異世界無法録「魑魅魍魎の巣」ーその他

読み切り

悪役令嬢が「この中に裏切者がいるわ」と言って、慌てる勇者

　令嬢アリアナは、洗練されたドレスに身を包みながら、宮殿の舞踏会で華やかな笑顔を浮かべていた。彼女は周囲の人々に、穏やかで親しみやすい態度を見せていたが、その裏で計画を練っていた。

　そこに、王国を守るために戦う勇者の一人、ガレンが姿を現した。彼は鎧をまとい、剣を腰に帯びていた。アリアナは彼の姿を見つけると微笑みながら歩み寄り、何かを囁いた。

「ガレン、あなたはこの中に裏切者がいると知っていますか？」アリアナの言葉にガレンは驚きを隠せなかった。彼は眉をひそめ、疑念を抱きながらも答えた。

「裏切者？ここに？そんなことはありえない」

　アリアナは微笑みを保ちながらも、目の奥で不穏な光を宿した。彼女の言葉は、ガレンの心をかき乱した。彼は宴会の参加者を見渡し始めたが、その中に裏切者がいるとは思えなかった。

「どうしてそんなことを言うんですか？」ガレンが問い返すと、アリアナは微笑みを消し、冷たい視線を向けた。

「あなたが疑われるべき人物だということです。私の手元には、あなたが秘密裏に王国の情報を流しているという証拠があります」

　ガレンの顔が青ざめた。彼は慌てて否定しようとしたが、アリアナは冷徹な笑みを浮かべた。

「あなたの罪を晴らすために、証拠を提出するチャンスを差し出します。でも、私の要求を叶えない場合、あなたの行動は国家反逆罪として裁かれることになるでしょう」

ガレンは思わず、唾をのんだ。それをアリアナは意地悪く見つめながらそっと呟いた。


「簡単なことですわ。裏切者の裏切者になるのよ。そして、私にだけ忠実な正直者になりなさい」


　アリアナの要求は予想外のものだった。ガレンは驚きと共に、深い疑念を抱いた。彼は二重スパイになることが、自分の信念や誇りを裏切ることにつながると感じた。しかし、自分の無実を証明するためには、この道しかないのかもしれないとも考えた。

　一方のアリアナは、冷静な表情を装っていたが、内心では勝利を確信していた。彼女はガレンを手玉に取ることができれば、王国の内外での権力をより強固なものにすることができると確信していた。

　ガレンは葛藤の末に決断を下した。彼は自分の魂が傷つくことを覚悟で、アリアナの要求を受け入れた。だが、その選択によって、彼の心は不安と罪悪感に満ちた。

　二人は相手の瞳に自分の葛藤を映し合わせながら、舞踏会の中で静かに別れた。ガレンは自分自身との葛藤に苦しむ中で、自分が選んだ道が果たして正しいものだったのか、疑問を抱えたままだった。

　一方のアリアナは、自らの策略に満足しつつも、次なる動きを考え始めた。彼女の計画は成功を収めたが、それでも内なる不安が彼女の心をかすめることはなかった。権力の裏に隠された孤独と、信頼できる存在の不在を感じながらも、彼女は狡猾な微笑みを浮かべていた。