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第91話 高稲の来訪
しおりを挟む坂巻はいてもたってもいられず、大急ぎ靴を履き替えると外に出た。
「おつかれさまです! クレーム、どうでしたか」
「そりゃもう会社はカンカンさ。佐藤営業部長は俺をクビにしろと騒いでるし」
安堂が車のドアを閉めながら困惑顔で笑う。
「何て奴! で、処分は」
「分からん。社長も取締役も高稲部長も叱責はするが、それ以上のことは何も言わなくてな」
「当然ですよ。嘘のクレームなんですから。このご時世、他人の家の庭先で立小便するような作業員なんかいませんよ。しかも安堂係長みたいな人がするはずないでしょう」
「まあな。だが表面的にはそうだから、社長には会社の意向に従うと伝えておいた。それと、たとえクビでも今日から一週間はこの現場の仕事をさせてくれと頼んだ。俺がその間に坂巻君へ教えられることを教えたいからと」
「……そしたら、何て」
「分かったと。だから今、俺はここにいる」
「僕、今から会社へ行ってきます。社長と高稲部長に直訴してきます。そして佐藤には抗議します!」
悔しそうに拳を握りしめる。
「だめだ。直訴も抗議もするな」
「でも!」
「いいから。さあ、事務所に入ろう。暑くてたまらん。もうすっかり夏だな」
安堂は不服そうな坂巻を尻目に青空を見上げて深呼吸した。
高稲が現場事務所に現れたのは、それから約一時間後の正午少し前のこと。サンドイッチやおにぎり、コーヒー、お茶が入ったコンビニ袋を手に、笑顔で事務所へ入って来た。
「おう! 今朝はえらい災難だったな。昼飯の差し入れだ。食おうぜ」
部屋の中央に数台並んだ折りたたみテーブルの上に高稲はそれをデンと置く。「ありがとうございます。ごちそうになります」
安堂が頭を下げる。その横で坂巻も同様にするが、文句たらたらの表情。
「ふふふ。坂巻よ。安堂をどうしてかばってくれなかったんだって、顔に書いてあるぞ」
高稲が愉快げに笑う。
「はい。その通りですので」
「うん。気持ちは分る。けどな、お調子者で口ばっかりの佐藤のアホが、キャンキャン吠えてる所で何言っても無駄だ。な? そうだろ安堂」
高稲はそう意味深に笑い、「ええ……まあ」と安堂も苦笑する。
「とにかく、まずは食うべし。話はそれからだ」
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