『行動予約』

スタシスホメオ

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誘拐

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 この町でいちばんの金持ちは、娘をよく一人で遊ばせている。

 ──不用心だ。

 昼下がり。人気のない空き地に、その娘は今日もぽつんといた。ブランコの縄を握って、暇そうに揺れている。

 俺は静かにバンを止め、音を立てずに背後から近づいた。



 町外れの倉庫。壁は剥がれ、人気もない。隠れ場所としては最適だった。

 娘はドラム缶の上にちょこんと座っている。泣きも喚きもしないのは、いいところの娘だからだろうか。

 俺は携帯を取り出し、番号を押す。

「……もしもし。お宅の娘さんを預かっている。警察に知らせれば、命はないと思え」

 一拍おいて、電話口から男の声が返る。

「誰だね君は。いたずらなら切るぞ」

 焦ってないな、と思った。だがすぐに、それは変わる。

「この声が聞こえないか?」

 俺は受話器を娘に向ける。少女は素直に声をあげた。

「パパ!」

「沙耶!? 沙耶なのか!?」

 食いついた。よし。

「会いたければ現金で五千万用意しろ。お前の資産は調べてある。出せない額じゃないはずだ」

 しばらくの沈黙のあと、父親が答えた。

「……わかった。金は用意する。だが、必ず連れてきてくれ」

 ──完璧だ。

 拍子抜けするほど順調だ。ちょっとした余裕も出てきた。

「電話を切る前に、もう一度、娘の声を聞かせてやろうか?」

 男は低く言う。

「……頼む」

 娘に受話器を向ける。

「パパ。怖かったけど、あたし──」

「今どこにいるんだ?」

「えっと──」

 まずい。とっさに手で娘の口をふさぐ。

「おい、余計なことを言わせるな。次やったら、本当にどうなるかわかってるんだろうな?」

「……金持ちのくせに、娘を一人で遊ばせてたテメェが悪いんだよ」

 電話の向こうから、小さく声が返ってくる。

「……そうだな」

 その声色が、妙に物悲しかった。

「……あの日も、娘を一人にしていなければ……沙耶も、今ごろ生きていたのに」

 口をふさいだ手の中で、少女の口元がぐにゃりと、笑うように引きつった。
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