してもらった工事経歴書で事足りる。最終学歴とか国家資格の免許の一覧も全部記入されているからな」
 辞退する気満々の佐野の心情などつゆ知らず、ユキは言う。
「ですが、面接とか入社試験が」
 必死で食い下がる。
「それも問題ない。面接と入社試験はもうすでに終わっていて、ケイは全てにおいて合格している」
「は?」
 どういう意味だ。話が全然見えない。
「だからあの荷物を送ったんだ。みんなケイが来るのを楽しみにしているぞ。もちろん俺もだ。なのでとにかく明日からここに来い」
 ユキはそう言って、にんまりと笑う。
「――」
 佐野はユキの言葉の意味とその意図が掴めず、大いに困惑する。


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