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翔太編
八月
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八月は町内会のお祭りがあって、神社経由での寄付も多く、打ち合わせ(と言う名前の飲み会も含めて)が頻繁にある。
昔はお祭りそのものが神社が主催していたときもあったそうだが、どうしても宗教色が出てしまうこともあって、今では町内会が全部執り行なっている。そのおかげで、逆にお寺やキリスト教会、そのほかの宗教の教会もお祭りには宗教色を出さずに普通に参加してくれている。
昨日も打ち合わせ30分、その後居酒屋で2時間のコースがあったわけだが、準備は順調に進んでいる。
今日、普段通りに出勤してきて、パソコンを立ち上げてメールのチェックをしていると、視界の隅でひらひらと動くものが見えた。
手だ。
まあ、誰の手かと言えば、あんなごつい手は美鈴や美春さんのはずもなく、事務方の同僚である青沼さんと佐川さんは机にいるから、消去法で松蔭さま以外にいない。
ところで、美鈴はあの時の状況からは3日ほどで回復し、その後はいつも通りに会っている。どこまで回復したかは本人でなければ分からないのだろうけど、少なくとも普通に対外的な対応ができるようになったわけだ。
…のであるが、微妙にギクシャクした感じがある。俺が気にしすぎているのだろうか。会話も普通にできているし、美鈴からも不機嫌状態のことの謝罪があった。謝罪と言っても、軽く「ゴメンね」というくらいで、俺の方も「治ってよかった」で返して、それで終わったと思った。
だが、どうしても何か違うという感じが抜けないのであるが、これは多分、掘り下げたら藪蛇になるやつなんだろうと思う。それくらいはわかる。
さて、松蔭さまの手がひらひら動いているのだが、動作的には「おいでおいで」である。顔を出さないで手だけでやっているということは、俺だけと話をしたいということなんだろうなあ。あの位置からだと、青沼さんや佐川さんからは見えないはずだし。ということは、先月の「やらかした」ことの話なんだろうなあ。
はっきり言って、やりたくない。これは、どう考えても絶対藪蛇コースだ。
だが、無視するわけにもいかない。仕事上は上司と言える立場であり、将来の義理の父となるかも(かも、ではなく、なるだろうと思うのだが)しれない人であるからなあ。元々関係は悪いわけではないし。
ちょっとのろのろではあるが、席を立って手の方へと向かう。
「あのう…」
「こっちこっち」
松蔭さまについていくと、三法屋家ご自宅まで通された。
「えーと、仕事もありますんで、できればお早めにお願いしたいと…」
「美鈴が口をきいてくれないんだよお」
ああ…、そこまでやらかしてたんですね。でも、松蔭さま、最近なんかヘタレてません?
でも、それか。ギクシャクした感じの原因は。親とケンカ状態だったら、平常リラックス状態にはならないよなあ。やっぱり変に掘り下げないでよかった。
「…で、何やったんですか」
「いやその…、調子悪いの二日目か、って…」
「はあ? 聞いたんですか?」
「ほら、そこは親子だし、かわいい娘の不調は気になるんだし」
「それ、絶対にいじっちゃいけないところですよ。美春さんにだって言われたくないんじゃないですか? それを父親からだなんて。俺は男ですから、本当の状態とかはわかりませんよ。でも、調子悪くてイライラしているときにそれ聞かれて、心配してくれているとかいい方向に考えられるとは、とても思えませんけどね」
「それでね、観音さまみたいにおおらかな気持ちでと」
「ちょっと待て―――――!!!」
何やってくれちゃってんの。あかん。この人、動揺しすぎ。いくらなんでもそれダメ、ぜったいダメ。
「もうどこからツッコんでいいのやら。そもそも、観音さまは仏教の神様でしょうが。うち神社ですよ、神社。まあ、そっちの意味では百歩譲って大目に見るのもよしとしましょう。本当の問題は、ええと、松蔭さまだってご存じでしょう。「観音さま」の俗語の意味」
その時、部屋のドアをけたたましく開けて入ってきた人がおられます。
「英哉くん、ちょっといいかしら。それ、初耳なんだけど?」
美春さんです。
英哉というのは、松蔭さまの本名なのですが、それを美春さんが口にする時は、大抵の場合、静かにですがとても怒っています。いや、怒りますよね、普通。これって。笑顔を崩さないで言ってるのが、かえって怒りの深さを感じます。
「ええと、あとはお願いします」
美春さんは黙ってうなずいた。これは家族で解決していただこう。俺は下手に口出ししないほうがいい。
でも、そりゃ、美鈴も怒るわ。どう考えても怒るわ。
松蔭さまが一時ズタボロになってたのは置いといて、町内会のお祭りも盛況のうちに終わりました。もちろん、美鈴といっしょに出店をめぐって、花火を見て、とベタなことでしたが、楽しく過ごせました。
昔はお祭りそのものが神社が主催していたときもあったそうだが、どうしても宗教色が出てしまうこともあって、今では町内会が全部執り行なっている。そのおかげで、逆にお寺やキリスト教会、そのほかの宗教の教会もお祭りには宗教色を出さずに普通に参加してくれている。
昨日も打ち合わせ30分、その後居酒屋で2時間のコースがあったわけだが、準備は順調に進んでいる。
今日、普段通りに出勤してきて、パソコンを立ち上げてメールのチェックをしていると、視界の隅でひらひらと動くものが見えた。
手だ。
まあ、誰の手かと言えば、あんなごつい手は美鈴や美春さんのはずもなく、事務方の同僚である青沼さんと佐川さんは机にいるから、消去法で松蔭さま以外にいない。
ところで、美鈴はあの時の状況からは3日ほどで回復し、その後はいつも通りに会っている。どこまで回復したかは本人でなければ分からないのだろうけど、少なくとも普通に対外的な対応ができるようになったわけだ。
…のであるが、微妙にギクシャクした感じがある。俺が気にしすぎているのだろうか。会話も普通にできているし、美鈴からも不機嫌状態のことの謝罪があった。謝罪と言っても、軽く「ゴメンね」というくらいで、俺の方も「治ってよかった」で返して、それで終わったと思った。
だが、どうしても何か違うという感じが抜けないのであるが、これは多分、掘り下げたら藪蛇になるやつなんだろうと思う。それくらいはわかる。
さて、松蔭さまの手がひらひら動いているのだが、動作的には「おいでおいで」である。顔を出さないで手だけでやっているということは、俺だけと話をしたいということなんだろうなあ。あの位置からだと、青沼さんや佐川さんからは見えないはずだし。ということは、先月の「やらかした」ことの話なんだろうなあ。
はっきり言って、やりたくない。これは、どう考えても絶対藪蛇コースだ。
だが、無視するわけにもいかない。仕事上は上司と言える立場であり、将来の義理の父となるかも(かも、ではなく、なるだろうと思うのだが)しれない人であるからなあ。元々関係は悪いわけではないし。
ちょっとのろのろではあるが、席を立って手の方へと向かう。
「あのう…」
「こっちこっち」
松蔭さまについていくと、三法屋家ご自宅まで通された。
「えーと、仕事もありますんで、できればお早めにお願いしたいと…」
「美鈴が口をきいてくれないんだよお」
ああ…、そこまでやらかしてたんですね。でも、松蔭さま、最近なんかヘタレてません?
でも、それか。ギクシャクした感じの原因は。親とケンカ状態だったら、平常リラックス状態にはならないよなあ。やっぱり変に掘り下げないでよかった。
「…で、何やったんですか」
「いやその…、調子悪いの二日目か、って…」
「はあ? 聞いたんですか?」
「ほら、そこは親子だし、かわいい娘の不調は気になるんだし」
「それ、絶対にいじっちゃいけないところですよ。美春さんにだって言われたくないんじゃないですか? それを父親からだなんて。俺は男ですから、本当の状態とかはわかりませんよ。でも、調子悪くてイライラしているときにそれ聞かれて、心配してくれているとかいい方向に考えられるとは、とても思えませんけどね」
「それでね、観音さまみたいにおおらかな気持ちでと」
「ちょっと待て―――――!!!」
何やってくれちゃってんの。あかん。この人、動揺しすぎ。いくらなんでもそれダメ、ぜったいダメ。
「もうどこからツッコんでいいのやら。そもそも、観音さまは仏教の神様でしょうが。うち神社ですよ、神社。まあ、そっちの意味では百歩譲って大目に見るのもよしとしましょう。本当の問題は、ええと、松蔭さまだってご存じでしょう。「観音さま」の俗語の意味」
その時、部屋のドアをけたたましく開けて入ってきた人がおられます。
「英哉くん、ちょっといいかしら。それ、初耳なんだけど?」
美春さんです。
英哉というのは、松蔭さまの本名なのですが、それを美春さんが口にする時は、大抵の場合、静かにですがとても怒っています。いや、怒りますよね、普通。これって。笑顔を崩さないで言ってるのが、かえって怒りの深さを感じます。
「ええと、あとはお願いします」
美春さんは黙ってうなずいた。これは家族で解決していただこう。俺は下手に口出ししないほうがいい。
でも、そりゃ、美鈴も怒るわ。どう考えても怒るわ。
松蔭さまが一時ズタボロになってたのは置いといて、町内会のお祭りも盛況のうちに終わりました。もちろん、美鈴といっしょに出店をめぐって、花火を見て、とベタなことでしたが、楽しく過ごせました。
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