24 / 41
嘘の代償
しおりを挟む
夕食時、テーブルを挟んで妻と向かい合い、皿の上の肉をナイフで切り取って口に運ぶ。
噛んだ瞬間、わずかに顔がしかめたのを、見逃されなかったらしい。妻が不安そうに尋ねる。
「……美味しくなかった?」
「いや、ちょっと口に合わなかっただけ。味付けの問題じゃなくて、肉そのものかな」
── N県産の牛肉は、美味しくなかった。
それが、すべての始まりだった。
* * *
数日後、私は謝罪会見の壇上に立っていた。
うかつだった。
あの食事の翌日、インタビューの中で、つい口をついて出た言葉だった。
「正直、あのN県産の牛肉は少し固くて……」
政治家という立場で、公の場でああも率直な発言をするべきではなかった。味の感想が真実だったとしても、それが市場や農家に与える影響を思えば、慎重であるべきだった。
今回の件も、本当は嘘をつきたくない。
私は政治家でありながら、可能な限り正直であることを信条としてきた。
だが──
「今回、不適切な発言があったことを深くお詫び申し上げます」
「ですが、自宅で確認したところ、私が食べたのはN県産の肉ではなかったようです」
違う。本当はN県産だった。だがマスコミに確認する術はない。私は、嘘をつく。
「また、味についても、肉自体に問題があったのではなく、私の調理が未熟だったせいかもしれません」
違う。あれを焼いたのは妻だった。味付けもすべて、彼女の手によるもの。
だが、妻の料理が不味かったと言えば、妻への態度が問題視され、別の騒動になるだろう。
私はさらに、嘘を重ねた。
胸が、痛んだ。
──嘘をつく代償を、私はよく知っている。
* * *
会見を終えて帰宅すると、妻が笑顔で迎えてくれた。
「あなた、お疲れ様でした。……私の料理を庇うために、“自分が焼いた”なんて言ってくれたのね」
そして、少しだけ寂しげに微笑む。
「でもね、正直に言ってくれてもよかったのよ? 美味しくなかったのなら、そう言ってほしかった」
「今夜のおかずは、肉じゃがよ」
「ああ、ありがとう。楽しみにしてる」
笑顔でそう答える。
──嘘をつく代償を、私はよく知っている。
それは、初めて彼女の手料理を食べた夜、“美味しい”と言ってしまった代償だ。
あれから数十年。私は今も、その代償を払い続けている。
噛んだ瞬間、わずかに顔がしかめたのを、見逃されなかったらしい。妻が不安そうに尋ねる。
「……美味しくなかった?」
「いや、ちょっと口に合わなかっただけ。味付けの問題じゃなくて、肉そのものかな」
── N県産の牛肉は、美味しくなかった。
それが、すべての始まりだった。
* * *
数日後、私は謝罪会見の壇上に立っていた。
うかつだった。
あの食事の翌日、インタビューの中で、つい口をついて出た言葉だった。
「正直、あのN県産の牛肉は少し固くて……」
政治家という立場で、公の場でああも率直な発言をするべきではなかった。味の感想が真実だったとしても、それが市場や農家に与える影響を思えば、慎重であるべきだった。
今回の件も、本当は嘘をつきたくない。
私は政治家でありながら、可能な限り正直であることを信条としてきた。
だが──
「今回、不適切な発言があったことを深くお詫び申し上げます」
「ですが、自宅で確認したところ、私が食べたのはN県産の肉ではなかったようです」
違う。本当はN県産だった。だがマスコミに確認する術はない。私は、嘘をつく。
「また、味についても、肉自体に問題があったのではなく、私の調理が未熟だったせいかもしれません」
違う。あれを焼いたのは妻だった。味付けもすべて、彼女の手によるもの。
だが、妻の料理が不味かったと言えば、妻への態度が問題視され、別の騒動になるだろう。
私はさらに、嘘を重ねた。
胸が、痛んだ。
──嘘をつく代償を、私はよく知っている。
* * *
会見を終えて帰宅すると、妻が笑顔で迎えてくれた。
「あなた、お疲れ様でした。……私の料理を庇うために、“自分が焼いた”なんて言ってくれたのね」
そして、少しだけ寂しげに微笑む。
「でもね、正直に言ってくれてもよかったのよ? 美味しくなかったのなら、そう言ってほしかった」
「今夜のおかずは、肉じゃがよ」
「ああ、ありがとう。楽しみにしてる」
笑顔でそう答える。
──嘘をつく代償を、私はよく知っている。
それは、初めて彼女の手料理を食べた夜、“美味しい”と言ってしまった代償だ。
あれから数十年。私は今も、その代償を払い続けている。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる