暗躍英雄のアフターライフ

雪乃瀬

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第2章 翠玉の英雄と復讐の黒

2-1 山道での一幕 上

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 魔王。
 それは『瘴器』と呼ばれる負のエネルギーが一か所に集まり、一つになって生まれる人類の敵。

 ただの魔物とは桁違いな力を持ち、人間には劣るが備えられた知能と殺戮衝動を駆使して、暴れ狂う本物の化け物。

 強さは個体によってバラバラ。
 いつ、どこで現れるか分からない、天然にして不可避の殺人鬼。

 そんな魔王の中でも凶悪な個体が出現するという予言を得て、人類は勇者の召喚を試みた。
 進歩した魔法技術を駆使し、膨大な魔力を魔方陣へと注ぎこみ、準備を進める。

 結果、人類は異世界から一人の男を呼び出す事に成功した。

 現れたのは年若い青年。
 黒曜石の様な深い黒色の髪と瞳。
 平凡な雰囲気が漂う、見慣れない顔つきの青年だった。

 彼は召喚されていた当初は戸惑っていた。
 だが心優しい性格と、魔王を倒せば手に入る魔力で元の世界に帰れるという条件を聞き、世界を救うために協力してくれた。

 用いられた魔方陣には、勇者としての資質を持つ者のみを呼び出す、という効力が備わっている。

 実際、彼の身体には勇者としての強大な力が宿っており、瞬く間に戦う力を高めていった。

 やがて彼は三人の仲間と合流する。
 一人は、二振りの長剣を自由自在に操る剣豪。
 一人は、あらゆる魔術を使いこなす世界でもトップクラスの魔術師。
 一人は、どんな傷でも治癒してしまう治癒術師。
 彼等は勇者に付き従い、現れた魔王と戦った。

 厳しい戦いだった。

 剣豪の持つ長剣の一振りは半ばからへし折れ、魔術師の膨大な魔力は底を尽きかけ、治癒術師は術式を演算する機構に後遺症を負った。



 そんな戦いの、裏側で。
 一人の魔術師もまた、戦っていた。



 性別不詳のその魔術師は、勇者一行が魔王との戦闘に至るまで、陰ながら彼らを支援していたのである。
 大量の魔物を引き付け殲滅し。
 現れた下位の魔王を相手取り。
 最終決戦にて致死の攻撃を逸らし、勇者一行を救った。

 その姿を目撃した勇者の青年は語る。


 曰く、その魔術師の背丈は一六〇センツメートロセンチメートル弱で、かなり細身であった。

 曰く、その魔術師は鮮やかなみどり・黒・白の三色で彩られたフーデッドコートを身に纏っていた。

 曰く、その魔術師は素顔をフードと『狐の面』で隠していた。

 曰く、その魔術師は白銀の髪と木の葉形の四尾が目立つ狐人族ルナールであった。


 ――曰く、その魔術師は『嵐』のようであった、と。


 勇者の握る聖剣の輝く剣身が魔王にトドメを刺し、戦いは人類の勝利に終わった。
 異世界から呼び出され、勇者として勇敢に戦った男。
 彼は、魔王を倒したことによって満ちた魔力を使い、元の世界へと帰還していった。

 その直前、彼は言っている。

「魔王を倒すことが出来たのは、一緒に戦ってくれた沢山の冒険者達……そして、あの森の中で影ながら僕達を助けてくれていた魔術師――【御嵐王】エメラルドフォックスのおかげだ」

 どこの誰かも分からない、正体不明の男/女。
 勇者パーティの魔術師すら世界トップクラスだと認める魔術師。

 彼/彼女は今何処で何をしているのか。

 それを知る者は、どこにもいない――




「――とかなんとか書かれていますよ、フェンリット」
「随分と格好良く書いてもらえて何よりだよ」

 ヒラヒラと本をアピールするシアに、投げやりな口調で返しながら歩を進める。
 僕たちが山奥の小屋を出てから既に四日経っていた。

 あの山から比較的に近い場所にある小さな町に寄り、旅に必要な道具を購入。
 最低限必要なモノは買い揃えた。

 シアが持っている本は『最低限必要なモノ』には含まれていなかった訳だが。
 不満そうな顔がバレたのか、シアが縋るように言ってくる。

「いいじゃないですかぁ少しくらい。どうせお金なんて、フェンリットが本気で稼ごうと思えばすぐ稼げるじゃないですか」
「どうしてわざわざそんな面倒な事をしなきゃいけないのさ」

 今僕らが歩いているのは夕暮れの山道だった。
 町の行き来にキャラバンが使うのだろう、道幅は広く整備されていて歩きやすい。

 赤く染まった景色を少し不気味に思いながら、僕は吐き捨てる。

「ていうか、身長が低いとか細身だとか余計な情報を載せないでほしいんだけど」
「『身長が低い』と明確に表記されていた訳じゃありませんよ? それは被害妄想です」
「似たようなもんだろ」

 彼女が持っているのは二年前に会った勇者と魔王の戦いを記したものである。

 そう。
 僕がこの世界に転生する発端となった戦いだ。
 シアが妙に芝居がかった声音で言う。

「彼/彼女は今何処で何をしているのか。それを知る者は、どこにもいない――」
「やかましいよ」
「ピンポーン! 正解は山奥でニート生活!」
「本気でやかましいな」

 まあ否定できる要素がないんだけれども。
 僕はあの厳かな声の呪いに従い、勇者一行による魔王討伐を手助けした。

 普通、支援と言われれば同じパーティに混ざって普通に戦う事をイメージするだろう。
 でもそこまで細かな要望はなかった。

 要は、勇者らが魔王を倒せればいいのだろう? それならやり方はこちらで決めさせてもらう。
 そんなスタンスで戦った結果が、この本に記されている通りなのだが……。

「やっぱり【御嵐王】エメラルドフォックスは無いな」
「そうですかね? まさに名は体を示すだと思いますが。というかそのまんまですけど」
「なんにせよ、狐人族ルナールであると思い込ませることが出来てる様でなによりだ。名前がより一層イメージ定着につながるし」

 僕は狐人族ルナールではない、人間ヒューマンだ。
 というのも、僕=【御嵐王】エメラルドフォックスと思わせない様に色々なギミックを弄したのである。

 上手くいっているようで安心だった。
 まあ、身体つきが中性的過ぎて男か女かも分からないという付加要素まで付いてきたのは不本意だが。

 それにしても、とシアはため息をつく。

「いい加減、歩くのも疲れてきましたね……」

 白い髪を揺らして歩くシアは、先ほどと一転してげんなりした表情を浮かべている。
 さっきのは疲れているのを忘れるための空元気だったのだろう。

 人間の姿において、衣服を自在に生成できるシアは今、山道を歩くのに適した格好をしている。
 汚れを気にする必要が無いので、白・水色と汚れたら絶対に目立つ配色だ。

 流石のシアも、山道で和服を着るつもりはないらしい。

「魔物と滅多に遭遇しないんだからまだマシな方だろ?」
「それはそうなんですけどね。フェンリットとは違って慣れていないんですよこういうの」

 肩を落として、しかし背筋は曲げず歩くシア。
 大分疲れがたまっているようだ。
 確かに、シアに連日野宿は辛い所があったかもしれない。

 僕は冒険者時代に何度も経験しているから慣れたものだけど、彼女はあくまで無経験の女の子である。
 戦う技術やサポート能力があったとしても、冒険者として場数を踏んでる訳ではない。

「……仕方ない。疲れるからあまりやりたくなかったけど、あと少しだしな」

 呟いて、シアに手を指し伸ばす。

「僕が抱えて走ってやる。いくらシアが重くても、身体強化を掛ければなんとかなるし」
「え、いや、それはちょっと……あくまでフェンリットの姉的な立場を保ちたいのと、私を重いなどとのたまった事と、誰かに見られたら恥ずかしい事の三点でお断りします」
「コイツめんどくさい!!」

