16 / 41
『クレーム代行』
しおりを挟む
佐伯は昔から、気が弱かった。
弁当のごはんが偏っていても、カフェで頼んだアイスコーヒーが明らかに薄くても、通販で届いた服の色が違っていても、何も言えなかった。
頭の中で「ちょっと……」と文句をつけるシミュレーションは何度もしているのに、いざとなると喉に引っかかる。
ある日、SNSの広告に目が留まった。
《怒り、承ります──クレーム代行サービス「代クレ!」》
《あなたの不満、プロの言葉で社会へお届け》
気になってサイトを開くと、利用者の声が並んでいた。
「的確で、丁寧。自分で言うよりずっとマシ」「代行で勝ち取った謝罪文、額縁に入れて飾ってます」
「言わなくても怒れる社会、最高です!」
半信半疑ながら、佐伯は試しに使ってみることにした。
手始めにヒビ割れたコップを手に取る。通販で買ったばかりなのに、開けたらヒビが入っていた。
《商品名・購入日・状況》を記入し、怒りレベル(1~5)を「2:やや不快」に設定。
言い方のトーンは「丁寧+効果重視」を選択。送信。
数日後、スマホにメールが届いた。
⸻
件名:【クレーム処理完了】ご依頼の件について
本文:
拝啓 平素より貴社商品をご愛顧申し上げております。
さて、今回お送りいただいた商品において、使用前にもかかわらず明らかな破損が見られた点について、
非常に残念な思いを抱きました。
長年、貴社の商品を信頼して選び続けてきたからこそ、今回の事態は一層残念であり、信頼の揺らぎにつながるものでした。
今後の改善と信頼回復のため、誠意あるご対応をお願い申し上げます。
敬具
⸻
その2日後、佐伯のもとに丁寧な謝罪メールと共に新品のコップが届いた。しかもお詫びとして10%オフクーポンまで同封されていた。
思わず笑ってしまった。「これ……本当に俺の代わりに言ってくれたんだ」
味をしめた佐伯は、次々と依頼した。
牛丼屋の生卵が常温だった→次回無料券
ファミレスでドリンクバーの炭酸が抜けてた→謝罪と次回無料チケット
サブスクの解約ページが分かりづらい→UI改善の報告メール
たしかに自分は何もしていない。でも、言えなかったことが“言語化”されて報われていく爽快感があった。
そんなある夜、飲み会帰りの気の緩みもあり、佐伯はある感情を打ち込んでしまった。
⸻
件名:【人間関係クレーム依頼】
内容:
昔付き合ってた彼女が、自分をずっと見下していた気がする。
別れ方も一方的だったし、なんというか「自分が悪かったのかな」と思わされていた。
でも今になっても、ずっと胸に引っかかってる。
感情の整理がしたい。向こうに言いたい。
⸻
怒りレベルは「3:強めに主張」、言い方トーンは「冷静・論理的」に設定。送信。
翌日、元恋人からLINEが来た。
《なにあれ?書いたのはあんたじゃないってわかってるけど、めちゃくちゃ怖いんだけど》
《あの文面、正論すぎて……なんか、逆にサイコじゃない?》
《マジでドン引きした。やっぱり変わったね、あんた》
SNSを開くと、元恋人が「元彼から気味の悪い長文が届いた」として晒していた。
その中には、佐伯のフルネームも、過去のLINEのスクショも載っていた。
佐伯は青ざめながら、『クレーム代行』の問い合わせフォームに入力した。
⸻
依頼内容と違った意図で伝わってしまいました。
あの文章の訂正、もしくは謝罪の代行をお願いしたいです。
とても困っています。
⸻
数時間後、定型文のメールが届いた。
⸻
ご利用ありがとうございます。
当サービスは「ご依頼者が他者に対して抱えるクレーム」の代行を行うものであり、
当サービス自体へのクレームは受け付けておりません。
また、ご依頼者自身の“後悔・混乱・誤解”については、当人の責任にてご対応をお願いしております。
※当サービスは“他者に向けた”クレーム代行を専門としております。
“自己への不満”に関しては、専門外となりますのでご留意ください。
⸻
画面の文字がじわじわと滲んで見えた。
吐き出したい怒りはあった。けれど、その矛先は、自分自身だった。
その“クレーム”を代わってくれる人は、どこにもいなかった。
