四大国物語

マキノトシヒメ

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外竜大戦篇

第三話乃一

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** 外竜大戦 **

 話の発端は三年前に遡る。
 最北の国家ナムテニドーラの東にヒルマナスという市がある。あまり特徴だった所はなく、人口も一万二千人程度と、以前に市としての条件を満たしていた時期があったというだけであり、市の中で最も大きい市の名前を冠する駅前の商店街も半分は閉まったままである。昔は鉱山があり、活気のあった時期もあったのだが、鉱山が閉鎖されてからは、お定まりの過疎コース一辺倒を走っていた。
 それでも一部の店には、まだ活気のある所もあり、八百屋、肉屋、魚屋はなかなかにいい品を揃えて、住民の台所を潤している。基本的にこの三件は同じ経営者によるもので、比較的入手しやすい肉類や海産物を卸して、特に北極圏特有の珍味たる海獣肉はノツで高値で取引されるので、それを資金としてノツの野菜を大量に仕入れてくるという寸法である。
 しかし穀類に関しては厳しい面があった。特に小麦粉はここ数年で価格が倍になり、三件あったパン屋も一件は店を閉じてしまった。他の二件も経営はかなり苦しい。穀類の主食となっているのは、混合雑穀ばかりのグラノーラである。栄養面は問題なく腹は満たされるが、はっきり言ってまずくはないという程度のもので、一週間も続くと飽きがくる。
 その商店街に向かう一人の男の姿がある。ミニバイクに乗り、白衣を着て買い物カゴを下げている。この商店街の雰囲気にも似つかわしくない組み合わせの人物である。本屋に立ち寄り雑誌を買い、次に向かったのが八百屋であった。
「いらっしゃいませ」
 店員の応答は元気だが、何かそっけない。
「いつもの」
 男はそれだけ言って、買い物カゴを渡す。店員は四種類ほどの野菜とイモを入れて、男に返す。男は代金を払って店を出る。
「ありがとうございました」
 いつもの、だけで通用するならお得意様であろうが、やはり店員の声には親しみのようなものは感じられない。ツケにしているわけでもない。
 男は魚屋、肉屋、雑貨屋と巡るが、応対はどこも同じようなものだ。
 男は何かブツブツとつぶやきながら家路へと向かう。
 家に到着すると、勝手口から入り、台所に買い物を全部置く。とりあえず程度に洗ってあった鍋に水と粉末スープを入れて火にかける。そして野菜とイモ、魚、肉を適当に切って鍋に放り込んで、蓋をした。残りの食材は冷蔵庫や収納にしまって少し離れた部屋に行く。何やらダイヤルのたくさんついた装置がひしめきあっている。ディスプレイが三台あり、数字が流れている。その中の一台は流れが止まっていた。
 男はディスプレイの表示を見てため息をついた。
「11285番、定位なし。無効」
 二つのダイヤルの設定を変え、再度テストを開始。ディスプレイの表示が消え、新たな数字の列が流れてゆく。
「何もわからぬバカものどもが…」
 誰に言ったものかよくわからないが、男の顔は不機嫌さで満たされている。台所に戻り、鍋の蓋を取る。入れたものすべて、くたくたに煮込まれて、半ば溶けかかっているものもあるが、男は気にせずに例の雑穀だけのグラノーラを入れてある深皿に移して、雑誌を読みながら食べ始める。
 男の名前は、ネガラニア・ドル・スロバス。科学者というか、研究者という名目で業わいを立てている。とはいうものの、スポンサーはおらず、以前に取得した特許料だけが唯一の収入源である。研究や生活費全般までカバーするのは、かなりの収入であるのだが、特許を取ったのが大学の研究室に所属していた時代の共同研究のもので、もう十五年ばかり前のものであり、来年には特許は切れてしまう。この特許ばかりに頼って、他の収入を模索しなかったため、このままでは収入は断たれてしまう。さらに今年になって、まるで特許が切れるのを待っていたかのように、機材の不調が目立ち始めた。確かに古い機材を使いまわしていたツケとも言えるが、ここままでは研究もままならなくなってしまう。時折、大学時代の研究室長であった教授の言葉がしきりに頭によぎるようになっていた。
「その研究が何の役に立つというのかな。もっと世の中に貢献するような事を考えられないのかね」
 その教授の意図は、金になる研究をしろということであった。
 確かに、先立つものがなければ、研究も行なうことはできない。しかし、偉大な先人はそのような事は考えることなく、己の信念のままに、周りから何と言われようとも真実を追求した。その時代には馬鹿にされた発明や理論が十年後、百年後に多くの人の利となった例は多々あげる事ができる。
 とは言うものの、今の自分の腹が満たされる訳ではない。さらには、己の信念のままに行っても、何の結果も残せなかった者の方がはるかに多いのも事実である。さてスロバスの明日はどちらであろうか。
 スロバスの研究は、電磁波における動物の行動傾向というものだった。音や光に、そして電気に動物は色々な反応を示す。それならば、他の電磁波にも反応があって然るべきというのが、彼の理論というか、理屈である。
 しかし、彼の試験方法には問題も多い。結果を焦るあまり、手を広げすぎるのである。動物の種類も、電磁波の範囲や強度、照射時間など、整然とした内容ではなく、勘で、言わば行き当たりばったりで条件を決めている。これでは、動物側に何か行動があったとしても、その電磁波が影響しているのかどうか明確にはならない。そのことは動物に動きがあってから考えてしまう。一人で研究を行なっていて、第三者的視点を持たない事の弊害が出てしまっている。
 食事を終えると、装置をまとめた装備を背負って、離れた公園にミニバイクで出かける。ここは山合にある広い公園で、他の行楽などで出かけてきたであろう人が結構利用している。それでも敷地は、お互いを意識することない距離を保って行き来できる広さを持っている。スロバスは装備をセットし、操作しながらゆっくりと歩く。動物を見かけると昆虫で試したり、野良猫で試したりと、また定まった対象もなく、次々と行なっているが、半ば惰性に近い状況になっている。ところが、二十分もしたところで、装置の様子がおかしくなった。特に周波数設定がおかしく、セットしたはずの数値が出ない。時間が経つごとに変動してしまう。スロバスは装備を下ろして、接続を変えたりいろいろとやってみたが、一向に不調は変わらない。大きなため息を一つついて、装備の横でごろりと横になる。空には適度に雲があり、日差しも強すぎないうららかな日である。昨日遅くまで起きていたためであろうか、スロバスはいつの間にか、眠りについていた。