 声を張り上げた――その時だった。
 薄暗くなってきた山道の脇、背の高い茂みや雑木の向こうから人工的な音が聞こえた。

 瞬間、僕に向かって飛来する無数の矢。
 命を狙っているにしてはつたなすぎる攻撃だったが、害意があるのは間違いなかった。

 バックステップで避けながら、無意識に魔力を活性化――強化術を行使。
 身体能力を底上げし、肩口を狙ってきた矢を半ばから叩き折る。

 直撃しそうなのはたったの三本だけだった。
 それら全てを無力化し、僕は体勢を低く構える。

 シアは一切狙われていなかったが、攻撃に反応した後は直ぐに僕の後ろに回り込んで後方警戒。
 その表情は既に鋭く尖っていて、茂みの向こうを見据えている。

「フェンリット」
「ああ、シアの言いたい事はよく分かっているよ」

 気配の数はおおよそ八……いや、九。
 こんな山の中で襲い掛かってくるという事は、山賊か何かだろう。

 僕が急襲を退けた事に少なからず驚いているのか、浮ついていた気配が急に引き締まったのが分かる。

 癪な話だけど、僕が子供の様な見た目をしてるからだろう。
 服装も動きやすいだけのインナーと、至って普通のローブだけ。

 そんな奴が女性と二人で山道を歩いていれば、恰好の的だと思われても仕方がない。 

 だけど、やはり拙いな。

 何か良い事でもあって油断していたのか?

 ただの女子供、、、、、、が二人だけでこんな場所を通る訳ないだろ。

 ザッ! と土を蹴る音が聞こえてくる。
 僕とシアが立っていた道のすぐ脇。
 人が余裕で隠れられそうな茂みの中から、短剣などの獲物を構えた男が六人突っ込んで来る。
 焦げ茶色のジャケットを身に纏った薄汚い連中だった。

 残る三つの気配はシアを狙っているらしい。
 最初の急襲では全ての攻撃が僕に集中した。
 どうせ、彼女は無事のまま捕まえて、自分たちのねぐらにでも連れて行くつもりなのだろう。
 この三人は隙を見つけてシアを拘束する役割か。

 反吐が出る。

「――、」

 強化術は未だ解いていない。
 常人の域を脱した脚力で地面を蹴り、シアへ襲い掛かろうとする男達三人の前に回り込む。

 堅い地面の上に踵でブレーキを掛けながら、右腕を引き絞って拳を握った。
 一突。
 中央にいた男の左肩へ、吸い込まれるように殴撃が命中。

 風を切る音と骨が砕ける音が重なる。
 男は空中を錐揉みしながら藪の中へと突っ込んでいった。
 死んではいないだろうけど、あの男の左腕はもう使い物にならないかもな。

 残る二人は、風で前髪を巻き上げながら目を見開いていた。
 揃いも揃って足を止めて硬直している。
 まるで的だな。

 今すぐにでも拳を打ち込みたい衝動を抑えながら、静かな声音で言う。

「僕が子供だと思って油断しましたか?」

 負の感情が強い相手に敬語を使って距離を置くのは僕の癖だ。
 七人の男達へ威圧感を放ちながら続ける。

「弓の腕は悪いし、ちょっとしたことで動揺しすぎ。そんな腕で僕のシアを狙うとはいい度胸ですね?」

 まあ弓の腕が良かったところで、『奴等の存在に気付いていた』僕が躱すのは容易だったけれど。
 味方ではないにしろ、敵でもない可能性があったから泳がせていたのだ。

「『僕のシア』だなんて……きゃっ」

「うるさいよ」

「照れ隠ししなくてもいいんですよ?」

 それに、シアを狙ったのも気分が悪い。
 僕が手を出さずとも、彼女なら自力で『奴等に拘束されない』ことだって出来ただろうけれど、気持ちがいいわけがない。
 いくらやかましくてもな。

「ちっ、なんなんだよこのガキッ」

 元々僕を狙って突っ込んできた男の一人が呻く。
 声には若干の震えが宿っており、その足はわずかに後ろへと下がっている。
 その視線は仲間が吹き飛んだ方向に向かっていた。

 なるほど、逃げるという手段が思い浮かぶくらいには冷静らしい。

 だがここは弱肉強食の世界だ。
 賊にも賊の事情があるとして、だからといって、仲間を狙われたことを忘れてむざむざ逃がす奴がいるとでも?