弁当のごはんが偏っていても、カフェで頼んだアイスコーヒーが明らかに薄くても、通販で届いた服の色が違っていても、何も言えなかった。
頭の中で「ちょっと……」と文句をつけるシミュレーションは何度もしているのに、いざとなると喉に引っかかる。
ある日、SNSの広告に目が留まった。
《怒り、承ります──クレーム代行サービス「代クレ!」》
《あなたの不満、プロの言葉で社会へお届け》
気になってサイトを開くと、利用者の声が並んでいた。
「的確で、丁寧。自分で言うよりずっとマシ」「代行で勝ち取った謝罪文、額縁に入れて飾ってます」
「言わなくても怒れる社会、最高です!」
半信半疑ながら、佐伯は試しに使ってみることにした。
手始めにヒビ割れたコップを手に取る。通販で買ったばかりなのに、開けたらヒビが入っていた。
《商品名・購入日・状況》を記入し、怒りレベル(1~5)を「2:やや不快」に設定。
言い方のトーンは「丁寧+効果重視」を選択。送信。
数日後、スマホにメールが届いた。
⸻
件名:【クレーム処理完了】ご依頼の件について
本文:
拝啓 平素より貴社商品をご愛顧申し上げております。
さて、今回お送りいただいた商品において、使用前にもかかわらず明らかな破損が見られた点について、
非常に残念な思いを抱きました。
長年、貴社の商品を信頼して選び続けてきたからこそ、今回の事態は一層残念であり、信頼の揺らぎにつながるものでした。
今後の改善と信頼回復のため、誠意あるご対応をお願い申し上げます。
敬具
⸻
その2日後、佐伯のもとに丁寧な謝罪メールと共に新品のコップが届いた。しかもお詫びとして10%オフクーポンまで同封されていた。
思わず笑ってしまった。「これ……本当に俺の代わりに言ってくれたんだ」
味をしめた佐伯は、次々と依頼した。
牛丼屋の生卵が常温だった→次回無料券
ファミレスでドリンクバーの炭酸が抜けてた→謝罪と次回無料チケット
サブスクの解約ページが分かりづらい→UI改善の報告メール
たしかに自分は何もしていない。でも、言えなかったことが“言語化”されて報われていく爽快感があった。
そんなある夜、飲み会帰りの気の緩みもあり、佐伯はある感情を打ち込んでしまった。
⸻
件名:【人間関係クレーム依頼】
内容:
昔付き合ってた彼女が、自分をずっと見下していた気がする。
別れ方も一方的だったし、なんというか「自分が悪かったのかな」と思わされていた。
でも今になっても、ずっと胸に引っかかってる。
感情の整理がしたい。向こうに言いたい。
⸻
怒りレベルは「3:強めに主張」、言い方トーンは「冷静・論理的」に設定。送信。
翌日、元恋人からLINEが来た。
《なにあれ?書いたのはあんたじゃないってわかってるけど、めちゃくちゃ怖いんだけど》
《あの文面、正論すぎて……なんか、逆にサイコじゃない?》
《マジでドン引きした。やっぱり変わったね、あんた》
SNSを開くと、元恋人が「元彼から気味の悪い長文が届いた」として晒していた。
その中には、佐伯のフルネームも、過去のLINEのスクショも載っていた。
佐伯は青ざめながら、『クレーム代行』の問い合わせフォームに入力した。
⸻
依頼内容と違った意図で伝わってしまいました。
あの文章の訂正、もしくは謝罪の代行をお願いしたいです。
とても困っています。
⸻
数時間後、定型文のメールが届いた。
⸻
ご利用ありがとうございます。
当サービスは「ご依頼者が他者に対して抱えるクレーム」の代行を行うものであり、
当サービス自体へのクレームは受け付けておりません。
また、ご依頼者自身の“後悔・混乱・誤解”については、当人の責任にてご対応をお願いしております。
※当サービスは“他者に向けた”クレーム代行を専門としております。
“自己への不満”に関しては、専門外となりますのでご留意ください。
⸻
画面の文字がじわじわと滲んで見えた。
吐き出したい怒りはあった。けれど、その矛先は、自分自身だった。
その“クレーム”を代わってくれる人は、どこにもいなかった。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる