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ぷりてぃ・すふぃんくす3

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 この国から隣国に向かうためには、大きく分けて二つのルートがある。
 山道ルートと平地ルート。
 山道ルートは半日ほどだが、平地ルートは二日ほどかかってしまう。
 だが、殆どの人は平地ルートを利用する。何故なら、この山を通るためには、山に住まう魔獣スフィンクスから問われる問題に答えなければならない。答えられなければ、食われてしまうという…。

「ふははっはっはははっはは」
「笑い…声?」
 現れた、というか、道端に生えている木に寄りかかって、こっちを見ていたのは、ネコ科系手足で、毛皮のレオタードに翼を背負ったグラマラスな美女だった。何やら右手に持っているのだが…あれは酒びん?
「おー、あんちゃん。ごきげんかい?」
 いや、どう見ても、ご機嫌なのはあなたの方だと思うんですが。
「いやー、久々に飲んじゃったら、朝までコースになっちまってねえ。そこで寝ちまったら、もう、二度と目が覚めないのは目に見えてたんで、迎え酒しながら出勤てなわけでえ…」
 木に寄りかかったまま、少しうつむき加減になって動かなくなった。何が起きたのかと一歩近づくと、ガバッと顔を上げた。
「うぉあ。寝てたあ。こまるよあんちゃん、ちゃんと起こしてくれなきゃさあ。…ところであんちゃん、どこのどちらさんで」
 ダメだこいつ。完全に正体不明になってやがる。これは関わり合いになっちゃいけないヤツだ。
「いや、まあ、通りすがりの者です。お構いなく」
 早々に立ち去ろうと思ったのだが、そうはさせてもらえなかった。
「まあいいだろ、あんちゃん。ちっと付き合えよぉ」
 後ろからスフィンクスが抱きついてきた。あっ、背中に柔らかい二つの膨らみがって、いや違う。うわ、酒くさ。

