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ぷりてぃ・すふぃんくす1
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この国から隣国に向かうためには、大きく分けて二つのルートがある。
山道ルートと平地ルート。
平地ルートは通常の商隊や旅行者が用いる。国境にある山を回避し、隣国までに二日ほどかかってしまうが、途中に宿屋や小商店などがある集落があるし、拠点ごとに案内所があって道に迷うことはない。護衛任務を任されている者が駐在していることもある。
山道ルートはその名前の通り、国境の山を通らなくてはならない。山と言っても標高は大したことはないし、山としてはなだらかで、道そのものもそれなりに整備されており、歩く事に適した靴を選んでいれば、通過は難しくない。何より隣国にショートカットする道筋になっているため、大人であれば歩きでも半日、朝出発して夕刻に到着する事ができる。
だが、殆どの人は平地ルートを利用する。何故なら、この山を通るためには、山に住まう魔獣スフィンクスから問われる問題に答えなければならない。答えられなければ、食われてしまうという…。
今日、隣国にある支店から急ぎの連絡があった。
支店がある町の同じ通りに商売敵が開店したのだった。普通であれば新年の挨拶などの特別な用事にしか用いられない特急書簡を使ったところを見ると、敵さんも相当のやり手らしい。
店長から説明を受け、明日一番で隣国の支店に行くことになった。急を要するため、山道ルートで行かなければならないだろう。昔は大変なことがあったせいで、今でも使う人は少ない。とは言っても、事故も事件も私が知る限り全く起こってはいないのだが。
夜が明けて出立の準備を整えて店の前に行くと、店長他数名が見送りに来てくれていた。
「では行ってきます」
「しっかり頼むよ」
隣国の支店に行くのは久しぶりだったが、向こうには知り合いも多い。戦略さえしっかり立てていれば、難しいことはないはずだ。
主要街道を横目に山道ルートに向かう。道は多少狭いが、普通に整備されている。事件や事故は聞かないのだが、なぜ皆こちらを使おうとしないのだろうか。
そして山の中腹に差し掛かった時だった。道沿いの少し小高い坂の上から道に飛び降りてくる者がいた。猛獣…とかではない。人のように見える。盗賊の類が出没するとは聞いてはいないが。
「じゃーん」
「え?」
「どーもー。みんなのアイドル、スフィンクスでーす」
「へ?」
それなりに話は聞いていた。だが、現れたのは、どう見てもコスプレをしただけの女の子だった。顔は確かにかわいいし、スタイルもいい。バストもかなりあるほうだ。
毛皮のレオタード(?)みたいなものを着て、手はこれも毛皮のロンググローブにブーツだろうか。肘から先と膝から下は毛皮だ。背中には翼を背負っている。
「お客様があたしが担当になって第一号様でーす。今後ともご贔屓にねー」
「え? ここって、そういうシステムなの」
「ほらぁ、スフィンクス業界も不景気じゃん。リピーター発掘してかないと、やってけないのよ」
「業界あるんだ」
「業界というか、種族の使命? みたいな?」
「種族?」
「いるのよねえ。この格好見て、コスプレだなんだと言う人」
頭をかきながら、ちょっと不満げに話す。
「コスプレじゃないの?」
「全部本物だよお。よく見てよ」
ネココスプレのグローブやブーツかと思っていたが、手足は確かに本物だった。体の方も、レオタードを着ているとかじゃないようで。
「え? てことは…その、全裸?」
「あはは。これが普通なの。別に恥ずかしいとかそんなのなんもないわよ。体はライオン、頭は人間、豊かなバスト、尻尾がヘビ…なのはちょっとアレだけどさ」
「そこは恥ずかしいわけ?」
「いや、最近ヘビって流行んないでしょ。だからこうやって目立たないようにしてたの」
ウエストラインのアクセントかと思っていたが、ヘビ、つまり尻尾を巻き付けていたのだった。見ていたら、先っぽというか、そのヘビの頭が鎌首もたげてシャーとか声をあげていたが、凶暴な感じはなく、なんかそれも可愛い感じがしないでもなかった。少なくとも怖さはない。
「流行りかよ。しかし、それってなんかどっかの国の話で聞いた鵺(ぬえ)ってのに似てるか?」
「イトコの鵺ちゃんのことかしらん?」
「親戚なんだ…」
スフィンクスは姿勢を改めてから口上に入る。
「この山を通りたくば、我が問いに答えよ。ただし、答えられなければ」
「…なければ?」
「食べちゃうニャン♡」
右手をくいっ、とまねきネコ。
「…ライオンじゃなかったっけ」
「あ、がお~」
「あ、じゃねえよ。だいたい食っちまったら、リピーターになりようないよな」
「そこはそれ。スフィンクスとしてのお約束というもので」
「お約束で食われちゃあ、たまんねえよ」
「食べないってばー。口上よ。お約束よ。もう何百年も死人どころか、事故らしい事故も起こってないんだから」
「まあ、それなら」
「それでは第1問」
「第1問て、ひとつじゃねえのかよ」
「誰も問題はひとつだけとは言ってませーん」
スフィンクスは、やれやれと言った感じに両腕を広げる。
「わーったよ。とっとと出しやがれ」
「わー、感じわるーい。いるのよね、こんな上から目線男。まあいいわ。行くわよ第1問。犬が西向きゃ」
「…尾は東」
「正解」
「これ、問題になってるの?」
「あれよ、ほら。サービス問題てやつ」
「さいですか」
「それじゃあ、サクサク行くわよ。第2問。デデン」
「第3問」
「第4問」
…
「はい。第7問もせいかーい」
「いつまで続くんだよコレ。俺も一応急ぎだからここ通ってるわけなんだけど」
ここでスフィンクスは姿勢を正して、何かを捧げ持つかのように体の前に両手を出して口上に入った。
「ここまで、よくぞ答えた。では最後の問いである。心して聞くがいい」
(今度はそっちがえらそうかよ)
「今までこの問いに答えられた者はない。覚悟はよいか」
喋りながら、スフィンクスの目線は、何か持ってる感じの左手にチラチラと飛ぶ。こいつ、カンペ見てやがる。そのために手を前に出したのかよ。まあ、棒読みでないだけまだマシか。
「ところで俺が第一号って言ってなかったっけ」
「だから~、今まで誰もいないのよ。いいじゃん。テンプレートよ。営業トーク」
「営業言いやがったよ」
「ジャジャーン、最終問題~。ドンドンドン、パフパフ」
とはいえ、効果音も全部口で言ってるだけなんだよなあ。大丈夫かな、とか思っていたら、最後にやらかしてくれた。
「朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足の人間 … あれ?」
そこまで言ってしまって、固まるスフィンクス。
「え?」
スフィンクスの目が泳いだ。自分でもやらかしてしまった事を自覚したらしい。それでも、3秒後。くるっと笑顔で振り返った。
「…は、だーれだ(ぶりっこ)」
「誤魔化すなーーー!」
「いや~ん、せっかくムーサ姉に教えてもらったのにぃ。あーん、もう。スフィンクスちゃんのドジっ子。てへっ」
舌をペロッと出して自分の頭をコツンて、教科書のような、てへペロであった。さすが魔獣というだけ…いや、魔獣関係ないわ!
「帰っていいっすか」
「はーい。お客さんお帰りでーす。また来てねー。あ、そうそう。毎月第2、第4水曜日はサービスデーでぇ」
「なんかあんの」
「3問追加されまーす」
「いらんわ!」
その次にまた行く機会があったのだが、たまたま第4水曜日だったので、遠回りになるが、平地ルートを使ったのは言うまでもないと思う。
山道ルートと平地ルート。
平地ルートは通常の商隊や旅行者が用いる。国境にある山を回避し、隣国までに二日ほどかかってしまうが、途中に宿屋や小商店などがある集落があるし、拠点ごとに案内所があって道に迷うことはない。護衛任務を任されている者が駐在していることもある。
山道ルートはその名前の通り、国境の山を通らなくてはならない。山と言っても標高は大したことはないし、山としてはなだらかで、道そのものもそれなりに整備されており、歩く事に適した靴を選んでいれば、通過は難しくない。何より隣国にショートカットする道筋になっているため、大人であれば歩きでも半日、朝出発して夕刻に到着する事ができる。
だが、殆どの人は平地ルートを利用する。何故なら、この山を通るためには、山に住まう魔獣スフィンクスから問われる問題に答えなければならない。答えられなければ、食われてしまうという…。
今日、隣国にある支店から急ぎの連絡があった。
支店がある町の同じ通りに商売敵が開店したのだった。普通であれば新年の挨拶などの特別な用事にしか用いられない特急書簡を使ったところを見ると、敵さんも相当のやり手らしい。
店長から説明を受け、明日一番で隣国の支店に行くことになった。急を要するため、山道ルートで行かなければならないだろう。昔は大変なことがあったせいで、今でも使う人は少ない。とは言っても、事故も事件も私が知る限り全く起こってはいないのだが。
夜が明けて出立の準備を整えて店の前に行くと、店長他数名が見送りに来てくれていた。
「では行ってきます」
「しっかり頼むよ」
隣国の支店に行くのは久しぶりだったが、向こうには知り合いも多い。戦略さえしっかり立てていれば、難しいことはないはずだ。
主要街道を横目に山道ルートに向かう。道は多少狭いが、普通に整備されている。事件や事故は聞かないのだが、なぜ皆こちらを使おうとしないのだろうか。
そして山の中腹に差し掛かった時だった。道沿いの少し小高い坂の上から道に飛び降りてくる者がいた。猛獣…とかではない。人のように見える。盗賊の類が出没するとは聞いてはいないが。
「じゃーん」
「え?」
「どーもー。みんなのアイドル、スフィンクスでーす」
「へ?」
それなりに話は聞いていた。だが、現れたのは、どう見てもコスプレをしただけの女の子だった。顔は確かにかわいいし、スタイルもいい。バストもかなりあるほうだ。
毛皮のレオタード(?)みたいなものを着て、手はこれも毛皮のロンググローブにブーツだろうか。肘から先と膝から下は毛皮だ。背中には翼を背負っている。
「お客様があたしが担当になって第一号様でーす。今後ともご贔屓にねー」
「え? ここって、そういうシステムなの」
「ほらぁ、スフィンクス業界も不景気じゃん。リピーター発掘してかないと、やってけないのよ」
「業界あるんだ」
「業界というか、種族の使命? みたいな?」
「種族?」
「いるのよねえ。この格好見て、コスプレだなんだと言う人」
頭をかきながら、ちょっと不満げに話す。
「コスプレじゃないの?」
「全部本物だよお。よく見てよ」
ネココスプレのグローブやブーツかと思っていたが、手足は確かに本物だった。体の方も、レオタードを着ているとかじゃないようで。
「え? てことは…その、全裸?」
「あはは。これが普通なの。別に恥ずかしいとかそんなのなんもないわよ。体はライオン、頭は人間、豊かなバスト、尻尾がヘビ…なのはちょっとアレだけどさ」
「そこは恥ずかしいわけ?」
「いや、最近ヘビって流行んないでしょ。だからこうやって目立たないようにしてたの」
ウエストラインのアクセントかと思っていたが、ヘビ、つまり尻尾を巻き付けていたのだった。見ていたら、先っぽというか、そのヘビの頭が鎌首もたげてシャーとか声をあげていたが、凶暴な感じはなく、なんかそれも可愛い感じがしないでもなかった。少なくとも怖さはない。
「流行りかよ。しかし、それってなんかどっかの国の話で聞いた鵺(ぬえ)ってのに似てるか?」
「イトコの鵺ちゃんのことかしらん?」
「親戚なんだ…」
スフィンクスは姿勢を改めてから口上に入る。
「この山を通りたくば、我が問いに答えよ。ただし、答えられなければ」
「…なければ?」
「食べちゃうニャン♡」
右手をくいっ、とまねきネコ。
「…ライオンじゃなかったっけ」
「あ、がお~」
「あ、じゃねえよ。だいたい食っちまったら、リピーターになりようないよな」
「そこはそれ。スフィンクスとしてのお約束というもので」
「お約束で食われちゃあ、たまんねえよ」
「食べないってばー。口上よ。お約束よ。もう何百年も死人どころか、事故らしい事故も起こってないんだから」
「まあ、それなら」
「それでは第1問」
「第1問て、ひとつじゃねえのかよ」
「誰も問題はひとつだけとは言ってませーん」
スフィンクスは、やれやれと言った感じに両腕を広げる。
「わーったよ。とっとと出しやがれ」
「わー、感じわるーい。いるのよね、こんな上から目線男。まあいいわ。行くわよ第1問。犬が西向きゃ」
「…尾は東」
「正解」
「これ、問題になってるの?」
「あれよ、ほら。サービス問題てやつ」
「さいですか」
「それじゃあ、サクサク行くわよ。第2問。デデン」
「第3問」
「第4問」
…
「はい。第7問もせいかーい」
「いつまで続くんだよコレ。俺も一応急ぎだからここ通ってるわけなんだけど」
ここでスフィンクスは姿勢を正して、何かを捧げ持つかのように体の前に両手を出して口上に入った。
「ここまで、よくぞ答えた。では最後の問いである。心して聞くがいい」
(今度はそっちがえらそうかよ)
「今までこの問いに答えられた者はない。覚悟はよいか」
喋りながら、スフィンクスの目線は、何か持ってる感じの左手にチラチラと飛ぶ。こいつ、カンペ見てやがる。そのために手を前に出したのかよ。まあ、棒読みでないだけまだマシか。
「ところで俺が第一号って言ってなかったっけ」
「だから~、今まで誰もいないのよ。いいじゃん。テンプレートよ。営業トーク」
「営業言いやがったよ」
「ジャジャーン、最終問題~。ドンドンドン、パフパフ」
とはいえ、効果音も全部口で言ってるだけなんだよなあ。大丈夫かな、とか思っていたら、最後にやらかしてくれた。
「朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足の人間 … あれ?」
そこまで言ってしまって、固まるスフィンクス。
「え?」
スフィンクスの目が泳いだ。自分でもやらかしてしまった事を自覚したらしい。それでも、3秒後。くるっと笑顔で振り返った。
「…は、だーれだ(ぶりっこ)」
「誤魔化すなーーー!」
「いや~ん、せっかくムーサ姉に教えてもらったのにぃ。あーん、もう。スフィンクスちゃんのドジっ子。てへっ」
舌をペロッと出して自分の頭をコツンて、教科書のような、てへペロであった。さすが魔獣というだけ…いや、魔獣関係ないわ!
「帰っていいっすか」
「はーい。お客さんお帰りでーす。また来てねー。あ、そうそう。毎月第2、第4水曜日はサービスデーでぇ」
「なんかあんの」
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