 スロバスは目を覚ました。周りが何やら騒がしく、目が覚めてしまったのだ。寝るつもりではいなかったのだが、気持ちよく眠っていたところを起こされ、少々憤慨して上半身を起こした。
「ああっ、動かないで」
 キンキンしたハンドスピーカーの声だった。まだ少しはっきりしない目をこすり、メガネをかける。ハンドスピーカーを持っていたのは警官であった。一人ではなく、かなり大勢、ざっと見て十人はいるだろうか。その後ろに群衆もいる。皆一様にこちらを見ている。いや、見ているのはハンドスピーカーを持った警官だけで、他の者の視線はもっと上に向けられている。スロバスは上に視線を向ける。何も見えない。もっと上か後ろの方と思い後ろを向くと、それはハッキリと視界に入った。一瞬、模型か何かと思えたが、すぐに本物であることがわかってしまった。
「!…!!」
 叫びそうになったのを、慌てて口を押さえる。
(な、何で地竜がこんな所に)
「動かないで。地竜もそこにいるだけで、何か行動らしい行動はしていません。ともかくゆっくり地竜の前からはよけて下さい」
 しかし、スロバスは生まれて初めて腰が抜けてしまい、動こうにも動けなかった。
「動けません…」
 情けない声が出るだけだった。それでもなんとかしようと、目は地竜に向けたままで手は辺りを探るように動く。ふと手に何かが当たる。目をやると、放り出していた装置だった。電源が入りっぱなしになっているのが見えた。地竜の事を少しでも頭から離そうとしたのか、半ば無意識に電源スイッチに手が伸び、電源を切った。その時、地竜の動く音が聞こえる。スロバスは身を硬くしたが、群衆からは悲鳴は上がらず、ざわめきが起こっただけだった。振り向いて地竜のいた方を見ると、地竜の尾が見えた。地竜は横方向、山の方向を向いて歩を進めていた。スロバスも警官も群衆も、ただその姿を見つめているだけであった。
 スロバスは特に思うところがあったわけではないが、装置の電源をまた入れた。すると、地竜が立ち止まり、こっちを向く。視点はひとところでなく、何かを探しているように、あちこちを見ている。地竜が体の向きも変えようとした時に、スロバスは装置の電源を切った。
 地竜は再び山に向かい、姿を消した。

 これが事の始まりであった。
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