『行動予約』

スタシスホメオ

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『行動予約』

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 朝、目を覚ました男は、ベッドからのそりと起き上がり、ダイニングテーブルを見た。湯気こそ立っていないが、そこにはトーストと目玉焼き、サラダ、それにコーヒーが整然と並んでいる。
 彼は思わず口元をほころばせた。

 「今日も完璧だ」

 最近の男にとって、この朝の光景は日課だった。自分で作った覚えはない。だが確かに、自分が用意したものだ。

 男は、夢遊病の持ち主だった。長年、理由もなく続く睡眠不足と倦怠感に悩まされていたが、睡眠専門のクリニックに通ったことで、その原因が判明した。
 医師に見せられた監視映像には、真夜中に無表情で立ち上がり、部屋を歩き回る自分の姿があった。

 「これは驚きましたよ。でもね、もっと面白いことがあるんです」

 医師はそう言って別の映像を見せてくれた。男が眠る直前にテレビで見ていたのは、誰かが掃除機をかける映像。その夜、夢遊状態の男はまったく同じ手順で自室を掃除していた。

 「あなたの夢遊行動は、就寝直前に視覚から入る情報に影響されているようですね」

 医師は対策として、見知らぬ男がぐっすり眠るだけの動画を処方(?)してくれた。何の変哲もない、ただ寝ているだけの10分間。それを見て眠れば、夜の間は動かない。

 だが、男はこう考えた。

 ──だったら、もっと有効活用できるのでは?

 彼は映像のレパートリーを増やしていった。レシピ動画、掃除術、洗濯物の畳み方、果ては配線の整理方法まで。眠る直前にそれを見れば、翌朝にはすべて終わっている。
 最初こそ半信半疑だったが、回を重ねるうちに“行動予約”の精度は上がり、夜のうちに無意識の自分が家事を完遂してくれるようになった。

 まるで特別な能力を得たような気分だった。誰にも話さず、秘密のまま、この力を楽しんでいた。

 その夜も、男はワインを二杯飲んだ。体がぽかぽかと温まり、眠気を誘うにはちょうどよい分量だった。
 「今夜は運動でもしてみるか」

 そう呟きながら、テレビをつける。ちょうど、国営テレビの健康体操番組が始まったところだった。椅子に座ってできるストレッチ、ラジオ体操風の動き、インストラクターの明るい声。
 男はソファに深く腰を下ろし、その動きをまばたきもせず眺める。

 ──それを、眠ってから再現するために。

 時間にしておよそ十五分。いい頃合いだった。頭がふわりと揺れ、まぶたが落ちかけたそのとき。

 突然、画面が暗転した。続いて、緊急速報のチャイムが鳴る。アナウンサーの強張った顔が映った。

 『速報です。政府施設で、武装したテロリストが発砲──』

 男は酔いのままに、ぼんやりと画面を見つめる。
 やがて映像は切り替わり、追い詰められた男が高層ビルの屋上で暴れる姿がアップになる。警察隊に囲まれ、もはや逃げ場はない。
 そして次の瞬間。

 ──その男は、フェンスを越えて、空へと跳んだ。

 テレビの光が、静かに男の瞳を照らしていた。

 そして、男は、眠りについた。
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