「くそっ! アレを使え!!」

 男の一人が叫ぶ。
 どうやらこの山賊達には何か隠し玉があるようだ。

 果たして彼らは、良く見れば『山賊にしてはそれなりの短剣や長剣』を構えなおす。
 その刀身には、見覚えのある紋様が浮かび上がっていた。

「なるほど、【法具】アーティファクトか」

 何らかの道具に魔術的な紋様を刻み付け、魔力を通しただけで特定の魔術を使えるようにする道具だ。
 その使い道は魔術の数に比例する。

 炎を放つ魔術紋様を描けば炎を放つし、身体能力を強化する魔術紋様を描けば、通した魔力に応じた効力・時間で身体強化が施される。

 奴等の反応を見る限り、あれらは【攻為法具】だろう。

 まさか、山賊達が【法具】アーティファクトを持っているとは思っていなかった。

 それも、ここにいる奴等全員が持っている様子だ。
 道行く人を襲って手に入れたのならば、それなり歴が長い山賊集団なのだろう。

 だが、やはり拙い。

「死ね!!」

 山賊達の持つ武器から、それぞれ炎、水、雷、風の魔術が放たれた。
 それなりの【法具】アーティファクトだったのか、魔術の威力は結構高いようだ。
 でも。

「分かっていないようですから教えてあげましょう」

 術式を演算しながら言う。

「魔術師にとって、攻為法具はあくまでショートカット」

 僕の周囲に渦巻く風の結界が纏われた。
 【風刃結界】フロウラム・シルト
 相対する魔術を風の障壁で無力化する対魔術結界。

「何か来ると分かれば、それ相応の対処ができるんですよ」

 そんなあからさまに『これから攻撃する』ってポーズをとりながら使う物じゃないんだよ。
 向かってくる計七つの魔術。

 それらは僕とシアを囲うように張られた【風刃結界】フロウラム・シルトに直撃すると、霧散するようにその姿を掻き消された。

「終わりですか?」

 踏み出す。

「なら、時間が勿体ないので片づけさせてもらいます」

 シアを狙っていた二人の男は完全に硬直している。
 間合いを詰めるのは簡単だった。
 立ち竦む男らの間、この手が届く距離まで隣接。
 掌底打ちを放つ。

 肉体強化――身体の硬度を上げる術――を施していない人間など、本気で撃てば簡単にひしゃげる。
 死んでしまわない様に手加減をして、男の右肩を打ち据えた。

 弾かれたように仰け反り倒れる男。
 右腕の付け根は少し危うい方向を向いていた。

「もう一人」

「え゛っ」

 呟きながらもう一打。
 裏拳が二の腕に掠るように触れ、男が絶叫しながら倒れ伏せる。

 攻為法具を構えていた六人は、目前で倒れた仲間を見て呆然とするばかり。
 今度こそ本当に思考停止に陥っているらしい。

 無理もないか。
 切り札だと思っていた【法具】アーティファクトが一切通用しなかったのだから。
 だから僕は、端的に状況を説明してやる。

「次は、誰ですか?」

 カランと言う音が響いた。
 短剣を手放した音だった。

「ふざけんな! 全く通用しないじゃねーか!!」
「折角二人も女を捕まえたんだ! こんなところで殺されてたまるかよ!!」

 殺してないから。
 喚き声をあげた男らが真っ先に背を向けて逃走を図る。
 足が震えているからか元々かは分からないけれど、その逃げ足はお世辞にも速くない。

 他の四人もその姿を見て悲鳴を上げると、仲間の背を追って走り出した。
 何処へ逃げるつもりなんだろう。自分たちのアジトだろうか?

 気になる単語も聞いてしまった。
 二人も女を捕まえた――つまり、僕らを襲う前に別の二人組を捕まえた、ということだろう。

「……シア」
「分かっていますよ」
「付き合わせて悪いな」
「フェンリットがそういう人だってことは知っていますから」

 シアの信頼を心地よく感じながら、僕は逃げていく山賊達へ向かって地面を蹴る。
 きりきりと吐いてもらおうか、情報を。
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