九尾

マキノトシヒメ

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ぎゅわんぶらぁ?九尾比丘尼(1) 宝くじ

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 特に依頼もない、客も来ない。九尾比丘尼にとっては、そういう日のほうが圧倒的に多い。
 だから、今みたいにこうやって、日がな一日煎餅をかじりながらテレビの前から一歩も動かないなんてことも…。こういうときは、引きこもりとの違いが思いつかない。

 この神社に逗留するようになって、もう百年くらいになるということだから、逗留という言葉が適切かどうかわからないが、それ以前は流浪の生活であったそうな。全く想像がつかないが。
 その時の名残りと言っていいものかどうか、九尾比丘尼個人の所有物というのは、皆無に近い。
 九尾比丘尼が寝泊まりに使っている…と言っても、神仙は眠る必要がないので、寝泊まりという概念そのものが必要でないのだが、居住場所として宛がわれている部屋は、元々は催事の時に使用する控室だったらしい。九尾比丘尼がここを使うようになって、控室は別途増築されて用事には問題はない。
 で、この部屋の中にあるのが、テレビと、いつの間にか拝借されてしまったノートパソコンと、座布団が3枚だけ。ノートパソコンを持ってくる前はテレビと座布団だけだったということだ。
 寝ないのだから布団は必要ない。食事が必要でないのだから、食器類もない。
 衣類は今着用している巫女服一枚切りで替えもない。破れたり汚れたりしても、繊維にまで分解して再構成することで、衣類としての異物である汚れを除去し、修復といういより布そのものを織り直しているのと同じなので、常にに新品状態が保たれている。余談になるが、再構成によって全く異なる服にすることも可能なので、他の衣類も持ち合わせていないのである。唯一、ハンガーに少々デザインが古いジャンバーが一着掛けられているが、何十年前に北海道に行ったときに寒くて買ったものだとか。背中に「熊出没注意」となっている。これも実際には何度も再構成されているので、全くの新品状態である。

 先ほど神仙は食事の必要はないと言ったが、食事をすること自体は問題なく、九尾比丘尼も白米(もちろん、ちゃんと炊いたご飯)が好物で、何かの折には大盛りご飯が定番である。

 で、今日はどうかといえば、最初に言ったようにテレビの前に三枚ある座布団を全部並べて、その上に横に寝そべってテレビを見ながら煎餅をかじっている。
 付き人となっている松種将矢が部屋に入っても振り向きもしないで、ぼりぼりと尻を掻いているという図である。
 いつものことなので、もはや将矢も気にもかけていない。いいのか?

 テレビは今番組が終わったところでCMが流れている。宝くじのCMだった。
 それに目を留めた将矢が九尾比丘尼に声をかけた。
「比丘尼様が一番得意とされているのは、過去を見通す千里眼ですよね」
「うむ。そうじゃ」
 姿勢も全く変えずに、テレビを見たままで九尾比丘尼は答える。
「未来は見ることはできないんですか」
「内容によるな。出現が確定的なものなら、かなり確率は高いぞ」
「うーん、例えば?」
「丁度CMでやっておるな。宝くじの当選番号とか」
「ええっ! わかるんですか」
「うむ。このサマージャンボ、抽選は来週じゃな。XX組のXXXXXXじゃよ」
 九尾比丘尼は事もなげに言う。
「ずいぶん簡単に言うんですね。本当に当たるんですか」
「発表を待つがよい」

 一週間後。
「当たってる…」
「じゃろ」
「宝くじ当て放題じゃないですか。一等…5億円ですよ。前後賞も入れたら、ななおくえん!!」
 将矢は興奮して、持っていた新聞を引き裂きそうになった。宝くじを買ってもいないのに。
「ああ。番号は当て放題じゃな」
 だが九尾比丘尼の言動は、如何にもな「さも面白くなさそうに」という感じであった。
「ん? なんか含みのある言葉ですね」
「考えてもみい。本当に宝くじのあたり券が手元にあるなら、とっくのとうに換金しに行っとるわ。わしは神仙ではあるが、仙人のように俗世間を離れて達観しとるわけではないぞ」
 ようやく九尾比丘尼尾は起き上がって将矢に向き直った。
「どっちかと言えば俗まみれですね」
「うるさいわ」
「宝くじ買えばいいじゃないですか」
 ここで九尾比丘尼はため息をついた。
「どこでじゃ」
「いや、宝くじ売り場で」
「じゃから、どこの売り場じゃ?」
「どこのって…駅前とか」
「で、一等の当たり券下さいとでも言うのか?」
「いや番号がわかってるんだし…あれ?」
 ここで将矢の脳裏に浮かんでいるのは、実際に宝くじを買う情景である。
「ようやく理解したの。売り場では番号の管理などしてはおらん。何組の何番をくれとか言っても対処してはくれぬ、というかしようがないな。十枚入りにも連番とバラ売りがあるから、連番なら番号もわかるが、表示としてわかるというだけじゃ。番号を選ぶとかはできん。それに当選番号が決まるのも販売終了の後。販売中には「当選した番号」というものは存在しないのじゃから番号を選ぶという行為自体が当落には無意味じゃからな。それに番号がわかっていたところで、いつどこにあるかがわからねば買いようもないわ」
「わからないんですか」
「番号は、特に一等であれば一種類だけじゃろう。じゃが売り場の数は?」
「何百…いや千以上? ああそうだ、銀行でも売ってるし、普通の店でも扱ってる所もあるよな」
「通販もあるぞ。さらにジャンボ宝くじともならば、一等も当たりは一枚だけじゃないじゃろ。ユニット数が増すこともある。それだけで組み合わせはかなりのものじゃな。じゃが」
「まだ何か」
「仮に場所がわかったとして、いつ買えばよいのじゃ?」
「あ…」
「その店舗の客が販売の期間全てにおいて、誰か一人だけと言うなら、まだしもな」
「あり得ないですね」
「そしてもう一つ」
「まだ何か」
「お主、小遣いはいくらある?」
「自分で自由に使える分ということなら月三万円てとこですか。食費や光熱費とかは…」
「余計なことはよいわ。その金額で宝くじは何枚買える?」
「ぐっ…ジャンボなら100枚…」
「一店舗にある枚数は?」
「一店舗でも想像もつきませんね。店舗の大きさでも違うでしょうし」
「その中から売るときにどれを渡すのかは、店員の任意、というより単純に積んである上から順じゃろうな。資金繰りして一店舗全部買い占めるという考え方もあるが、それは詰まる所、一ユニット全部買ったら必ず一等が当たるという事と方向は同じじゃ。確実に赤字じゃな。結局は、これだけ不確定要素が揃い踏みしておったら、神仙であってもとても太刀打ちできぬという事よ。先にも言ったように番号を当てるのが関の山じゃな」
 また九尾比丘尼は将矢に背を向けて横になって煎餅を手にした。テレビは次の番組が始まっていた。
「なんか納得いかないというか、そう、ニンジンを目の前にぶら下げられた馬ってこんな気持ちなんですかねえ」
「例えがヘタじゃのう」

(了)
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