「ひどいと思わねえか。約束していたのに、ドタキャンだぜ」
 結局、引き止められるまま、酒盛りになってしまった。まあ、酒盛りというより、スフィンクスのヤケ酒に付き合わされているのだが。
 私は、というか、私の家系はとにかく酒には強く、そう簡単に酔うことがない。それでも、宴席を楽しむことができるなら、いいのだろうが、私はそういう雰囲気は苦手で、結果、酒の席というものが苦手である。酒そのものの味も、そんなに好きというわけではないし。
「あんちゃん、聞いてる? そもそも、先に約束してたのは、あたいなんだよ。それをちいっと若いからって《ぐびぐび》デレデレしやがって。挙げ句の果てにはドタキャンかよ」
「スフィンクス界も大変なんですね」
「ああ。そういうゴタゴタは人間界と変わんねえよ。あたいだってねえ、若い頃は《ぐびぐび》蝶よ花よともてはやされたもんだけど、気がつけば、お局扱いよ。検定1級目指して頑張ってる姿が好きだよ、とか言ってくれて、それが嬉しくて、頑張って1級合格した時には、もう160年経っちゃって…。もう、酒でも《ぐびぐび》飲まなきゃやって《ぐびぐび》らんねえだろ。飲むだけ飲んで店を出たらば、友人にばったり出くわしてねえ。知ってる? 同級生のスフィンクスなんだけど「あーらスーさん、お久しぶり」なんて昔談義に花が咲いて、ちょっと飲んでこうという話になって、飲んで騒いで店を出たらば、ばったり出くわしたのが、誰だと思う?」
「…同級生の?」
「ありゃ、あんちゃん知ってんのかい。それで「あーらスーさん、お久しぶり」なんて昔談義に花が咲いて、ちっと飲まないかって話になって、飲めや歌えの大騒ぎ。いい気分で店をば出たら、ばったり出くわしたのが」
「同級生ですね。はいはい。それで飲んで騒いで、そのままご出勤ですね」
「あんちゃんすごいね。見てたんかい」
「もう何回同じ事を」
「そう言えばこんな話知ってっかい。朝は4本足、昼は2本足、夜は3本足」
 急に話が変わった。話に聞いていたスフィンクスの問いかけである。悪いが、こんな酔っ払いがそういう正当方向に来るとは思っていなかった。
「足っつーたら、アレのこったろ。いやあ、朝から4本もおっ勃てられてたら、いくらそっちが好きだからって、身が持たねえよな。ガハハハハ」
 自分の足をバンバン叩いて笑い転げるスフィンクス。所詮酔っ払いかよ。あんたどこのセクハラオヤジですか。お局とか、そういうレベル超しちゃってますけど。酷すぎるわ。だが、笑い倒して静かになったと思ったら、ちょっと目線を外して遠い目になった。
「あんちゃんさあ…あたしって、そんな魅力無いかなあ」
 と、急にしおらしい顔になって、にじり寄って来るスフィンクス。また胸が、腕に、当たってます、当たってます。
「い、いえ、とても綺麗ですし、スタイルもいいですし、魅力的だと思いますよ」 
「本当に?」
 さっきまで引くくらいの無茶苦茶な言動をしていた女性が急にしおらしくなって、近づいて来たら意識しないわけにはいかない。それが美人でスタイル抜群となれば尚更だろう。スフィンクスの年齢についてはよくわからないが、このスフィンクスが美貌的に年齢による衰えを感じさせるものは全然見当たらない。少なくとも人間のレベルにおいては。
「ほ、本当です」
 スフィンクスの表情が感極まった感じになり、その目が潤む。そして手を私の腕から肩に這わせた。
「だったら…、だったら、さあ…。あたしを抱い」
 スパァン! と軽快な音が響いた。何か白いものがスフィンクスの頭を直撃したようだった。
「…て」
 スフィンクスの頭が、がくりと垂れて私の肩に軽く当たってから下に倒れた。丁度あぐらをかいて座っていた私の足を枕にして寝るような体勢になって、寝息も立て始める始末。
 ふと上を見上げると、別のスフィンクスがいた。翼があるのだから、飛べるのも不思議でないと言えばその通りなのだが、羽ばたいて飛んでいるんじゃない。ただふわふわと浮いていた。
 で、その右手にあるのは、ハリセン?
「良かった。さすがに効いたわね」
 手にしていたハリセンを刀よろしく腰に据えて、ゆっくりと降りてきたスフィンクスは、かなり緊張した面持ちであったが、着地して少し表情が和らいだ。
「ごめんなさいね。先輩もちょっとヤケになってたみたいで」
「あ、いえ。なんか嫌なことがあったみたいで。お気持ちは察するところですが」
「そう言ってもらえると助かります。さすがに一線を越えるのは問題があるもので」
「何かまずいことでも?」
「まあその、セックス自体はある意味、別にいいんですよ。人間とスフィンクスは生物として根本的に違っていて、繁殖の原理からが別ものですから、子供ができることはないですからね。それでもセックスができるくらい体の構造が近いのは、未だに研究課題にもなったりするくらいに解明されていないんですよね。止めたのは、この仕事での倫理規定からですよ」
「仕事…なんですか」
「古来からの風習を残すための重要なお仕事なんですよ。資格審査もあって、はっきり言えば難関です。先輩は1級合格者の中でも実力はトップクラスで、こうして泥酔していなかったら、私ではどうにもならなかったと思います。パラライズ・ハリセンも1号機を持ってきて良かったですよ。まあ、これだけ酔っていたから、二日くらい寝たままですかね」
「あの…人間の側に問題になることは…」
「特にルールみたいなものはなかった筈ですよね。大丈夫だと思いますよ。さっき言った倫理規定というのも、昔の事からですよ。昔は問いかけに答えられなければ殺してしまうなんてことがありましたからね。興奮した状態で何かの拍子にという事のないように厳しく諌めているのです。さて、よっこいしょういちっと」
 気絶したスフィンクスを片手で軽々と肩に担ぎ上げた。先輩と言っていた割には、扱いが雑じゃないか。とはいえ、片手で軽々とは、さすが魔獣である。
「あ、そうだ。決まり事だから答えだけ聞いておくわ」
「あ、はい。えーと『人間』です」
「はい。ではお気を付けて」
「ど、どうも」
 気絶した先輩を担いだスフィンクスは、また飛んで行ったが、やはり翼は動いていなかった。
 こうして無事に解放されて、目的地に到着したのだった。しかし、自分としては平静な状態ではあったのだが、酒の匂いをぷんぷんさせていては、それ相応の扱いを受けるのは当然の成り行きであろう。
 言ってみればスフィンクスのトラブルに巻き込まれたようなものなのだが、どこに文句を言っていいかもわからない。困ったもんだ。
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