四大国物語

マキノトシヒメ

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外竜大戦篇

第三話乃二

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「各班弾込め。操作開始」
 セイオウ王国陸軍第十二軍事演習場で演習が行われていた。観光を基盤としているセイオウは穏やかである印象が強いのだが、なかなかどうして、その軍事力はかなりのものを持っているのである。自国を守ることはもちろん、年間に国内人口をはるかに上回る観光客が来るセイオウは、その人たちも守る責任があり、経済的にも軍事的にも脆弱な国であってはならない、というのが理念である。
 今演習を行なっているのは、陸軍特装兵第一師団第一連隊。通称「白峰連隊」と呼ばれる、強者集団である。
 セイオウは歴史の中で、他国を侵略したことはない。しかし、軍の育成及び訓練はその想定も含んで行なわれている。さらに一定の割合で、他国の軍事要請にも応えて軍を派遣している。特に白峰連隊は、その機動力、戦闘力は群を抜いており、いかなる装備をもあっさりと使いこなす兵員の才覚、そして用兵の柔軟性は一目置かれる存在となっている。
 白峰連隊には国外に出した事はないが、戦略型兵器も装備されている。二年前に導入された最新の長距離砲なんぞは、R105型砲。正式名称「イルマス式5mm球弾型タイプ3レールガン」で、重力下弾道演算モードがあり、カタログデータ上の射程は惑星の全ての領域をカバーする。ただし、直線で狙えない場所に対する砲撃、つまり重力による弧を描く弾道とするには、その分射出速度を落とさねばならず、さらに発射された球は強力な電磁波を放つので、時間のかかる超長距離では、粒子砲や待ち伏せ型の浮遊兵器によって簡単に弾道を逸らされてしまう。よって、実質的には近距離(と言っても100km程度はほとんど弾道は曲がらない)の水平射撃による瞬時砲撃か、高射砲として使用される想定になっている。現時点では実戦に使用されてはいないが、いずれにせよ、とてつもない代物であるのは間違いない。
 しかし、今演習で使われているのは、いかにも時代がかった野砲で、射線調整も給弾も全て手動、手作業で行なわれている。
「目標、方向一時十五分、距離3,500m」
 五基の野砲それぞれに人員が五名ずつ。そして測定の兵士が目標までの方向と距離を読み上げる。その測定器もデジタル式のものではなく、レンズと目盛りの組み合わせによる、完全なるアナログ仕様。弾道計算こそ計算機を用いているが、弾道計算用の専門機ではなく、汎用の関数電卓である。三番砲のメンバーが使っているのなんぞは、携帯通信機のオプションである電卓機能だ。
「射角22.4度。調整」
「射角22.4度、調整開始」
「用意、てーっ!」
 爆音が響き、砲弾が発射される。着弾はなかなか精度よくいっている。大砲の整備はしっかりとされているようである。
「次点目標、第三番戦車部隊、計測!」
「第三番戦車部隊、視認。方向十一時十分、距離…」
「遅い。敵は戦車だ、どんどん動いちまうぞ」
「距離4,200m。移動対峙2.4度」
「弾道計算調整、射角25.8度」
「弾込め完了」
「調整よし」
「用ー意っ…てーっ!」
 爆音が響く。目標の仮装戦車の三分の二が撃破された。
「よし。まあまあだな。次点目標、第二十二番要塞。計測」
「第二十二番要塞視認…」
「測距どうした」
「隊長、目標地点に人影が」
「人影? おいおい、軍の演習地のど真ん中だぞ」
「確認願います」
 この中隊の隊長となっている、リカルド・スノハ中尉は双眼鏡を取り、目標の仮装要塞周辺を見てほくそ笑む。
「はっは~ん、あそこに来たのなー。計測! 調整急げ」
「撃つんですか?」
「復唱は?」
「け、計測。方向十一時四十五分、距離6,000m」
「弾道計算…」
 弾込め、調整が終了する。
「てーっ!」
「隊長?」
「いいの。撃て撃て。責任はぜぇんぶオレがとーる」
「何か隊長、やけに楽しそうじゃねえか?」
「いいのか?」
「撃っちまえ」
 隊員たちも、意外と何も考えてなさそうである。
 爆音が響く。
 この演習は白峰連隊の本体演習ではなく、新入隊員の試験演習である。試験の一環として、古い装備においても成果を出すための訓練を行っている。
 白峰連隊は転籍希望、新入隊希望共に多い。白峰連隊は基本的に実力主義で、たとえ軍に入ったばかりのペーペーであっても、実力が認められれば、喜んで迎え入れられる。しかし、他の部隊でいかに高い階級にあろうとも、実力がない者には非常に冷淡である。
 さて、目標にされている着弾予定地点、要塞とは書いてあるが、塹壕程度のものである。そこには確かに一人の人物がいた。短髪黒髪の若い男である。白いマントをまとっているものの、その下はグレーの何か野暮ったい服装。軍服かとも思えたが、よく見れば一般の作業服である。マントとまるで合わない。いつこんな所にやってきたのか。軍からの急な呼び出しであったのだが、集合地点がはっきりしておらず、急ぎ駆けつけたはいいものの迷ってしまった。うろうろしている間に、シュルシュルと音が聞こえ、だんだん近くなってくる。
「やりやがったなあ!」
 男はマントをたくし上げて、右手を左の腰に持って行く。そしてさっと剣を抜いた。この時代に剣を使い何をどうしようというのか。男は音のする方向に真っ直ぐに向き、剣を構える。空の彼方に砲弾が点となって見えた瞬間。
「玄武陣!」
 男は剣を斜め十字に振るう。次の刹那、砲弾が男のいる地点に着弾したと思いきや、砲弾は全て空中で炸裂する。さらに、砲弾からの爆炎、爆風、破片のすべてが見えない手にでも押しやられるかのように男と反対方向に飛んでいった。そして男は剣を鞘に収めて、走り出した。
 その一部始終を野砲を発射した部隊が見ていた。
「どう見えた?」
「砲弾が何か見えない障壁に当たったように…」
「あれが騎士というもんだ。なかなか見られるものじゃないぞ」
「走っています。こっちに向かってますね」
「よし。到着するまで、あと八分てとこか。その間小休止」
 各自水やちょっとした食べ物で補給を行なう。スノハ中尉もタバコに火をつける。
 遠くにマントを羽織った走る人影が見えた。
「来たな」
 向こうも野砲中隊を見つけたようだ。ぐんぐんと近づいてくる。
「リカルドおお! やっぱり貴様かぁ!」
「おお、久しぶり。元気そうで何より」
「何よりじゃねえ。人に大砲ブチ込んどいて笑ってんじゃねえや」
「にしてもイルスタッドよ、その格好はあんまりじゃねえか?」
「うるせえわ。家の手伝いやってたら、急に呼び出しくらったんだよ。着替える暇もあったもんじゃねえ」
「騎士様が家の手伝いかよ」
「わりいか」
「ま、いいわ。さて全員注目。この作業服に身を包んだ方こそ、天下のセイオウ王国左翼騎士、イルスタッド・バーズ卿だ。こんなんだが、一応騎士だし、貴族様の家系でもあるわけだから、とりあえず敬っても損はないらしいぞ」
「なんだよ、その「一応」だの「とりあえず」だの「らしい」だのは。俺はどんだけ不確かな人間なんだよ」
「そして、本日の格闘戦特別講師だ。今日の砲科はこれにて終了する。全員兵舎に戻れ」
「おい、リカルド」
「何だ?」
「俺をここまで呼んだ理由は何だよ」
「標的?」
「てめえはそういうヤツだよ!」
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