17 / 41
『匂い付き消しゴム』
しおりを挟む
サトシ君は社会のテストで満点を取った。
しかしその裏で、職員室では静かな大激論が巻き起こっていた。
「これは、カンニングだ!」
声を上げたのは教頭先生だ。社会の先生が嬉しそうに語った話を聞いた直後のことだった。
社会の先生によると、テスト中のサトシ君は、机の上にカラフルな消しゴムを何個も並べていたという。ピンク、オレンジ、ミントグリーン。しかもカバーも外されていて、ちょっとした異物感があった。
先生は最初「変わった子だな」と思ったが、一応筆記用具の範囲内ではある。色付きの消しゴムは禁止されていない。文字や図も書かれていない。
そのまま様子を見ていたが、サトシ君は問題に詰まるたびに消しゴムを一つ手に取り、鼻の前でふんわりと嗅ぎ、それからスラスラと答えを書いていった。
テストの後、気になって先生が尋ねると、サトシ君はニコニコとこう言った。
「先生、ある匂いを嗅いだときに昔のことを思い出すことって、ありませんか?」
「僕、試しに歴史の年号とか人物を匂いと一緒に覚えてみたんです。たとえば、チョコレートの匂い=聖徳太子、ミントの匂い=鎌倉幕府、みたいに」
「そうすると、不思議と答えが浮かんでくるんですよ!」
社会の先生は目を見張った。記憶の結びつきとして、嗅覚は確かに強い。よくぞそこに目をつけたものだ、と素直に感心し、思わず他の教師たちに話してしまったのだった。
だが教頭は納得しない。
「それは“外部の情報”を使っている。立派なカンニングだ!」
「他の生徒は何も持ち込まずに試験を受けているのに、匂いでヒントを得ているなんて、公平性に欠ける!」
職員室は騒然とした。
「でも文字も絵も書いてませんよ」「五感で記憶するのが悪いとは……」といった声も出たが、教頭は譲らなかった。
最終的に校長が口を開き、穏やかに場を収めた。
「今回は不問とせず、再試験としましょう。匂い付き消しゴムは禁止。ただし、それ以外の処分はしないように」
サトシ君にその話が伝えられると、彼は驚いた顔でこう言った。
「ええっ……!僕、頑張って覚えたのに……」
「毎日教科書読みながら、どの匂いが合うか何回も試したんですよ……」
その目にはうっすら涙すら浮かんでいた。
だが数日後、再試験の結果が返ってくる。サトシ君は、またも100点を取っていた。
彼自身も気づいていなかった。
匂いと記憶のセットを作るために、彼は何度も繰り返し教科書を読んでいた。
何度も、何度も、夢中で。
匂いはたしかにきっかけだった。だが、それ以上に、彼は「覚えること」そのものに時間を注いでいたのだ。
「え? なんでだろ……なんとなく、答えが浮かんできました」
そう呟いたサトシ君の背中に、社会の先生はそっと拍手を送った。
しかしその裏で、職員室では静かな大激論が巻き起こっていた。
「これは、カンニングだ!」
声を上げたのは教頭先生だ。社会の先生が嬉しそうに語った話を聞いた直後のことだった。
社会の先生によると、テスト中のサトシ君は、机の上にカラフルな消しゴムを何個も並べていたという。ピンク、オレンジ、ミントグリーン。しかもカバーも外されていて、ちょっとした異物感があった。
先生は最初「変わった子だな」と思ったが、一応筆記用具の範囲内ではある。色付きの消しゴムは禁止されていない。文字や図も書かれていない。
そのまま様子を見ていたが、サトシ君は問題に詰まるたびに消しゴムを一つ手に取り、鼻の前でふんわりと嗅ぎ、それからスラスラと答えを書いていった。
テストの後、気になって先生が尋ねると、サトシ君はニコニコとこう言った。
「先生、ある匂いを嗅いだときに昔のことを思い出すことって、ありませんか?」
「僕、試しに歴史の年号とか人物を匂いと一緒に覚えてみたんです。たとえば、チョコレートの匂い=聖徳太子、ミントの匂い=鎌倉幕府、みたいに」
「そうすると、不思議と答えが浮かんでくるんですよ!」
社会の先生は目を見張った。記憶の結びつきとして、嗅覚は確かに強い。よくぞそこに目をつけたものだ、と素直に感心し、思わず他の教師たちに話してしまったのだった。
だが教頭は納得しない。
「それは“外部の情報”を使っている。立派なカンニングだ!」
「他の生徒は何も持ち込まずに試験を受けているのに、匂いでヒントを得ているなんて、公平性に欠ける!」
職員室は騒然とした。
「でも文字も絵も書いてませんよ」「五感で記憶するのが悪いとは……」といった声も出たが、教頭は譲らなかった。
最終的に校長が口を開き、穏やかに場を収めた。
「今回は不問とせず、再試験としましょう。匂い付き消しゴムは禁止。ただし、それ以外の処分はしないように」
サトシ君にその話が伝えられると、彼は驚いた顔でこう言った。
「ええっ……!僕、頑張って覚えたのに……」
「毎日教科書読みながら、どの匂いが合うか何回も試したんですよ……」
その目にはうっすら涙すら浮かんでいた。
だが数日後、再試験の結果が返ってくる。サトシ君は、またも100点を取っていた。
彼自身も気づいていなかった。
匂いと記憶のセットを作るために、彼は何度も繰り返し教科書を読んでいた。
何度も、何度も、夢中で。
匂いはたしかにきっかけだった。だが、それ以上に、彼は「覚えること」そのものに時間を注いでいたのだ。
「え? なんでだろ……なんとなく、答えが浮かんできました」
そう呟いたサトシ君の背中に、社会の先生はそっと拍手を送った。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる