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座敷童子
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『座敷童子』
──この宿には、座敷童子が出る。
そんな噂を聞きつけて、私は古びた山間の民宿を訪れた。
宿の主人は無口な中年男性で、予約時の確認も最小限だったが、部屋に案内する前にぽつりと一言。
「座敷童子は……子供の霊です。子供にも、いろんな性格があることをお忘れなく」
意味深な注意を受けつつ、案内された部屋は古い和室。畳の色はくすみ、床の間には掛け軸と大小さまざまな人形。ちゃぶ台の上には、レトロなブラウン管テレビがぽつんと置かれていた。
私は浮き立っていた。
──座敷童子に会えたら、幸せになれる。
その夜、自分で用意してきた可愛らしい人形とお菓子をちゃぶ台に並べ、「どうぞ、召し上がれ」と囁いて布団に入った。
*
深夜。廊下を走る小さな足音が聞こえる。
ぱたぱた、ぱたぱた──まるで子供が遊んでいるような気配。
やっぱり出るんだ──
期待に胸が高鳴った。怖さはなかった。むしろ、ワクワクしていた。
だが次の瞬間、バキバキッ、と乾いた音が響く。
床の間の人形が何かに叩きつけられているような、異様な音だ。
思わず布団の中で身をすくめる。いたずら……? でも、座敷童子ってもっと可愛い存在じゃ……
電気を点けようかと体を起こしかけた瞬間、胸にずしりと重みが乗った。
息が詰まるほどの圧迫感。何か、小さなものが乗っている。
目を見開いた私の顔を、すぐ上から覗き込んでいる顔があった。
──子供。
髪はぬれているみたいにべったりと張り付き、唇の端が不自然に吊り上がっている。
その顔が、ニヤニヤと私を見下ろしている。
「……え?」
首筋に、冷たい手が触れる。
そして──その手が、ぐっと力を込め始めた。
首を絞められていると気づいたときには、両腕も何かに押さえつけられていて動かない。腕の方に視線を動かすと、目に飛び込んできたのは、私の右腕にまたがっている別の子供の霊だった。私の腕をぎゅっと押さえ込んでいて、まったく動かせない。
左腕にも、もう一人──まるで取り囲むように、三人の子供が私の上に乗っていた。
ぐっ……と、小さな手に力がこもる。喉が締まり、息が入らない。
私は必死に腕を動かそうとするけど、まるで押し花のように布団に押さえつけられていて、身じろぎひとつできない。
首の上の子供の顔が、ぐっと近づいた。
ニヤニヤと笑ったまま、無言でこちらを見ている。
──楽しんでる……?
喉を押しつぶされ、目の前が滲んでいく。
──ああ、これはまずい。
意識がふっと遠のいて──そこから先は覚えていない。
*
翌朝、目を覚ましたとき、頭が割れそうに痛かった。
喉もひりひりして、手首にはじんわりと青い痕が浮かんでいた。
床の間を見て、息を呑む。
腕のもげた市松人形、首のないテディベア、ガラスの目だけが転がる西洋人形──
昨夜置いた自分の人形も、顔を踏み潰されたように歪んでいた。
私は、お菓子もぬいぐるみも何もかも放り出して、最低限の荷物だけを掴んで部屋を飛び出した。
「昨日、部屋で……あれは、本当に……座敷童子なんですか……?」
フロントにいた宿の主人に問い詰めるように言うと、彼は相変わらず淡々とした口調で、こう答えた。
「ええ、間違いなく座敷童子です。名前の通り、“座敷に出る子供の霊”ですから」
少し間を置いて、彼はこう付け加えた。
「ただ……人間の子供だってそうでしょう? 人形を撫でる子もいれば、虫の手足をちぎって笑う子も──いるんですよ」
──この宿には、座敷童子が出る。
そんな噂を聞きつけて、私は古びた山間の民宿を訪れた。
宿の主人は無口な中年男性で、予約時の確認も最小限だったが、部屋に案内する前にぽつりと一言。
「座敷童子は……子供の霊です。子供にも、いろんな性格があることをお忘れなく」
意味深な注意を受けつつ、案内された部屋は古い和室。畳の色はくすみ、床の間には掛け軸と大小さまざまな人形。ちゃぶ台の上には、レトロなブラウン管テレビがぽつんと置かれていた。
私は浮き立っていた。
──座敷童子に会えたら、幸せになれる。
その夜、自分で用意してきた可愛らしい人形とお菓子をちゃぶ台に並べ、「どうぞ、召し上がれ」と囁いて布団に入った。
*
深夜。廊下を走る小さな足音が聞こえる。
ぱたぱた、ぱたぱた──まるで子供が遊んでいるような気配。
やっぱり出るんだ──
期待に胸が高鳴った。怖さはなかった。むしろ、ワクワクしていた。
だが次の瞬間、バキバキッ、と乾いた音が響く。
床の間の人形が何かに叩きつけられているような、異様な音だ。
思わず布団の中で身をすくめる。いたずら……? でも、座敷童子ってもっと可愛い存在じゃ……
電気を点けようかと体を起こしかけた瞬間、胸にずしりと重みが乗った。
息が詰まるほどの圧迫感。何か、小さなものが乗っている。
目を見開いた私の顔を、すぐ上から覗き込んでいる顔があった。
──子供。
髪はぬれているみたいにべったりと張り付き、唇の端が不自然に吊り上がっている。
その顔が、ニヤニヤと私を見下ろしている。
「……え?」
首筋に、冷たい手が触れる。
そして──その手が、ぐっと力を込め始めた。
首を絞められていると気づいたときには、両腕も何かに押さえつけられていて動かない。腕の方に視線を動かすと、目に飛び込んできたのは、私の右腕にまたがっている別の子供の霊だった。私の腕をぎゅっと押さえ込んでいて、まったく動かせない。
左腕にも、もう一人──まるで取り囲むように、三人の子供が私の上に乗っていた。
ぐっ……と、小さな手に力がこもる。喉が締まり、息が入らない。
私は必死に腕を動かそうとするけど、まるで押し花のように布団に押さえつけられていて、身じろぎひとつできない。
首の上の子供の顔が、ぐっと近づいた。
ニヤニヤと笑ったまま、無言でこちらを見ている。
──楽しんでる……?
喉を押しつぶされ、目の前が滲んでいく。
──ああ、これはまずい。
意識がふっと遠のいて──そこから先は覚えていない。
*
翌朝、目を覚ましたとき、頭が割れそうに痛かった。
喉もひりひりして、手首にはじんわりと青い痕が浮かんでいた。
床の間を見て、息を呑む。
腕のもげた市松人形、首のないテディベア、ガラスの目だけが転がる西洋人形──
昨夜置いた自分の人形も、顔を踏み潰されたように歪んでいた。
私は、お菓子もぬいぐるみも何もかも放り出して、最低限の荷物だけを掴んで部屋を飛び出した。
「昨日、部屋で……あれは、本当に……座敷童子なんですか……?」
フロントにいた宿の主人に問い詰めるように言うと、彼は相変わらず淡々とした口調で、こう答えた。
「ええ、間違いなく座敷童子です。名前の通り、“座敷に出る子供の霊”ですから」
少し間を置いて、彼はこう付け加えた。
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